第131話:里帰りは終わる
それから数日、俺とリップちゃんのハンルド滞在の最終日。
一応出発するのはお昼前の予定ではあるのだが、その前に俺はリップちゃんを連れてハンルドの街の出入り口までやってきていた。
「あ! いたー! ピューリスちゃーん!」
手を繋いでいたリップちゃんは、プロプトホーフの馬車の傍にいたピューリスちゃんを発見すると手を離して一目散に駆け出していく。
リップちゃんが飛び込み、ピューリスちゃんが慌てたようにリップちゃんを受け止める光景は、その容姿も相まって本当の姉妹のようにも見えた。
「本当に似てるわ、あの二人」
「ああ、アリットさん。……実は親戚だったりしませんか? 血がつながっていないのがおかしいと思うくらいにはそっくりなんですけど」
「あれだけ似ているとそうかもしれないって思わされるわね……」
いつの間にそこにいたのか、隣に立っていたアリットさんの言葉に同意するように頷く。
チラと横を見れば、彼女も俺と同じように二人の少女が楽しげに笑っている様子に優しい目を向けていた。
「トーリさん。改めてありがとう。おかげで、私もピューリスも生きているわ」
「……俺もあなた達を助けられてよかったです」
だから顔を上げてください、と頭を下げるアリットさんの肩に手を添えて顔を上げてもらう。
するとアリットさんは俺の顔を見て徐に言葉を零した。
「……やっぱり。あの人の言う通り、あなたは優しい冒険者なのね」
「あの人……?」
「ええ。ディスタ……私の夫のことよ」
「ええと……?」
アリットさんの言葉の意味が分からず、俺は一人首を傾げて考える。
彼女の言い方だと、旦那さん……ディスタさんとやらは俺のことを知っているようにも聞こえる。しかし当然ながら俺はディスタさんを知らないし、小さい頃に会って忘れている、なんてこともない。俺がこの世界に来てからまだ一年も経っていないのだから。
「……ああ、ごめんなさい。こんなこと言っても、困惑させてしまうだけよね」
「そうですね。できればどういうことなのか、是非お聞かせ願いたいのですが……」
「わかったわ。それに、あなたにはそれを知る権利だってあるもの」
そう言って彼女は事の経緯を話し始めた。
聞いていた通りではあるが、ピューリスちゃんが魔眼を持つのは、父であるディスタさんが魔眼の一族の末裔であることに由来する。
そんな特別な目を持っていることからこそ、周囲には魔眼を持っているとバレないように生活していたらしい。
だがしかし、秘密にしていたはずのその力がバレてしまったことを彼は己の魔眼の力で知ったのだった。
「人の未来を観測して、その人の運命を変える。それがディスタの魔眼の力だったの」
「運命を、変える……?」
俺の呟きにアリットさんが頷いて見せた。
「正確に言えば、進むはずだった未来の方向を変える……というものだったらしいわ。ディスタは近い将来、自分の魔眼とまだ発現していないピューリスの魔眼を狙われることをその力で知ったの。でも、彼の見た未来では……」
「逃げることができなかった?」
「ええ。彼曰く、二人揃って眼を奪われた後、三人とも殺される未来が見えた。だからこそディスタは、私とピューリスの運命を変えたんだって」
「……そんな未来、誰だって変えたくなるでしょう。でもディスタさんは? 彼自身は、自分の未来を変えなかったんですか?」
思わず口から出た疑問に、アリットさんは静かに首を横に振った。
未来の改変というとんでもない現象を引き起こす力は、使用するだけでも相当消耗するらしい。それが二人分ともなれば相当なものだろう。
結果的に、ディスタさんはその力を使用したことで衰弱死してしまった。
「他に誰かを頼ることはできなかったんですか? そうすれば、ディスタさんだってその力を使わなくても……」
「いたとしても、片田舎で野菜を売って暮らしていただけの私達に、あの教会の手練れを相手にできる伝手なんてなかったわ。それに彼が観測した未来の出来事は、必ず起こり得ることでもある。回避するには、使わざるを得ない状況だったの」
「そう、ですか……」
「ええ。困った人よ」
相談くらいしてほしかったのに、と小さく零したアリットさん。
