第58話:王都を救った魔法使い
『接続』によるカウンターを決めて大満足の俺は、悪魔が復活するまでの間にゆっくりと歩いて大男へと近づいた。
大事そうに本を抱えたまま後ずさりする大男は、あり得ない、と何度も何度もうわ言のように呟きながら目を見開いていた。
「一つ聞きたいことがある」
「な、何者ですかぁ……何者なのですかあなたはぁ……!?」
本を持つのとは逆の手で拳を作った大男は、俺目掛けてその拳を繰り出してくる。
魔力の込められた拳。恐らくは『纏い』だろうか。
だが、ヴィーヴルヴァイゼンよりも強いが今の俺には痛手にもならない。
拳を下から蹴り上げ、がら空きになった胴に蹴りを叩き込む。
もちろん、喋れるようにある程度の加減をしてだ。
壁に亀裂が入るほどの勢いで叩きつけられたその体を、そのまま壁に張り付けになるように足で押さえ付ける。
「他の区域に放った魔物に嵌めた首輪……あの首輪は、お前らが作ったものか?」
「あり得ない……こんなぁ、このようなことがぁ……!? 我らの信仰に誤りがあるわけがないのですぅ!! きっとこれは夢だぁ、何かの間違いだぁ……! 我らの信仰がぁ! あの俗欲に劣るはずがぬぁい……! 我らの信仰こそがぁ! 世界を救済する礎となるはずなんだぁ……!!」
「聞いてんのはこっちなんだよ。村民全員殺しやがって。ちゃんと聞く耳持てよ」
やっぱ捕まるくらいならと自爆を図るような奴の仲間なのだろう。頭が違う。主におかしいという方面で。
「(にしても、勇者教ねぇ……勇者は昔いたって噂だが、信仰してるのがこんなテロリストとか浮かばれないだろうに)」
そもそも、勇者様を呼びたい! という理由のために破壊活動とか頭ぶっ飛んでんじゃないだろうか。
いや、ぶっ飛んでるんだったわ。
何故その理論に落ち着いたのかは甚だ疑問ではあるが、そこを理解することは俺には難しいだろう。
「ムフッ……ムフフフゥ……いやはやぁ、まさか本物の『竜殺しの魔法使い』殿がここまでとはぁ……この『魔の呼声』のチェラレッダ感服いたしましたぁ」
「お、やっと戻ってきたか。今度はちゃんと喋れるか?」
「ですがぁ、こうなっては仕方ありませんねぇ……少々手荒くいかせていただきますよぉ……!!」
「だめだこいつ聞いてねぇ」
聞きたいことがあるって言ってるのに、全然会話しようとしてくれないよこのチェラレッダとかいう人。
主に首輪の話について、詳しい話を聞こうと思っていたのだがどうやらそれも叶わないようだった。
「ムフフゥ……随分と余裕そうですねぇ、『竜殺しの魔法使い』殿ぉ。ですがその余裕ぅ、あれを見ても続けられますかぁ?」
「あれ……? っ!? 何ですの、あれは……!?」
チェラレッダが不気味な笑みと共に指を刺したのは俺たちの頭上遥か上空。
空を見上げたアイシャさんは、その先の光景に声を震わせる。
「そんな……!? あんな強大な魔力を感知できなかっただなんて……!?」
「……あんな上空、範囲外」
チラと見上げれば、いつの間に移動したのか王都の遥か上空にて四つ手を掲げる悪魔の姿。
コメ粒ほどの大きさになるほどの上空。しかしその手を掲げた先にある巨大な球状の魔力の塊を見て、アイシャさんやマリーンは驚愕を顕わにしていた。
……元気でも集めてます?
