第56話:偽物の英雄2
「いやはやぁ……あなたぁ、とんでもない詐欺師ですねぇ?」
「詐欺師、ですって?」
その言葉に警戒しながらアイシャが問いかければ、チェラレッダはとても良い笑顔を浮かべて「はい、それはもう!」と答える。
そして未だ悪魔によって押し潰されているシルヴァに近づけば、彼はその向けられている右手を手に取ってアイシャ達に見せるようにそれを示した。
「それは……指輪の補助魔法具?」
見せられたのは、シルヴァの右手中指に嵌め込まれた深紅の指輪。
魔法使いにとって、魔力の消費を抑えてくれる補助魔法具は必須の代物だ。例に挙げるとすればマリーンの杖やヴィーヴルヴァイゼンのワンドであるが、少ないながらも携帯性に優れ、両手の塞がらない指輪の補助魔法具も存在する。
シルヴァの指輪もそれにあたると考えたアイシャであったが、チェラレッダは嬉しそうに笑みを浮かべながら「違うのですよぉ」と答える。
「これはですねぇ、我が同士メイトーリー殿が作った『命削りの指輪』といいましてぇ。持ち主の命と引き換えにぃ、魔法の威力を大幅に上昇させる魔道具ですねぇ。確か失敗作だから適当に売り払ったと聞いていましたがぁ……あなたが購入されていたとはぁ」
「っ!? な゛ん、だ……そ゛れは……!! う、そ゛をついて゛んじゃ……!」
「嘘ではありませんがぁ……信じるかどうかはお任せしますよぉ。もっともぉ……これだけ深紅に染まっているということはぁ、かなり使用した証ぃ。下級悪魔相手に気分よく戦っていたんでしょう? ムフフフゥ……あとどれほどの命が残っているのでしょうかぁ……ねぇ?」
辛うじて意識の残っていたシルヴァが目を見開く。
「ち゛か゛う……! そ゛ん、な……こ゛とはね゛ぇ……! お゛れか゛本物、だぁ……!! お゛れか゛さ゛いき゛ょうな゛んだ゛よぉぉおおおお……!!」
「ムフフフフゥ……! 哀れですねぇぇぇ! 無様ですねぇぇぇ!! 仮初の力は気持ちよかったでしょぉぉ? 嬉しかったでしょぉぉ? 気分は良かったですかぁぁ? そして全ての嘘が暴かれぇ、その力もゴミ同然の今ぁ! 如何ですかぁ? ムフフゥ……! 我らにとって一番の難敵だった噂の『竜殺しの魔法使い』殿は偽りの張りぼてぇ。であればぁ、我らの目的達成することは容易いかもしれませんねぇ?」
「ぐぅ……!! ふぐぅっ……!!!」
ボロボロの老人のような風貌になりながら、目に涙をためているシルヴァ。
そしてアイシャは、チェラレッダの言葉でシルヴァの不自然な実力に納得した。
だがその件についてシルヴァを問い詰めるのは、この状況を乗り切った後の話だ。
いいわね、とマリーンやリュミネールへと目を向けたアイシャはチェラレッダへと問いかける。
「その目的とやら、聞かせていただくことは可能ですの?」
目を細めて上機嫌に笑うチェラレッダであったが、アイシャのその言葉に対して「まぁ、死に際の土産話にはちょうど良いでしょう」と言葉を零す。
「そこまで言うのならばぁ、我らの崇高なる使命をその魂に刻んで逝くのですぅ! 我らの目的ぃ! それはこの地ぃ、この世界へぇ、我らが神を招くことなのですぅ!」
「我らが……神?」
アイシャの呟きに、「はいぃぃぃ!」と顔を向けるチェラレッダは、愛おしそうに手にしていた本の表紙に手で触れた。
「あの表紙……まさか、『勇者物語』?」
自身が愛読していた本の表紙を見間違えるはずはない。
本を見て目を見開いたリュミネールの姿を見て「おやぁ、あなたも同志ですかなぁ?」と嬉しそうな声をあげるチェラレッダ。
そして再び、その場にいる全員に聞こえるように声をあげる。
「我らが神ぃ、それはこの世界へと招かれぇ、そして魔王を倒したとされる勇者様こそぉ……!! 我ら『勇者教』が崇め奉る神なのですぅ!!」
「『勇者教』……ですって?」
「しかし残念なことにぃ、その神であらせられる勇者様をこの地へ呼び出すことができるのはぁ……忌まわしいことに召喚術を持つグレーアイルの王族のみぃ……!! 嘆かわしいぃ……! 忌々しいぃ……!! 腹立たしいぃ……!!! 我らが叡智を集めてもぉ、召喚できたのは勇者でも何でもないただの化物のみぃ……!」
