第45話:『火妖精』ウィーネの叫声
お菓子を購入して一休みした俺とマリーンは、二人そろって魔法区へと向かった。
どうやら王都は王城を中心に円形状に広がっているらしい。
そしてピザのようにそれぞれの区域が分かれている。
王城のある中央区を中心に、北部に貴族街があり、そこから時計回りに魔法区、警邏区、工業区、生産区、商業区、輸送区、冒険者区、医療区という配置だ。
「生産区、工業区、警邏区と通ってきたが……えらくはっきりと特徴が違うんだな。別の区域に入った時は別の街に来たのかと思ったぞ」
「ん。それが王都。初めてだと混乱する」
「そりゃそうだわこれは」
区域を移動するだけでがらりと光景が変わるのだ。初めて来たらその変化に戸惑うことになるだろう。
例えば生産区。
畑や果樹園、酪農の風景が広がるその場所は、確かに商業区と比べても広く移動には一番時間がかかった。
中央区や工業区、商業区と隣接する部分は街なのだが、それ以外は遮蔽物の少ない広大な農場や大小さまざまな大きさの倉庫が立ち並んでいる。
例えば工業区。
ヴィーヴルヴァイゼンの言っていた通り、鍛冶師や大工、皮をなめすなめし工など、モノづくりに携わる人々が集まり、そして競い合うことで技術を高め合っている区域。
むさ苦しい男たちと、あちこちの煙突から噴き出す煙。そしてトンテンカンと槌を振るう音。
例えば警邏区。
商業区よりも店が少ない、くらいの印象であったがやはり目を引くのはひときわ大きい軍学校。
建物の外に威勢の良い兵士見習いの声が轟いており、そこかしこに兵士の姿をよく見かけた。
きっと他の区域もその区域ごとに異なる光景が広がっているのだろうと想像するのは難しくないことだった。
「それで、今から魔法区に行くわけなんだが……何だあの壁は……?」
マリーンが向かう先に目を向ければ、周囲の建物を隔てた先に見える巨大な白い壁。
遠くからであるため目測になるが、20メートル近くはあるのではなかろうか。
「あれは壁」
「いやそれはわかるんだよ。何の壁か聞きたいんだよ俺は」
見ればわかる壁をただ壁と説明されても困るんだが、とマリーンを見れば少しだけムッとした様子のマリーンが説明を続けてくれた。
「魔法区と区切る壁。魔法は希少。研究データを盗まれないように厳重になってる」
「あー……なるほど。確かにそれはそうかもしれないが……にしてもやりすぎじゃない?」
「魔法はそれくらい価値がある」
何でもないことのように壁へと向かっていくマリーンの後に続く。
どうやら魔法区への出入りは貴族街、警邏区ともに一か所からしかできないらしい。
その一か所には警邏区の兵士たちが立ち、入場する一人一人を確認してから許可が出されるとのこと。
「……確認って、魔法が使えるかのだよな? どうやって確認するんだ?」
「ん」
そう言ってマリーンが手にしたのは青色の石。
ヒヒイロカネと呼ばれるそれは、色によってため込む魔法の属性が変化する石で、魔法使いたちが使用する杖やワンドにも使われている。
「自分に合う属性のヒヒイロカネに魔力を流す。発光すればOK」
「……あの、マリーン? 俺、君にもらった黒のヒヒイロカネしか持ってないんだけど……?」
懐を探って手に出したのは、いつの日かマリーンからもらった黒いヒヒイロカネ。
他のヒヒイロカネは一属性のみの魔力をため込むらしいが、この黒のヒヒイロカネは四属性全てに反応する。
なお、俺の空間属性については黒い渦ができたりするんだが……これはいいだろう。
閑話休題
そんなことより、だ。今俺の中でこのままだとヤバいというセンサーが警報を鳴らしている……!!
具体的に言えば、ここでマリーンの口止めをしておかないと俺の四属性をポロリとバラされそうでものすごく怖い……!!
「ん。四つ込めて黒いぐるぐる。四属性は自慢。フンス」
「フンス、じゃないのよ。絶対面倒なことになるのよ……?」
そこんところわかってる? と聞けば首を傾げたマリーンが一言。
「トーリがすごいこと、自慢しちゃダメ……?」
「この娘純粋っ……! でもダメ!」
「ガーン」
とたんフラフラと力なく揺れ始めるマリーン。
そんなマリーンの両肩を倒れないようにと掴み、いいか、と理由を説く。
「まともに魔法が使えない俺が四属性何てバレてみろ。王都の魔法区とやらだぞ? 絶対面倒に巻き込まれる。いや、場合によっちゃ実験動物に早変わりかもしれん」
「ん。トーリがすごいって集まる人いっぱい」
「そうだけどそうじゃないのよ」
この娘も珍しい三属性だろうに。まさか、悪意に晒されたことがないのか……?
