第53話:『魔の呼声』チェラレッダ
「何が一体どうなってやがんだ!? ッ、オラァッ!」
アデルハイトの拳がオークの肉体に突き刺されば、その拳の威力に悶絶して体を折るオーク。
下がった頭に、続けて岩石を纏った蹴りを食らわせれば、オークの頭と体がおさらばしてオークは地に伏せた。
「アデルハイト!」
「ありがとよハインツ!」
そんなアデルハイトの背後から襲い掛かろうとしたゴブリン二匹を、ハインツが剣の一振りで斬り払う。
商業区にて突然現れた深紅のローブを身に纏った集団と、そいつらが運んできた荷車から現れたゴブリンとオークの大群。
瞬く間に商業区に広がって市民たちを襲い始めた魔物を相手に、警備に当たっていた兵士たちや居合わせた冒険者が対応に当たっていた。
「むむっ……! あの二人、流石長く組んできただけあって息があっているな……『新人遅れ』! 僕たちもボーリスの冒険者として息の合った連携――」
『Gyagya!!』
「――をぉぉぉぉ!?」
「アホなこと言ってないで、お前は魔法を使えっての!」
剣を振るっていた俺に向かって、調子よく語り掛けてきたヴィーヴルヴァイゼン。
そんなヴィーヴルヴァイゼンの背後から襲い掛かろうとしていたゴブリンへと一足で近づいて斬り伏せる。
「わ、わかっている! 『白炎砲』!」
ワンドから放たれた白色の炎がオークと接触して爆炎をあげる。
襲われそうになっていた兵士が感謝を告げて市民の避難誘導へと戻っていくのを見送りながら、一度四人で固まって魔物の軍勢へと向き直った。
「で? いったい何が起きてんだよこれは。これもパレードの一環だってか?」
「そうなら、随分と趣味が悪いね。役者にゴブリンとオークってのもどうかと思うけど」
「ふんっ、深紅のローブについては? 今からでもこの僕が追ってもいいが」
「そっちは兵士の人たちに任せておけ。何せ、俺たち冒険者よりも対人戦に慣れたプロだからな。俺たちはこのまま魔物の相手をしたほうが周囲の被害は少なくなるはずだ」
周りを見れば、俺たちの他にも居合わせた冒険者が戦っている様子だった。
が、見る限りはその強さは星3つ程度だろう。恐らく、今この場で一番強いのはアデルハイトとハインツの星4つ組だ。
「しっかし数が多いなおい。いくら殴り倒しても減った気がしねぇぞ」
岩石で固めた拳を構えながらアデルハイトが見据えた先には『Gyagya!』と喚いている魔物の群れ。
「他の冒険者の応援は?」
「あの深紅のローブが商業区だけに魔物を放ったとは思えないね。たぶんだけど、他の区域にも出てるんじゃないかな。例えば……警邏区と冒険者区とか……今パレードの一行がいるだろう生産区にもね」
ハインツの言葉に、ハッとした表情になるアデルハイトとヴィーヴルヴァイゼン。
内心で俺もハインツに同意しながら、『探知』で王都中の様子を把握することにした。
魔法を使った気配は気づかれるだろうが、魔力ソナーだと言えばそれでいいだろう。
形の把握であるため深紅のローブたちのことは詳しくわからないが、ゴブリンやオークのような明らかに人ではない魔物に限ってしまえば判断はできる。
「(なるほど……同時多発的にやってるわけだ)」
どうやらゴブリンなどの魔物は警邏区、商業区、冒険者区、医療区の四か所で発生しているらしく、兵士や冒険者が対応に当たっていた。
