第59話:張り紙と自棄酒
その後の話をしよう。
『転移』で道中に通った果樹園へとやってきた俺は、全力の『纏い』でヴィーヴルヴァイゼンと合流した。
姿を見せた途端、「だ、大丈夫だったのか……!?」と割と本気で心配されたことには驚いたが、遅延戦闘中にいきなり姿が消えたと話せば何か心当たりがありそうな顔で頷かれてしまった。
そうしてヴィーヴルヴァイゼン視点で何があったのか話を聞いていると、生産区に到着した中央区の偉い騎士の人が指揮を執っていたためその指示に従った。
どうやらパレードどころか、結婚式まで中止になるのだとか。
というのも、噂の『竜殺しの魔法使い』が偽物であり、かつ『白亜の剣』の調べによって余罪が出るわ出るわの大渋滞。
詳しくは聞くことができなかったが、それでも偽物君の実家であるバンデラン子爵家はお取り潰しになり、現当主及び偽物君にもかなりの罰が下されるのだとか。
大変だろうが、これも嘘をついて俺の評価を横取りしていった罰だ。仕方ないと諦めてもらうしかないだろう。
中央区からやって来ていた騎士たちによる事情聴取を、俺は見ていなかったからとヴィーヴルヴァイゼンに任せて思考を巡らす。
だがしかし、これだけの活躍をしてみせたのだ。それはこうやって関係者を回って話を聞く騎士たちもよく知っていることだろう。
ヴィーヴルヴァイゼンの話す黒いローブに仮面をつけた魔法使いの話に、目の前の騎士が「うーむ……」と目を伏せていた。
「話はよくわかった。協力、感謝する」
「いえ、こんなことでお役に立てるのなら。こいつはともかく、僕が合流したのはその魔法使いが現れてからでしたので」
こいつちゃんとした口調で話せるんじゃねぇかと感心していると、騎士がこちらに感謝を述べて席を立つ。
「君達には追って報酬が用意される。突発的なこととはいえ、中立である冒険者にも事態の収拾を手伝ってもらったことに変わりはないからな。他の区域でも相手の自爆による多少の被害は出てしまったが……それでも被害は最小限だろう。感謝する」
では、と言って出て行く騎士の姿を見送る。
「ふぅ……き、緊張した……」
すると、安堵したように息をついたヴィーヴルヴァイゼン。
俺に変わって状況説明をしてくれていたからだろう。何か飲み物はないかと聞かれたが、「持ってないな」と言って騎士の人に続くように席を立つ。
「あ、おい」
「何、一杯くらい後で何か奢ってやるよ」
「……な、なんか気味が悪いな貴様」
そりゃあもう。
謎の魔法使いについて他人が語る様子をこんなに近くで聞けたのだから。
特に口止めもされていないし、悪魔にあのどでかい魔力の塊はきっと王都中の誰もが目にしたことだろう。
そして偽物君が偽物だったこともすぐに広まるはずだ。
ならば、あれを誰が解決したのか。
そこで話題に上がるのが謎の魔法使いと言うわけだ! きっと、誰もがこの件を話題にあげ、褒め称え、真の英雄だと賞賛するだろう。
早ければ明日の夜には酒場で耳にすることになろうだろう。
「……クフッ」
思わず零れた声に、ヴィーヴルヴァイゼンが身を引いた気がした。
◇
いろいろあったため、とりあえずその日はゆっくり休むことにした。
そして翌日。
午前中から宿に突撃してきたマリーンに王都のお菓子の店を連れまわされることになった。なおこの時、アイシャさんはマリーンを見てニッコニコの笑顔だった。
凶暴化したウィーネはリリタンさんに押さえつけられていた。
そして夜には約束があるからとマリーン達と別れた俺は、腹に溜まったお菓子が消化できているかなと心配しながら、周りにはできるだけ目を向けないように以前訪れた酒場へとやってきた。
中で待っていたアデルハイトとハインツ、ヴィーヴルヴァイゼンの待つテーブル席へと腰を下ろした俺は、漸くだとニヤつきそうになる顔を我慢しながら酒を注文し、三人との会話を聞き流しながら周囲の声に耳を傾ける。
本日のお供はこちら、王都生産区産の新鮮な果物を使った果実酒でございます。
果実水もかなり良かったが、酒ともなればその期待も大きいというもの。
これが更においしくなるというのだ、飲まずにはいられない……! とグビリと呷る。
「なぁ、聞いたかあの話!」
「ああ、聞いた聞いた! 何でも、生産区の方で悪魔? ってのが出たらしいじゃねぇか。勇者の物語に出て来る化物なんだろ?」
「私も聞いたわ。誇張して書かれたものだと思ってたけど、本当にいたのね」
「そんなことより、その悪魔を倒した魔法使い! 本物が出たんだって!」
「『竜殺しの魔法使い』だろ? 名を騙ってた貴族様が捕まったそうだしな。もう王都中で話題だぜ」
「そりゃ話題にもなるよ! だって、ここの店だけじゃなくて、王都中あちこちに貼ってるよ! この『婚約者の勇者様を探してます』ってやつ!」
「それな! まったく……」
「「「「「うちの国の王女様、ぶっとんだことしてるよなぁ!!」」」」」
……
…………
「そ゛っち゛し゛ゃね゛ぇよ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「うおぉ!? ど、どうしたトーリ!? 急に泣き出して!?」
「ど、どこか打ったのかい!? 大丈夫!?」
「き……トーリ! 昨日からどうしたんだ本当に!?」
「っ……うるせぇ!! くそったれぇ!! それどころじゃねぇんだよぉぉぉ!!」
酒の入ったコップをテーブルに叩きつけながら顔を伏せて叫んだ。
突然の奇行に他三名が慌てたように声をかけてきたが、そんなことは知らん!