「なるほど、復活した悪魔で俺の背後から攻撃してくるかと思っていたが……随分とまぁ、無駄に手の込んだことをやってたもんだ」
「ムフフゥ……! あれこそはぁ! 上級悪魔の最大の魔法『悪魔月』ぃ! その威力はこの王都程度であれば一瞬で死都と化すでしょう……! おっとぉ……もちろん、ここで我らを殺したところであれは止まりませんよぉ? あの魔法はすでに放たれているも同義なのですからぁ」
「説明どうも」
チェラレッダが下級悪魔と呼んでいた、騎士や魔法使いを襲っていた悪魔たちの姿はどこにもなく、代わりに紫紺の粒子が立ち昇って上空の悪魔の元へと集っていく。
仲間の悪魔もあの魔法の贄としているのだろう。
やがてその大きさは、王城を呑み込めるのではと思うほどに膨れ上がった。
「ムフフフフゥ……!」
不気味な笑い声が響く中、上空の悪魔が掲げていた魔力が一気に収縮する。
あれほど巨大だった魔力はコメ粒ほどの大きさの悪魔よりもさらに小さくなり、そして投擲するような仕草と共に眼下の王都に向けて放たれた。
「ムフフフハハハハハァ!! もう無駄ですよぉ……!! あなた達王都の民はぁ!!! 我らの信仰によって勇者様へ捧げられぇ! 必ずや勇者様を招く礎となるぅ!!! さぁ! 存分に感謝しぃ! その誉を胸に共に逝きましょう……!!」
「なら一人で逝ってこい」
「……はぇ?」
目の前にいたチェラレッダの姿が一瞬にして消え失せる。
『転移』でご自慢の上級悪魔と一緒に空の景色でも見ていればいい。
『固定』で落ちないようにもしてやった。
「(さて)」
上空から王都に迫りくる紫紺の魔力。
野球ボールほどにまで収縮したその光は、接地すればたちまちこの王都を吹き飛ばすほどの破壊をもたらすことになるのだろう。
残念ながら、あの小さな光から感じ取れる魔力からしてチェラレッダの発言に嘘はなさそうだ。
故に、このままだと王都が滅んで終わりになる。
もちろん、このまま何もしなければの話だが。
「『接続』」
紫紺の魔力の通過予測地点に『接続』を使って穴をあける。
接続する先は上空の悪魔の体内。
「その信仰で勝手に死んどけ、狂信者」
紫紺の魔力が『接続』の穴を通る。
その直後
王都の上空を、紫紺の巨大な光が轟音と共に覆い尽くすのだった。
「たーまやー!」
光が収まる前に、お約束だと空に向かって叫んでおく。
上空にいた悪魔とチェラレッダも、今の爆発で吹き飛んだことだろう。
「(芸術とは爆発、とは良き言葉だ。何せ目立つ)」
悪目立ちだけど。
チェラレッダの発言に慌てたり、もう終わりだおしまいだぁ、と膝を折っていた騎士や魔法使いたちも、王都上空を覆った大爆発に身を竦めてはいたが徐々に持ち直しているようだった。
「(今回は、だいぶ派手に目立てたな。予想外だったけど)」
前回のように首ちょんぱ! で終わるのではなく、チェラレッダの置き土産によってそのインパクトは間違いなく大きなものになった。
一般市民の目はなかったが、現場を見た者は騎士や魔法使い、そして王女様など引く手数多だ。きっと王都を守った正体不明の魔法使いとして俺のことを語り継いでくれるだろう。
できれば、明日中には噂にしていてくれると助かる。
『白亜の剣』の面々は、是非ボーリスでこの活躍を広めてください。
「隙あり」
「おっと、油断ならないお嬢さんだなぁ!」
後ろから忍び寄っていたマリーンが俺の仮面に手をかけようとするが、その動きは『探知』でまるわかりだ。
ヒョイと軽い身のこなしでその手を躱すと、すぐさま近くの建物に『転移』して眼下のマリーンたちを見下ろした。
そこ、ジト目で悔しがるんじゃないよ全く。油断も隙もないったらありゃしねぇ。
惜しかった、などと呟いているマリーンに呆れていると「待ってください!」とお姫様自らがこちらに一歩身を乗り出した。
「せめて、王都を守ってくださったお礼だけでも……! それとお名前と住んでいる場所と好みのタイプもできれば……!」
多いよ
と、ツッコみそうになるのを我慢して首を横に振る程度に抑えておく。
目立つことができたのだ、それで満足している俺にはお礼は余計なもの。
言うとすれば、この活躍を広めてください明日中に! となるのだが、そんなダサいこと言えないため、予定していた通りこの場はこれにて去ることにする。
最後に、こちらをみるアイシャさんに仮面越しに目を向けた俺は『転移』でその場を去るのだった。
◇
「……あれが本物の『竜殺しの魔法使い』。最後まで得体の知れない人でしたわね。敵ではなかったことが幸いですわ」