アイシャの言葉を無視して一人興奮気味に話し続けるチェラレッダ。
優しく本を撫でていたはずの手は、いつの間にか発火しそうなほど乱雑に擦り始めていた。
そんな情緒がめちゃくちゃなチェラレッダの様子を不気味に感じながらも決して目を離さないアイシャは、「それで?」と情報を得るために続きを促す。
「その勇者様の召喚と、あなたがこのような騒動を起こす意味がわかりませんわ」
「意味ぃ? ありますよぉ! ええ! ありますともぉ!!」
足元のシルヴァの頭を何度も踏みつけながら笑い声をあげるチェラレッダの狂気じみた姿に、アイシャだけではなく近衛騎士や宮廷魔法使いまでもが吞まれそうになる。
「勇者様はこの世界が危機に瀕した時に召喚されるぅ……それはつまりぃ、この世界の人間では対処のできない危機があればぁ! グレーアイルの王族は勇者を召喚せざるを得なくなるぅ……! 王女と英雄ぅ……そしてあなたがた『白亜の剣』ぃ……死ねば脅威と見られるのは当然でしょう?」
なればこそぉ、とチェラレッダは吠える。
「我ら『勇者教』……いえ! このチェラレッダこそが脅威となりましょう……! 勇者様がこの地に招かれるぅ、その一端となれるのであればぁ……! 我らのこの命ぃ、喜んで捧げましょうぉ……!」
「あなたは……勇者を召喚させるためだけに、こんなことを……?」
「ためだけにぃ? 違いますよぉ! そのためにぃ! 我らはこの身を捧げたのですぅ……!! さすればぁ、この世界は我らが神の手で再び救われるぅ……!!」
足蹴にするシルヴァはそのままに、目を瞑り両手を組んで天を仰ぐその姿は隣の悪魔さえいなければ聖職者のそれのようにも見えただろう。
だが一度目を開けば、そこに映るのは狂気の色。
「さてぇ、我らの崇高たる話を聞かせるためにぃ、わざわざ下級悪魔たちの動きを止めて差し上げましたがぁ……もういいですねぇ? ムフフフゥ……ここにいる悪魔はぁ、そこの下級とは違う上級悪魔でしてねぇ……簡単に倒せるとは思わないことですよぉ!」
『!?』
チェラレッダの言葉に武器を構える近衛騎士と魔法を展開する宮廷魔法使い。
今まで不自然に動きを止めていたのはわざとだったか、と歯噛みしながらもアイシャはその目をチェラレッダに向けたまま剣を構えた。
「では勇者様に捧げる贄としてぇ、この上級悪魔の餌食になってもらうのはぁ……あなたにしましょうかぁ」
――殺せぇ
チェラレッダが呟くや否や、隣でシルヴァを押し潰していた悪魔の姿が消えた。
「っ!? マリーン!!」
いや、消えたのではない。
視認できない速度で動いたのだ。
目の前に現れた異形の悪魔に思わず目を見開いたマリーンは魔法を放とうと瞬時に杖を向ける。
しかし
「(はやい……!)」
己よりも長い杖。
その内側にまで潜り込まれてしまった今、自身に振るわれる凶悪な爪の一撃を防ぐ術はない。
せめて、王女様は守らなければ。
そう判断したマリーンは杖を手放し、意を決してリュミネールを庇うように前に出た。
「マリーン! リュミネール!」
アイシャの叫び声が響く中、リュミネールは振り下ろされるその爪の刃を見上げていた。
これが振り下ろされた時、私は死ぬ。
一秒にも満たない先の未来を察した彼女は、不意に幼い日のことを思い返した。
一つの本の、その主人公に恋焦がれたあの日の自分を。侍女であるアネットに呆れられながらも語った夢を。
きっと勇者様のような素敵な相手が自分にも、と。
「(結局、私を迎えに来たのは偽物の酷い男だったなんて……とんだ笑い話ね)」
自嘲気味に笑った顔はきっと酷い顔だろう。
泣きそうな顔でこちらに手を伸ばすアイシャと、それでも己を守ろうと身を投げ出してくれるマリーンに申し訳ないと思いながらも、リュミネールは目を瞑った。
そして
「『断裂』」
「……え」
その場にいたすべての悪魔の首と手足が地に落ち、目の前で黒のローブがゆらりと揺れた。