何故だ、何故こんなことになっている……!?
伏せていた顔を上げて周りを見れば、店の壁と言う壁に貼られた張り紙。
描かれているのは、目元のみに穴の開いた仮面をつけた黒いローブの男で、その上には『婚約者!』という文字がでかでかと書かれている。
ご丁寧に、見つけて連れてきたものには多額の報酬を与えるという王女様の文言付きだ。
もう一度言う。
「と゛お゛し゛てた゛よ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「まさか酔ったのか!? その一杯で!?」
「ほらトーリくん! 水! 水飲もうよ!」
「ふんっ! 急に泣き喚くなど無様すぎて笑いが――へぶぇっ!? い、今この僕を殴ったな!?」
噂にはなっている。それは間違いない。
悪魔と戦い、噂の魔法使いの本物が現れてこれを倒したという話は確実に広まってはいる。
だがしかし
それ以上に、あの王女様の意味の分からない……本当に意味の分からない行動のせいで話題を全部持っていかれているだとぉ……!?
ゆ、許さんぞあの王女ぉ……!!
あと婚約した覚えなんてこれっぽっちもないぞあの王女ぉ……!?
そもそもの話、仮面付けて正体わからない奴を婚約者にしようとするんじゃねぇ……!
一国の王女だろ!? 評判とか気にしなさいよぉ……!
こんなのに、俺は話題性で負けたというのか……!?
今回の一件。想定外ではあったが、俺自身がアホどものせいでどれだけ苦労したと思ってるんだ!!
その結果がこれでは、割に合わないぞ!?
これが女心とでもいうのか……!? 全く読めん……!!
何故俺に関わってくる奴は勝手に話を進めるんだ……!!
「こうなりゃ自棄酒だぁ! 昨日奢るって言ったヴィーヴルヴァイゼンの財布、すっからかんにしてやるぞぉ!」
「なっ!?」
「お、いいなそれは! ヘヘッ、ヴィー! ご馳走になるぜぇ!」
「やった! いっぱい頼んじゃおっと!」
「人の心はないのかトーリ!? アッくんとハインツもだ! 少しは加減をしろぉ!?」
酒場にヴィーヴルヴァイゼンの悲鳴が響き、そして王都での夜が更けていく。
いや、一応原因はわかってはいるのだ。
生産区で起こった事件については、ある程度の情報は流れてはいるだろう。
しかし、実際に目にしていたのは生産区で戦っていた者たちが中心。一方でこの意味不明な話は情報源が王女様であり、王都中に広まっていることからはっきりしたわかりやすい話だ。
というか、ソースが王女様の時点で強すぎる。
「店主さん!! ここのメニュー全部持ってきてくれ!」
「や、やめっ……ヤメロォォ!?」
最終的には酒で潰れたアデルハイトをハインツが背負い、なんやかんやで飲み比べして潰れたヴィーヴルヴァイゼンに俺が肩を貸して解散となった。
宿への道中、足元がおぼつかないヴィーヴルヴァイゼンを尻目に、ふぅ……と一息つく。
「まったく、調子のいい奴め……」
ため息をつきながら支えているヴィーヴルヴァイゼンの脇腹を膝で小突く。
酒で火照った体が夜風に心地いい。
「……まぁ、意外と楽しかったからいいか」
期待通りの反応を周囲から聞ければ、もっと最高だったんだけどなぁとずり落ちそうになるヴィーヴルヴァイゼンを雑に持ち直して歩を進めた。
とりあえず
一刻も早く王都から出てあのお姫様から距離を取ろう。
風に飛ばされる張り紙を見ながら、そう固く誓うのだった。




