第40話:『獣狩り』サランの記述
「東門で会ったから連れてきたぞー」と俺とヴィーヴルヴァイゼンの頭をがっちりホールドしながらギルドへと入ったリリタンさんは、突然俺たち二人の拘束を解除した。
「あっぶね!?」
「ぐべぇっ」
突然のことだったが何とか手をついて顔面からの着地を避けた俺は、リリタンさんを睨めつけるように見上げながら立ち上がる。
もう片方のアホは絞められていた場所が悪かったのか、はたまた打ち所が悪かったのか白目をむいて気絶してやがる。
何て情けない顔なんだと思いながら辺りを見回せば、ギルドにいた冒険者全員から目を向けられていた。
「(……こういう目立ち方はあまり望ましいものじゃないんだがなぁ)」
まったく、と再度リリタンさんを見れば何故かサムズアップされた。
違うそうじゃない。
とにかく、だ。
もし万が一にもバレていた場合、俺は『白亜の剣』の面々との仲をぶっ壊してでもこの国を出る気でいる。
「(頼むから杞憂であってくれ……それはそうと、次に向かうならどこにしようか……久しぶりに海鮮を食べてみたいし、海洋国家でも探すか?)」
例え海があろうとも、空を『転移』で移動すれば問題はない。
俺の空間魔法にとって、距離と言うのは大きな問題ではないのである。
「トーリ、久しぶり」
早とちりであることを祈りながら、こっそりとどこの国に行くか考えていると、少し駆け足気味のマリーンが、どこか興奮した様子でやってきた。
まぁ、興奮した様子、などと言っては見たが本人は相変わらずのジト目無表情である。
が、その雰囲気がいつもより少し明るいことや、わかりづらいほど浮足立っているのを見るに間違ってはいないだろう。
そんな彼女が目の前に現れて、俺は思わずどきりとした。
だ、大丈夫だ、まだバレたと決まったわけではない……落ち着けよトーリ、余裕のある大人を演じるんだ……!
「トーリ、聞いた。謎の魔法使いっ」
「あばばばばばばばばばばばばば……!?」
一発目からかましてきたマリーンの言葉に、思わず思考回路がショート寸前になった。
今すぐ出て行ってやる。
「『転――」
「王都に出たっ」
「――は?」
思わず魔法でこの場から立ち去ろうとした俺だったが、少々興奮気味なマリーンの言葉に思わず呆けた。
なんて? と一度冷静になってからもう一度聞いてみる。
「噂の魔法使い、今、王都にいるっ」
「……はい?」
もう一度聞いても意味の分からない内容だ。
噂の魔法使いが? 今王都にいるぅ? は? 今はお前の目の前にいるんですけど?
と言いたい口を閉ざしながらどういうことなのかとマリーンに聞いた。
すると、その問いには目の前のマリーンではなく、ギルドに併設された居酒屋のカウンターに座る人物が答えるのだった。
「どうもこうもありませんわ! こ、この私があれほど探し回っていたというのにぃぃ……! よりにもよって王都ですってぇ!? 入れ違いになってるじゃありませんの!! あの『竜殺しの魔法使い』、もしや私から逃げてるのではなくて!?」
キー!! とカウンター席で一人コップを呷っている『白亜の剣』のリーダーにして星6つの冒険者、アイシャ・ガーデンことアイシャさん。
だいぶ憤っておられるその様子を見た俺は、そっとマリーンに耳打ちする。
「自棄酒か?」
「ん。アイシャ、探すのにいっぱいお金使った」
「あらまぁ……」
まぁあれだけ指名手配犯みたいに張り紙を街中にばらまいてたんだ。相当な金を突っ込んでいることは簡単に想像できる。
哀れアイシャさん、と心の中で合唱すると同時に、俺のことだとバレたわけではないことが分かりホッと胸を撫で下ろした。
いつも無表情マイペースなマリーンが、いつも以上に早口(当社比)でなければ、危うくポカをやらかすところだっただろう。