魔物そのものは時間が経てば問題はないだろう。所詮はゴブリンとオークだ。
だがしかし、警邏区や冒険者区はともかく医療区は被害が出る可能性がある。
しかたない、と俺は商業区以外の三区に蔓延っていた魔物と商業区内で手が回りそうにない魔物の首を『断裂』で落としておく。
「!? よくわからねぇが、いきなり魔物が死んだぞ!」
「ど、どういうこと!?」
「わからん! だが、数が減ってだいぶやりやくなった!」
「ふっ……これもこの僕の炎の効果だ!」
「嘘言ってないで魔法使え! この美術館!」
魔物の首が落ちて死んだことに流石に気づいたのか、視界の端でアデルハイトが叫んだ。
だが、好都合だとばかりに両拳をぶつけて気合を入れ直すとすぐに他の魔物へと飛びかかっていく。
ハインツと美術館も自分たちが有利になった状況にこれ幸いと戦闘を続行。
「(よし、誰も俺の仕業だと気づいてねぇな!)」
他三区に関しては商業区からの超遠距離攻撃だ。俺がやったというアピールができないため普段はあまり使わないが、今は目立つどうこう言ってる場合ではないだろう。
商業区に関しても、数さえ減らしておけば市民の死者を出さずに十分に対応できるはず。それに三人も戦闘中で俺を気にする余裕はない。
周囲の魔物が突然首を落としても、俺がやったとは思わないだろう。
王都の被害も、これで限りなく減らせるはずだ。
しかし……
「(深紅のローブ、魔物の首に嵌ってる首輪……どう考えても、関係ありだなこりゃ)」
以前ヴィーヴルヴァイゼンとともに見かけた、ゴブリンたちを操っていたであろう首輪。
それと似たものが目の前の魔物たちの首にもついている。
「美術館、気づいているか。あの首輪に」
「ヴィーヴルヴァイゼンだ、『新人遅れ』。だが……ああ、以前僕らが見かけたものだな」
「お、何だヴィー。あれ知ってんのか?」
興味深そうに隣へと並んだアデルハイトに、ヴィーヴルヴァイゼンが以前俺との依頼であの首輪をした魔物を見たこと、俺がその際に深紅のローブを着た怪しい男を見たことを伝えた。
「魔物を使役する首輪、か。どっちにせよ、魔物を倒すか深紅のローブを倒すかしないといけないのは変わりがなさそうだね」
「だな。あとは、爆発注意! ってことくらいか」
やるべきことに変わりはない、と再び拳と剣を構える二人。
そんな二人に負けじと、ヴィーヴルヴァイゼンも同じようにワンドを魔物たちへと向けていた。
一方で、俺は『探知』で見た別区域の状況が気になって仕方がなかった。
「(明らかに、ゴブリンでもオークでもない奴がいるな……)」
生産区。確か今はパレードの一行がいる場所。
『探知』で見てみれば、2メートル近い体躯の角と羽を生やした化物が大量に発生している様子が見て取れた。
アイシャさんやマリーンの姿も確認できるが……他三人の姿がない。何か別で動いているのか?
そして二人の近くにもう一人。女性だろうか。
アイシャさんやマリーンが彼女を守るように立ち回っているのを見るに、この女性が彼女らが護衛すると言っていたリュミネール王女なのだろう。
そしてさっきから宙を舞うように戦っている男も一人。
こいつのおかげで、暫くの間生産区は問題ないだろう。騎士と魔法使いの数も多いため、一般市民が安全に非難する時間は稼げるはずだ。
しかしあの宙を舞ってるやつ、風の魔法だろうか。そうなると、これが俺の評判を掻っ攫っていった偽物……?