ぽつりと呟いたアイシャの言葉に、「ん」とマリーンが頷いた。
シルヴァでは答えられなかったポーションの件についてもちゃんと覚えていたこと。そして改めて目にしたマリーンをも超えるその実力により、あの日『帰らずの森』でアイシャ達を助けた魔法使いだと確信したアイシャ。
「それにしても、これで二度も助けられましたわね。まったく、これじゃ星6つなんて誇れもしませんわ」
「ボクも。まだ見たことがない魔法がある」
「……お互い、まだ成長の余地はある、とでも思っておきましょう」
「ん。できることはやる」
先ほどまで件の人物が立っていた場所を見つめるマリーン。
そしてアイシャは、「それより」とマリーンとは別の人物に目を向ける。
「リュミネール。大丈夫だったかしら? ごめんなさい、私たちは護衛だったというのに怖い思いをさせてしまって……」
「……様」
「……はい?」
「あれが……私の勇者様……」
「リュ、リュミネール……?」
背後から話しかけたアイシャであったが、リュミネールの様子が少しおかしい。
マリーンと同じく、先ほどまで魔法使いが立っていた場所を見つめていつまでも立ち尽くしている。
そんな彼女の反応に、アイシャは恐る恐る正面に回ってその顔をみた。
「はぁぁ~……私の、勇者様……」
「……ダメですわ。この娘、完全に頭をやられていますの……叩けば治るかしら……?」
「乙女の顔」
「マリーン。乙女の私に謝ってくださいまし」
目にハートを浮かべてだらしのない顔をしているリュミネールに呆れながら、これからどうするか考えるアイシャ。
とりあえず、中央区にいるはずのバイセロンと連絡を取るのが一番いいだろうと近くにいた騎士に伝令役を頼む。
「悪いアイシャ!! 遅れちまった!!」
「すみません師匠! アイシャさん……! 私、私……お役に立てませんでじだぁぁぁ〜!」
「リリタン! ウィーネ! 無事だったのね!」
「それはオレたちの台詞だっての! ほんとにすまねぇ……!」
そこへ涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしたウィーネと、彼女を担いだリリタンが帰還する。
悪魔召喚の元凶を探しに王都中を駆け回っていたリリタンとウィーネは、途中で商業区から強大な魔力反応を感じ取ったことでそちらに向かったという。
しかし、感知できたのはそれっきり。同じ反応を探そうと捜索範囲を広げたが、反応は見つからず、上空の魔力を感じ取って生産区に引き返したのだった。
チェラレッダが生産区にいた以上、ウィーネが感知したそれは別の者だ。
「(もしかして、本物は商業区にいた、ということですの……?)」
どこからともなく現れた本物の『竜殺しの魔法使い』。
彼はシルヴァの噂を聞きつけてこの王都に来ていたという。
なら、いったいいつから王都にいたのか。
少し考えを巡らせたアイシャだったが、情報も少ない中で考えても仕方ないと首を振って諦めた。
一人で考え事をしていたアイシャに何があったのかとに問いかけるリリタンであったが、それには「後で話しますわ」と答えて彼女は歩き出す。
そしてボロボロの何かの前で足を止めると、その何かを掴み上げて「マリーン」と一言。
「『水牢獄』」
ポチャンと集った魔力が水に変わり、そのボロボロだったもの……白目を剥いた姿は老人のそれだが、間違いなくシルヴァ・バンデランであった者の首から下を水の中に閉じ込めた。
これで目が覚めても動けないだろう。
「リュミネール。今回の件で、この男の嘘が露呈しましたわ」
「ええそうね。私の勇者様の名を騙ったのだもの。死刑でいいわ」
「……あなたそんな感じではありませんでしたわよね?」
ちょっとは落ち着きなさい、とリュミネールを宥めるアイシャ。
「今サランにバンデラン子爵家を探らせていますわ。パレードで警備も手薄でしょうし、あの娘ならきっと何かを掴んでくるでしょう。それも合わせれば、確実にこの男を裁けますわ」
「なら死刑ね! 極刑よこんなの!」
「あなた本当にどうしましたの!?」
いつもと比べて明らかに様子がおかしいリュミネールの姿に困惑気味のアイシャは、彼女の両肩を掴んで前後に揺する。
そんな二人を見たウィーネは、恐らくその理由に詳しいであろうマリーンに問いかけた。
「……師匠。王女様、どうなさったんですか?」
「王女様は乙女じゃないらしい」
「…………?」
ウィーネは意味が分からなかった。