「まぁそう怒るなって、アイシャ。ボーリスにいなかったのはびっくりしたが、居場所はわかったんだ。オレたちの方から会いに行きゃいいんだよ」
「リ、リリタン……」
「てことで、アイシャ! 景気づけにオレと歓楽街行こうぜ!」
「リリタン……」
リリタンさんがアイシャさんの肩を叩いて慰める中、心配ごとが杞憂に終わったことで落ち着きを取り戻した俺は別のことを考えていた。
「ところで、『竜殺しの魔法使い』ってのは?」
「魔法使いの通り名」
「何だその中二病患者が喜びそうなネーミングは……」
? と首を傾げるマリーンに、こっちの話だと会話を終わらせる。
しかしそうか……ちょいと恥ずかしいが、俺のことをそんな名前で呼ぶ奴らがいるのか……
正体がわからない相手にコードネームや二つ名のような名前を付けるのは、まさにそう言った作品の醍醐味と言ってもいいだろう。
俺も自分が呼ばれるのならどんな二つ名がいいのか、学生時代にノート一冊使って寝る間も惜しんで考えていたほどだ。
もっとも今は当時ほどの感性はないため、少しばかり気恥ずかしさもあるのだが。
「(まぁ、俺じゃないみたいだが)」
いったい誰なんだ? と首を傾げるた俺は、とりあえず詳しい話を聞こうと勝手に後ろについてくるマリーンと共にアイシャさん達の方へと歩み寄った。
「よう、アイシャさん。ちょっと話を聞きたいんだが、今いいか?」
「あら、トーリさんじゃありませんの。お久しぶりですわね。ここ最近はボーリスの外の村でよく依頼を受けていたそうじゃない。マリーンがなかなか会えないと寂しがっていましたわよ?」
「おん? そうなのか?」
「ボク水攻め得意」
「どうした急に。怖いぞ」
「あらあら……マリーンったら」
「大丈夫だマリーン、ここに来る前にお前が寂しがってギルドでトーリを探していたことをちゃんとせつめぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
マリーンの肩をポンポン叩いていたリリタンさんであったが、その直後彼女が立っていた場所に人間大の水柱が生えた。
間一髪と言ったところでその場を離脱したリリタンさんは、「あ、あぶねぇ……」と冷や汗を拭いながら息を吐いていた。
「……逃した」
「逃したじゃないのよ。いきなり無言で、俺の隣に魔法をブッパしないでくれ頼むから」
「はいはい、今のはリリタンが悪いですわ。ほら、皆さん。見世物じゃありませんわよ!」
そう一喝すれば、今迄俺たちの役割を遠巻きに見ていた冒険者たちの視線が散開する。
「それで? 私に何を聞きたいんですの?」
「え? ……あ、ああ。そうだったな」
一連のやり取りですっかり頭から抜け落ちていたが、そもそも質問しに来ていたことを思い出す。
「アイシャさん達が言ってた魔法使い……『竜殺しの魔法使い』だったか? 王都にいるっていうそいつの話が聞きたい」
「あら、あなたも興味がありまして?」
「まぁな。知っての通りここ最近は外の依頼ばかりであまり詳しくは知らないんだが……街を守ってくれたんだ。知りたくもなる」
「わかりましたわ。とはいっても、それを聞くなら私よりも適任がいますわよ」
アイシャさんの言葉に、適任? と後ろを振り返る。
みれば、同じく俺に目を合わせるマリーンが、任せろとばかりに胸を張った。
き、期待ができねぇ……
「安心しなさい、マリーンではありませんわ」
そんな俺を見てクスクスと笑うアイシャさん。
「その娘に聞いたら『竜殺しの魔法使い』の魔法予想の講義が始まってしまいますわ」
「む、アイシャ失礼。属性予想も追加」
「追加しないでくださいまし。そのせいで私、ここ最近寝不足ですのよ?」
