第51話:逃げられない現場
「くそぉ……トーリの拳骨がまだ頭に響いてやがる……本当にあいつ星3つか? 『纏い』で強化したのに抜いてきやがった……かなり痛ぇ」
「何故この僕まで……楽しみにしてたんじゃないのか……!? ぐぬぅ……あ、頭がジンジンしている……!」
「そりゃ当然だと思うよ……」
「とりあえず、何か食べようぜ。俺串焼きぃー!」
「僕はあのパンと肉を合わせたやつだな! アイタッ、でもやっぱり痛い……!」
「一時的とはいえ行動不能のダメージ喰らってたのに、元気だね二人とも……」
パレードは一日をかけて王都をぐるり一周するらしい。
貴族街を出発した一行はそのまま時計回りにそれぞれの区域をまわり、最後には王城で関係者のみで式が開かれる。
一般市民はリュミネール王女や噂の魔法使いの姿を見ようと、どこもかしこも賑わっており、そんな市民たちを相手に儲けようと数多くの屋台が立ち並ぶ。
そんな商業区の端っこで、俺はため息を吐いて頭を抱えていた。
「(パレードの一行は、出発地点の貴族街を出てどこまで進んだのか……)」
本来の作戦としては、パレードが開始してからある程度時間が経ったところで魔法使いとしての俺がパレードに乱入し、噂の偽物を晒し上げる。
そして本物の圧倒的な力を王都市民に見せつけて俺が本物であることを宣言し、その姿を『転移』で消してしまえば噂になることは間違いない。
俺の評判を横から掻っ攫っていった不届き者の名声を排除し、俺自身は王都での注目の的となる。
そんな様子を酒場でこっそり見聞きしてから王都を去る予定……だったのだ。
「(その作戦が……こいつらのせいでぇ……!! 心の器が広い俺でもそろそろキレるぞ!?)」
やるのか、今ここで! と心の中の俺が叫んでいるのをドウドウと抑えながら、元凶の三人(特に内二人)を見る。
「お、どうしたトーリ。またトイレか?」
「なに? 貴様、存外胃が弱いのだな。もっと我慢と言うものを覚えたまえよ、この僕のように!」
「ト、トーリくん大丈夫かい……? 我慢は良くないよ?」
「……おかまいなく」
どうせ離脱のためにトイレに行こうものなら、またあのアホ二人が金魚の糞みたいに付いて来るんだろ?
俺知ってる。学んだ(一敗)。
人のトイレに嬉々としてついて来るとか、男子高校生かよお前ら。
……人の話を聞かないこと含めて男子高校生だなぁ!!
黄昏る俺の前に、両手いっぱいの串料理を持ったアデルハイトと、こちらも両手に総菜パンのようなものを持ったヴィーヴルヴァイゼンが現れる。
心配そうな目を向けているハインツはともかく、原因のお前ら二人には強く言ってやりたい。言えないけど。
「ああ、ハインツ。もうお前だけが癒しだよ……」
「え、僕? そ、そんなことは――」
「俺はこのままここで休むから、あの二人の面倒を見てやってくれ」
「ごめん、それは無理」
「無理か」
なし崩し的に押し付けられるかと思ったが、そうはいかなかったらしい。とても良い笑顔で断られてしまった。
「(急用が! とか言って抜けることも考えてはいるが……それはあくまでも最終手段だ。できるだけ、俺がいない状況を違和感なく作る必要がある)」
じゃあどうやってその状況に持っていくのか、だが。
これがなーんにも思いついていないのである。
その突拍子もない行動と勢いは脅威だが、ヴィーヴルヴァイゼンだけであれば簡単に騙して撒くこともできただろう。
しかし、人数が増えたことでそれも難しくなってしまった。
特に気を付けなければならないのはハインツだ。
ヴィーヴルヴァイゼンとアデルハイトだけであれば、ちょっと口でうまいこといえば別行動をとれたかもしれない。
だがパーティとしてあのアデルハイトを支える優秀なハインツがいる以上、そう簡単には騙すことはできないだろう。
つまるところ、今俺の最大の敵はアホ二人ではなくハインツただ一人。
「えっと……トーリくん? どうしたの? そんなに見られるとなんか照れるな」
「俺、お前のこと嫌いになりそう……」
「僕何かしたの!?」
ともかく、何とかして、どんな手を使ってでも俺はこの場を離脱しなければならない。
最大の敵は決まった。なら、最初に攻めるべきはハインツただ一人。
こいつさえ何とかしてしまえば二人だろうとアホは物の数ではない……はず……!