ため息を吐きながらマリーンを見れば、ちょうど目が合った。
キレイな青い瞳がジィッと俺の目を見つめ返してくる。
……きっと気づかないまま実力で蹴散らしてきたんだろうなぁ。
「なぁマリ――」
「このケダモノォォォ!!」
「――ンんんんん!?」
言葉を続けようとした俺だったが、唐突に横合いから飛んできた膝蹴りによって中断させられてしまった。
その場から一歩下がったことで躱せはしたが、今のコースは間違いなく俺の顔面だった。
「おいこら、急に顔面狙って膝蹴りは危ないだろ!?」
「黙れケダモノ! こ、こんな人の往来のある場所で師匠を襲うなんて……! お、お菓子屋さんへの二人きりでの入店は師匠のためを思って何とか我慢しました……でもこれ以上は、師匠の一番弟子である『火妖精』のウィーネが許しません!! 断じて!!」
ガルルルル! と赤いヒヒイロカネが嵌め込まれた杖を構えて犬のように威嚇する少女。
『白亜の剣』に所属する唯一の星4つの冒険者ウィーネ。
『火妖精』という通り名を持つ彼女は、その名の通り火の魔法を得意とする魔法使いだ。
彼女は普段からマリーンのことを師匠師匠と慕っており、マリーンに付きまとう俺のことを目の敵にしているの。
……なお、敢えて言うが俺が付きまとった覚えはない。
「師匠! 師匠も、もっとお体を大事にしてください! あんなのに師匠の体が傷物にされたらどうするんですか!? ただでさえ師匠はポワポワしていて危なっかしいのに、私は心配ですよ!?」
それはほんとうに同意する。
「……?」
「「だめだわかってないっ……!」」
ウィーネの怒涛の説教にいつものジト目のまま頭に疑問符を浮かべているマリーン。
どうして二つ下のウィーネの方がしっかりしてるんですかね。
「……よくわからないけど、ボクは大丈夫」
「でも師匠! こ、こんな場所で接吻を迫るような男と一緒なんて……!」
「誰がこんな人の往来でそんなことするか」
ボソリと呟いただけだったが、直後ぐるりとこちらに顔を向けたウィーネにものすごい顔で睨まれてしまう。
これは完全に嫌われてるなぁ、と諦め半分で溜息を吐いた。
「ウィーネ。トーリは体を支えてくれただけ」
「……で、でも師匠! 男なんていつ獣になるかわからない生き物なんですよ!? 二人きりになんてなったら、いきなり宿に連れ込まれて押し倒されるに決まっています!」
「何で?」
「え、いや……なんでってその……」
マリーンの純粋な返しに詰まったのか、急にしどろもどろになるウィーネ。
だがこのままここで時間を使うのももったいないため、俺から助け船を出すことにした。
「はいはい、とりあえず魔法区に行くんだ。こんなところで立ち止まってないで速く行こう。ウィーネさんも一緒に来るんだろ?」
「っ! も、もちろんです! あなたの魔の手から師匠を守るのは弟子である私の役目です!」
「え、トーリ、手が魔法?」
「違うぞ。それよりマリーン、何でもいいからヒヒイロカネを貸してくれないか? さっきも言ったが魔法区の中での面倒事は避けたい」
興味津々と言った様子で俺の手を覗き込んでくるマリーンに流れで言えば、少々不服と言ったご様子のマリーン。
「!? あなた! 師匠が不機嫌になったじゃないですか! いったい何を言ったんですか!?」
「君は俺からも話を聞くという選択肢を持ってくれない?」
落ち着け、と憤るウィーネを手で制し、先程のやり取りについて聞かせる。
『白亜の剣』である彼女は俺の属性についてもマリーンから聞いていたのだろう。特に驚く様子もなく、されど嫌そうな顔で「確かに面倒事にはなりますね」と頷いていた。
「そう言うことなら、出入り口の兵士に借りることができますよ。ヒヒイロカネは高価ですし、魔法使いだからと言って全員が持っているわけではありませんからね」
「そうなのか? いいこと聞いたよ、助かる」
「むぅ……トーリの自慢したかった」
「師匠、わがまま言わないでください」
「さ、行きますよ」と拗ねる(当社比)マリーンの手を引くウィーネ。
そんな彼女に追いついた俺は、こっそりと「何で教えてくれたのか」と尋ねてみた。
嫌われてるもんだから、てっきり勝手に困ってろくらいは言われるかと思っていた。
「あなた一人ならどうでもいいですが、師匠も一緒なんです。あなたのせいで師匠に迷惑をかけさせるわけにはいきませんから」
「……その師匠が元凶なんだがな」
「違います、あなたが悪いです。わかったら金輪際師匠に近づかないでください」
「近づかれてんだよなぁ……」
「ん。ウィーネ、トーリと仲良さそう。満足」
「よくありませんが!?」
こんなのと誰が、と歩きながら俺の足に蹴りを入れてこようとするウィーネ。
そんなウィーネの蹴りを俺は華麗な足さばきで全て撃退し、そのことに腹を立てて脇腹に向けて突き出された拳を手甲で防ぐ。
魔法区の入り口付近で少女の叫声が響き渡るのだった。




