第50話:迫る魔の手
パレード当日。
中央区のバイセロンや周辺護衛に当たる近衛騎士、宮廷魔法使いの者たちとのあいさつを終えた『白亜の剣』の面々は、パレード用にと装いを直すリュミネールを待っていた。
「お? そこにいるのは……『白亜の剣』か! へぇ~、なかなかいい女ばかりじゃねぇか!」
「……バンデラン卿。何か御用ですか?」
そんな彼女らの前に現れたのは、今最も王都で噂になっている英雄。
竜種を二体の討伐と言う偉業を成した『竜殺しの魔法使い』。
リュミネールとの結婚相手としてこれからともに王都を巡ることになるシルヴァ・バンデランであった。
彼はアイシャの問いに対して肩を竦めてみせる。
「別に? リュミネールの着替えでも見てやろうかと思ってな」
「女性の着替え中に入室するのは、いくらあなたとは言え常識に欠けると思いますが?」
「ハッ! 関係ないね! リュミネールは俺のも……妻になるんだ。別に構いやしねぇよ! なんだったら、リュミネールと一緒にお前たちも妻にしてやってもいいんだぜ? この『竜殺しの魔法使い』様のなぁ!」
マリーンやウィーネ、リリタンの顔を順に見回してカカッ! と笑うシルヴァはアイシャの言葉を無視してリュミネールが準備を進めている扉の取っ手に手を伸ばす。
が、その手は途中でアイシャの手で遮られた。
「……あん?」
横合いから自身の進行を阻むように伸ばされた手を見て、シルヴァは不機嫌そうに眉を顰めた。
「リュミネール王女の侍女であるアネットさんから頼まれていますの。例えあなたであっても、パレードが始まるまでは誰もいれないように、と。わかったのなら、早くここから去ってあなたも準備をしたほうがよろしいですわよ」
それとも、とアイシャがその目をシルヴァに向ける。
「今ここで、その口を縦に斬り裂いてあげましょうか? 私、こう見えても剣が得意ですので」
「……どうやら、星6つだからって調子に乗ってるみたいだな。お前がどうやったって勝てない竜種を、俺は二体も討伐してんだぜ? 勝てるとでも思ってんのか?」
腰に携えた剣に手を添えるアイシャを見て、シルヴァは威嚇するようにすごんで見せる。
だがそんなシルヴァの態度に動じることのないアイシャは、それどころかニコリと笑って見せた。
「ええ、普通なら勝てないでしょうね」
「ハッ! 何だ、わかってんじゃねぇか。カカッ! ならさっきの態度についても謝ってもらわねぇとなぁ? ああ、言葉だけの謝罪じゃないぜぇ? まずはそこに裸になって――」
「あなたが、本当に『竜殺しの魔法使い』であれば、の話ですが」
「――は?」
調子よく言葉を垂れ流していたシルヴァの表情がその一言で固まった。
「……何を言って」
「ところで『竜殺しの魔法使い』様。あの時のこと、感謝いたしますわ」
突如として自身に向けて感謝を述べ始めるアイシャに、薄気味の悪いものを感じ始めたシルヴァは思わずその場から一歩身を引いた。
「な、何の話だ」
「あら、覚えておりませんの? まだ四か月も経っていませんのに。あの日竜種に襲われた私達を|魔法で癒してくださった《・・・・・・・・・・・》ではありませんか」
「……あ、ああ、そうだな。そうだった! ふんっ、感謝してるならそれでいいんだよ!」
「ええ、だからその時のことを詳しくお話ししたいのですが、リュミネール王女を待つ間お時間はありますか? 治癒魔法まで使えるなんてすごいことじゃないですの。是非見せてほしいですわ」
「……いや、俺は用事を思い出した。パレードの準備もある。お前らなんかに構ってる暇なんかねぇんだよ」
じゃあな、と黒のローブをはためかせてその場から去っていくシルヴァ。
そんな彼の背中に向けて、ウィーネとリリタンがざまぁみろと笑い、マリーンは興味もなさそうにどこからかかりてきた魔法の本を読みふけっていた。
そんな中で、アイシャは周りに聞こえないよう静かな声で言葉を零す。
「頼みましたわ。パレード中はきっと手薄ですから」
「わかったわ」
何かがこの場から立ち去っていくのを感じ取りながら、アイシャは親友が籠って着替えているであろう部屋に視線を向ける。
「(今の私は冒険者ですもの。王国よりも、親友としてあなたの幸せを優先させていただきますわ)」
◇
「さぁ我が同胞よぉ、我が信徒達よぉ……! ついにぃ、ついにぃこの日がやってきましたぁ……!!」
生産区モーム区長の管理する大倉庫のうちの一つ。
そんな大倉庫の中で、深紅のローブを身に纏った集団が集まっていた。
その中心で、チェラレッダが倉庫の地面に何かを描きながら周りの信徒たちに語り掛ける。
「今日この日ぃ、王都は未曽有の大混乱に陥ることになるでしょぉ……ですがぁ、その大混乱をもって我らの願いは成就するぅ……! あのにっくきグレーアイルはぁ、必ずやこの地に勇者様を召喚することになるでしょぉ……!!」
チェラレッダの言葉に、周囲の信徒たちも感極まったような声を張り上げる。
そんな周囲の反応に満足げな様子のチェラレッダは、チラとその視線を壁際へと向けた。
「如何ですかなぁ? この我が信徒たちの満ち満ちた希望の歓声ぃ……きっと我らの願いは勇者様へと届くに違いない……!!」