よしっ、と自身を元気づけるように立ち上がれば、嬉しそうな顔をしたアデルハイトが手にしていた串焼きを一本、俺に差し出してくれた。
「うんこは収まったか?」
「お前それ食い物手渡しながら言う台詞じゃねぇよ絶対」
本当にお前貴族だったのかと疑いたくなる言動に、俺は顰め面を向けて受け取った串焼きを頬張った。
香草が効いているのだろう。なかなかおいしい串焼きだった。
「(ともかく、パレードの一行が商業区に到着するまでにはまだ時間がある。腹が減ってはなんとやら、腹を満たせばいい考えも思い浮かぶかもしれん)」
ヴィーヴルヴァイゼンがまだ口にしていないほうの総菜パンを掠め取って一気に口に詰める。
「ぼ、僕のパンがぁぁ!? き、貴様! 僕はやると一言も言った覚えはないぞ!?」
「うるへー! このくらいしねぇと気がすまねぇんだよ……!?」
「ナハハハ! 何だトーリ、腹減ってたのか! なら星4つの先達として奢ってやるぜ! ハインツが!」
「え、僕なのかい!?」
「なーんでか知らねぇけど、昨日の酒代がバカみてぇに高かったんだよ。この串焼きで手持ちはほぼねぇ!」
やかましく騒ぎながら、商業区の屋台を回っていく。
そしてハインツのお財布の中がある程度減り、いよいよどうやって離脱するかの策が思いつかないまま、パレードの一行が通ることになっている場所までやってきた。
商業区のメインストリートを横断するこの場所は、貴族街や魔法区を含めて王都を一周する一本道になっている通路で、区域を移動する要となっている。
それゆえにメインストリートにも負けず劣らずの幅をもった通路になっているのだが、その両脇にはずらりと市民たちが今か今かと一行を待ちわびていた。
その様子は、昔テレビで見たことのあるマラソンを応援する人々に近しいだろう。
一定間隔で立ち並ぶ兵士たちはパレードの邪魔にならないようにと、そんな人々を監視しているようだった。
「厳重だな」
「それはそうだよ。何せリュミネール様と噂の『竜殺しの魔法使い』だよ? 注目にならないわけがないじゃないか」
「ふっ、だがいつか、人々はこの僕の名を知ることになるだろう! 『輝炎』というこの名を!」
「お! なら俺も『岩拳』の名前を王都中に轟かせてやるぜ!」
「ならアッくん。僕は王国中……いや! 世界中にだ!」
「おお! 夢はでっかく、だな!」
二人で盛り上がっているアデルハイトとヴィーヴルヴァイゼンが周りの注目を変に集める中、俺とハインツは必死に他人の振りをしてやり過ごす。
そしていよいよ市民たちのボルテージが上がっていき、同時に本当にこの後どうしようかと、もう直前トイレで逃げるしか方法がないんじゃないかと考え始めたところでそれはきた。
来たぞ! と一部の市民が声をあげる。
歓声の中やってきたのは金属製の大きな箱のような形をした荷車だった。
それを曳くプロプトホーフの姿もなく、どころか深紅のローブを身に纏った者たちがぞろぞろと数台の荷車を曳いている。
「あ? 王女様も噂の魔法使いもいねぇーぞ?」
「それどころか、『白亜の剣』の人たちもいないね?」
「どうしたんだ? 何かトラブルでも発生したのか?」
「……深紅のローブ?」
流石に何かがおかしいと勘づき始めたのか、先ほどまでの歓声も徐々に鳴りを潜めていく。
そしてなんだなんだと不安の声を上げ始める市民たち。
市民の監視に務めていた兵士たちも何かがおかしいと察したのか、一部が持ち場を離れてその荷車へと近づいていった。
「おい、君達! いったい何をしてるんだ。ここはパレードで使用することになっている。早くこの場から離れるんだ」
「……ククッ」
「? 何がおかしい」
兵士の問いかけに対して、一人が肩を揺らして不気味に笑う。
その笑いは徐々に他の深紅のローブに伝達し、やがて狂気じみた笑い声をあげて天を仰いだ。
その様子に、周囲の市民たちが不安の声をあげる。
「おい! 何がおかしいのかと聞いているんだ!」
兵士の一人が、深紅のローブの一人につかみかかる。
そしてその腕が地に落ちた。
「……は? っ――!?!?」
「勇者様、ばんざぁぁぁぁぁぁい!!!」
血に濡れた剣を掲げた男の声を合図に、深紅の集団が武器を構える。そして、運ばれてきた荷車が内側から破壊された。
その中から姿を現したそれを見て、周囲の市民たちは叫び声をあげた。
「ゴ、ゴ……ゴブリンだぁぁぁぁ!!!」
「ど、どうして魔物がここにっ!?」
「とにかく逃げろ!! 殺されるぞ!?」
「オ、オークまでなんで……!?」
一瞬にして商業区が阿鼻叫喚の様相を呈す。
荷車から一歩街へと踏み出した魔物たちは、周囲で逃げ惑う市民を見てにやりと笑って見せる。
その首には、いつか見た銀の首輪が嵌められているのだった。