「マリーンじゃないことにはひどく納得したが……じゃあいったい誰に聞けばいいんだ?」
そう聞けば、アイシャさんは「この娘ですわ」と隣を示した。
見ればいつの間にそこにいたのだろうか。
アイシャさんの隣で腕を組み、静かに佇む緑のショートローブを身に纏った人物がそこにいた。
顔は深くフードを被っているため見えないが、体つきからして女性だ。
背負われた短弓と腰に携えられた短剣が目につく。
「私達のパーティの斥候を担う副リーダーのサランですわ。トーリさんは初めて会いますわね」
「……」
「サラン……てことは、『獣狩り』か?」
俺の質問にはい、と笑顔で答えるアイシャさんは「優秀で頼れる私の右腕ですの」と自慢げに語った。
『獣狩り』のサラン。
アイシャさんやマリーンと同じく『白亜の剣』に所属する星5つの冒険者。
確か魔力持ちではないため星5つらしいが、リリタンさんと同じく、こちらも星5つとは思えぬ実力者だと聞いている。
噂では、彼女に近づこうとした冒険者が音もなくいつの間にか斬り伏せられていたとか。
何それ怖い。人斬りじゃん。
「『竜殺しの魔法使い』について調べたのもサランですし、話を聞くなら彼女が適任ですわ」
「そうなのか……わかった。あー、サランさん、で呼び方はいいですか?」
改めてサランさんに話しかけようと声をかければ、フードに包まれた彼女の眼がチラと俺を見た気がした。
そして彼女は何だ、とでも言いたげな様子でこちらを振り向いた。
「初めまして。星3つの冒険者のトーリと言います。あなたが聞いた『竜殺しの魔法使い』の話を聞きたいんですが、構わないでしょうか?」
初対面であるため、できるだけ丁寧な言葉を心掛ける。
後ろで聞こえた「丁寧なトーリ、久しぶり」というマリーンの声を無視していると、やがてサランさんが懐から何かを取り出した。
手に持ったのは……ペンと紙。
いったい何をするのかと見ていると、彼女はその紙にペンを走らせ、そして書き終わると同時に俺へと投げ渡してきた。
何なのかと慌てて受け取り、書かれた文面を見る。
『あまり近づかないでくれないかしら。うっかり短剣を突きつけてしまいそうになるわ』
……それなんてゴ◯ゴ?
「……えっと、マリーン。これはどういう……」
「ん。サランは男が嫌い。触れられたらいつの間にか斬り刻まれるから注意」
「oh……何てバイオレンス……」
ヤベェ奴じゃん、と内心で危険人物扱いしていると、サランさんが新しい紙にさらに何かを書き始め、そして再び俺へと放った。
『あんたのことはマリーンからよく聞いてるわ。それに免じて、1メートルまでの接近なら許してあげる』
「……ちなみに興味本位なんですが、そうでなければどのくらいでした?」
両手を広げて見せつけて来るサランさん。
あんたそれどうやって生活してるんだよ……
「10キロだって」
「まさかのキロ!?」
「サランはそれくらいの心づもり」
何でも、それは不可能に近いことであるためアイシャさんからのお願いで我慢はしているとのこと。
普段は斥候として鍛えた隠密で姿を隠したり、自ら男と距離を取ることで何とかしているのだとか。
なるほど、だから俺が『白亜の剣』のパーティハウスに行ったときには、男の俺が来るからいなかったのか。
なるほどなぁ、と思い返しながらとりあえず1メートルよりも近づかないように距離を取って話を聞くことにする。
聞く、とはいってもサランさんは筆談であるため口で話すよりも時間がかかる。
何より書く方が大変なことは承知しているため、できるだけ首肯などで答えられる質問になるように話を聞くのだった。
「ちなみにサラン、ハウスでは普通に喋る」
「しゃべれないとかではなく、まさかの口頭会話拒否だったか」