「……だといいがな」
壁際に一人、青い生地に白の刺繡が施されたマントを纏った女性が呟くように言葉を零した。
「……おやぁ? これでも元神官であるというのにぃ、あまり信用してはくださらないようですなぁ? 聖女神国親衛隊序列7位ぃ、マリオネア・サンブライド殿ぉ? 」
「名を呼ぶな。どこで誰に聞かれているかわからないだろう」
チェラレッダの呼びかけに、嫌そうに顔を顰める女性、マリオネア。
聖女を守護する親衛隊。その内の一人である彼女は、「そう言わずにぃ」と笑顔を向けて歩み寄ってくるチェラレッダに対して嫌悪感を抱きながら顔を背けた。
「この倉庫はモーム区長のご厚意でお借りしたぁ、人気のない場所にありますからぁ。我々の企みが漏れることはありませんよぉ」
「お借りした、ねぇ……あんな動く死体にしてよく言えたものだな。それより、数は揃えたようだが……本当にうまくいくのか? 相手には竜種を二体も屠った化物がいるんだぞ?」
わかっているんだろうな? と問うように聞くマリオネア。
そんな彼女を安心させるようにチェラレッダは「問題ありませんよぉ」と更に笑みを深くした。
「いくら英雄と称えられたところでぇ、所詮は我らの信仰には及びませんよぉ……!」
「……それは何の説明にもなっていないと思うが?」
「ご安心くださいませぇ……我が信仰は竜種すら凌駕する破滅の悪夢ぅ……目的が同じ我らはぁ、言い換えれば同志も同然!! そんな同志の言葉をぉ、あなたには信じていただきたいのですよぉ」
「……話にならんな。くそっ、こんなイカレ野郎共だったとは……わかってはいたが、頭が痛くなる……」
頭を押さえながら一人倉庫の外に向かって歩き出したマリオネアは、「ともかく」とその途中でチェラレッダを振り返った。
「お前たちはお前たちのやることを必ず為せ。それが貴様らの悲願の成就にも繋がるんだ」
「……ええ、わかっていますともぉ。頼みましたよぉ、マリオネア・サンブライド殿ぉ」
いつの間にか姿を消していたマリオネアに深く、深く頭を下げるチェラレッダ。
やがて頭をあげた彼は、再び信徒たちに向き直ると「外はぁ?」と問いかける。
「はっ。『従魔の首輪』の支配下にあるゴブリン、およびオークの群れを警邏区、商業区、冒険者区、医療区の城門外に『籠』に閉じ込めて待機させています。検問の兵士も既に始末し、『骸糸』によって我らの支配下にあります。ご命令があればいつでも」
「よろしい。性能実験で散った同志も浮かばれるでしょう。始まり次第ぃ、『骸糸』と『偽りの鏡』はあなたが回収して教団本部に帰還するのですぅ。あれはメイトーリー殿に返さなくてはなりませんのでぇ。それとぉ、合図とともに『籠』をいれなさい」
その言葉に、はっ! と返事をした信徒の一人が倉庫を出て行った。
その後ろ姿を満足そうに見送ったチェラレッダは、さてぇ、と改めて向き直った。
「我が信徒達よぉ! これより我らはぁ、勇者様をお招きするべくこの王都に大混乱をもたらすのですぅ!! 王女を殺しぃ、英雄を殺すぅ!! さすればぁ、この憎き王国は我らを脅威とみなしぃ、勇者様をこの地へ招くぅ! 我らの献身がぁ! 信仰がぁ! この世界を救う日はもう目の前なのですぅ!!」
――勇者様万歳! 勇者様万歳!
「恐れることはありません、我らが信徒たちよぉ。あなた達はその礎になれるのですぅ。恐れず逝きなさい。来世に勇者様のご加護があらんことをぉ!!」
――勇者様万歳! 勇者様万歳! 勇者様万歳!
深紅のローブの信徒達の歓声が上がる中、彼らの足元から紫紺の光が零れ始める。
描かれた五芒星の魔法陣。その淡く暗い死の光は、やがて歓声を上げていた信徒たちを包み込み、そして次の瞬間には一人、また一人と魂が抜けたようにその場に倒れていく。
そんな彼らを、捧げられた魂を、チェラレッダは笑みを浮かべながら見送った。
「さぁ、覚悟していただきましょうかぁ、英雄殿ぉ。所詮は英雄止まりの偽物はぁ、我々の神には成りえません」
五芒星の光が一度収まり、そして再び光を放つ。
だがその光は先ほどまでのような淡いものではなく、目の前が真っ白になるほどの強烈な光。
高まる魔力の波動に身を震わせるチェラレッダは、満足げに頷いていた。
「竜種の討伐はぁ、なるほどぉ、確かに偉業でしょう。しかしぃ、我らの神には及ばない……!」
描かれた五芒星から現れた異形の軍勢。
その軍勢は足元に転がっていた元信徒達の亡骸を目にすると、次々にその体に手を伸ばし、そしてその身を喰らい始めた。
ふふふぅ……、とチェラレッダは笑う。
「なればこそぉ、この『魔の呼声』のチェラレッダがぁ、あなたに相応しい死を差し上げましょう……! そしてあなたにはぁ、我らの神の贄となっていただきましょう!!」
勇者教三大枢機卿が一人、『魔の呼声』のチェラレッダ。
元聖女神国神官であり、世界の救済を掲げて独自で勇者召喚の術を研究し、その果てに得たのが、代償によってこの世のものではない異形を呼び出す召喚術だった男。
ただ勇者を求め続けた男はしかし、その術をもって勇者召喚の奇跡を為そうと試みる。
悪魔による破壊。その果てに、神が降臨すると信じて。
魔の手は、すぐそこにまで迫っていた。