「(とはいえ、今はちょっと難しそうだな……)」
気持ちよく目立とうと思っていたというのに、まさかこんな事態に巻き込まれるとは……いや、これはこれでありか? 上手くいけば、当初予定していたよりも目立てる舞台になるかもしれない。
ともかく、そのためにはまず今この場から離脱する必要があるわけだが……流石に、今この状況下をほったらかしにってわけにはいかないだろう。
「ああくそ、面倒臭ぇな……!」
「その言葉、この僕も同意しようじゃないか!」
「だな! ともかく、さっさと片付けようぜ!」
「アデルハイト、あまり突出しないでよ!」
「……」
お前らを含んでの意味、とは言えないよなぁ。
◇
「カカッ! 何だどうしたぁ!? 悪魔なんざ名乗っても、所詮はただの雑魚じゃねぇか!」
己の体に風を纏わせたシルヴァが宙を舞い、街に広がる悪魔たちを魔力の風で斬り刻んでいく。
手足を斬り飛ばされる悪魔たちは時間が経てば再び立ち上がるのだが、それさえも関係なくシルヴァは何度でも斬り刻む。
笑い声をあげて、楽し気に、愉快そうに、誇示するように己の力を振るっていく。
全員が自分を見ている。
もうあの頃の、落ちこぼれだと笑われていた自分はいない。
「カカッ! 強いぞ! 俺は! 最強だ!」
『風斬』! と己が最も得意とする魔法を乱射しながら宙を駆ける。
「カカッ! カカカカカカッ!!」
「ずいぶんとぉ……楽しそうですねぇ?」
「カカカ……あ?」
そんなシルヴァの元に、物陰からふらりと姿を現した男が一人。
深紅のローブに身を包み、片手には本を抱えた不気味な笑みを浮かべる大男。
顔のしわなどから考えると、老人と言える見た目だ。
フードは被っておらず、特徴的なオールバックの髪型が顕わになっている。
「何だお前……? どこから現れやがった……!」
「おやおやぁ? ではぁ、我らの隠蔽を見抜いてここに来たわけではないようでぇ? ムフフフゥ……!」
「誰だって聞いてんだよ、この俺が。斬り刻まれてぇのか?」
シルヴァの魔力が高まると、形成された風の刃が男のすぐ横を通り抜けた。
みれば、男の立つ地面が何かに斬られたような跡が残っている。
「せっかちですねぇ……下級悪魔程度を相手にできるからと調子づくのはぁ、あまりよいことではありませんよぉ?」
「カカカッ! 言うじゃねぇかお前。次は本気で殺してやろうか?」
「おお怖い怖い……噂の『竜殺しの魔法使い』殿に殺意を向けられてはぁ……我らもお相手するしかありますまい」
もっともぉ、と笑みを浮かべていた顔が一瞬で崩れ、まるでゴミでも見るような目をシルヴァに向ける。
「英雄程度にぃ、我らの信仰を阻むことなど不可能ですがぁ」
「……雑魚従えて良い気になってる奴がよく言うぜ。それに俺も運がいいなぁおい……! お前を殺せば、俺は更に英雄としての名を挙げられるんだからなぁ!! お望み通り、その体をバラバラにしてやるよ!」
死ね! とシルヴァが腕を振るえば、先程と同じように『風斬』の魔法が発動する。
幾つも形成された不可視の刃は、今度はまっすぐ大男に向かって放たれる。
そして突如として現れた異形に魔法そのものが叩き潰された。
「――は?」
異形……先ほどから斬り刻んでいた悪魔と呼ばれる化物。
しかしその姿は先程までのそれとは異なる。
もともと巨大だった体は更に大きく強靭になり、ボロボロの羽は立派な皮膜を張ったものへと変貌を遂げていた。角と腕は二本ではなく四本にまで増えている。
そして口しかなかったはずの顔には、魔法陣のような模様が刻まれていた。
「……ムフッ、ムフフフフフゥ……! おやおや『竜殺しの魔法使い』殿ぉ? どうしたのですかぁ? この体をバラバラにするのではなかったのですかぁ?」
「ッ!? こ、こんのぉ!! 舐めてんじゃねぇぞ!!」
その言葉で頭に血が上ったシルヴァは、先程よりも魔力を込めた『風斬』を何十も叩き込む。
しかし、そのすべてが大男を守るように立つ異形によって防がれてしまった。
「クソッ!! 何がどうなってやがる……!? 何だそいつは!?」
「ムフフフフフゥ……! 噂の『竜殺しの魔法使い』殿もぉ、我らには及ばないようでぇ?」
にこやかな笑みを浮かべる大男の言葉に、シルヴァは一歩その身を引いた。
そんな彼の無意識の行動を満足そうに頷きながら、大男はゆるりと頭を下げた。
「では落ち着いて話ができるようになったようでぇ……改めて自己紹介でもさせていただきましょう。勇者教三大枢機卿が一人ぃ、『魔の呼声』チェラレッダァ。これからあなたを殺す者ですのでぇ、よしなにぃ?」
大男、チェラレッダと名乗った男の背後で、異形の悪魔がヌラリと動いた。