そんな彼女は、リップちゃんと共にプロプトホーフを撫でては服を食まれている姿に笑みを浮かべている。
「あの人が死ぬ前に言ったの。逃げるのなら、この街に……ハンルドに向かえって。そうすれば、ピューリスを助けてくれる優しい冒険者が現れるって。最後には私達に平和な日常が待ってるって」
「……そうでしたか」
となると、ディスタさんにはピューリスちゃんを助ける俺のことが見えていたのかもしれない。
いや、運命を変える魔眼だ。俺が親父さんの代わってにこの街に来たことさえも、運命をディスタさんが変えたことによるものだったのかもしれない。
「おかしな、話よね……あの人もいて欲しかったのに……また三人で、笑って暮らしたかったのに……! なんで、ディスタは……」
両手で顔を抑えて泣きじゃくるアリットさんの嗚咽が小さく零れる中、俺は彼女のそんな姿がピューリスちゃん達には見えないよう、前に立ってローブを広げる。
幸い、ピューリスちゃんとリップちゃんは楽しそうにプロプトホーフを撫でていたのでこちらを見られるようなことはなかった。
少し経ち、すみませんと涙を拭いて顔を上げるアリットさん。
「ダメね。私がこんなんじゃ、あの子に心配かけちゃうわ。これからは、私があの子を守るんですもの」
しっかりしなきゃ、とまだ赤い目で笑顔を作った彼女の姿を見て、母親って強いんだなぁと内心で考える。
聞けばまだ28歳なんだとか。俺と三つしか違わないというのに、これだけ立派に母親をやっているのは純粋にすごいと思う。
「アリットさん。話していただき、ありがとうございました」
彼女にとって辛いことを思い出させてしまったと、俺は頭を下げて礼を言うのだが、そんな俺に対して頭を上げるようにとアリットさんが慌てて言う。
「気にしないで。あなたになら、話して当然の話でもあったから。それに助けてもらったうえに、次の働き口の紹介までしてもらったんだもの! むしろ貰いすぎているくらいだから、そう頭を下げないで! ね?」
「お礼はピューリスちゃんが喜ぶ顔だけで十分ですよ。子供に助けを求められたんです。大人として、当然のことをしたまでのこと。それに、次の働き口に関しては向こうからの提案でもありますから。……しばらくまともにお給料が払えない場所を紹介してしまったことを悔やむばかりです」
「だ、大丈夫よ。聞けば、食堂はかなり安く使えるそうだし、寝床だってあるんだもの。それにピューリスの勉強も見てくれるって話だし、これ以上ないくらいよ!」
「……そう言っていただけると、大変助かります」
アリットさんの優しい言葉に救われるが、それでも頭の中で高笑いしているチクショウエルフの姿に何も言えない自分が悔しい。
というのも、アリットさんとピューリスちゃんは二人揃ってフェイルさんの研究室で雇われることになったのだ。
理由は単純。ピューリスちゃんの魔力量を可視化する魔眼があれば、彼女の研究が飛躍的に進歩するからである。
そのため、アリットさんは研究室付きの家政婦を、ピューリスちゃんは魔眼を使ってフェイルさんの研究のお手伝いをすることになったのだ。
もちろんそれを受けるかどうかは彼女らの意志によるところなのだが、あのチクショウエルフは研究室を避難先としてピューリスちゃんを預かってもらったお礼とぶっ壊した『ウツセルクン!』の賠償について、彼女らへの説得で不問にするという条件を出してきたのである。
結果、俺の説得に快く了承してくれたアリットさんと、あのテンションが毎日!? とすこーしだけ顔が引きつっていたピューリスちゃんなのであった。
一応、魔法学校という場所なら教会の手が回りにくいことや、フェイルさんの傍なら安全だろうと考えたこと。更にもしピューリスちゃんが狙われたとしても、フェイルさんなら魔眼を持つ彼女を全力で守ってくれるだろうし、俺も魔法を隠すことなくすぐに向かえると判断してのことである。
……それはそれとして、彼女らが了承したことを伝えた時の顔はものすごく腹が立ったが。何だあのドヤ顔は。
「おかーさーん! もうすぐ出発するのだわー!」
「あら、もうそんな時間なのね」
手を大きく振っているピューリスちゃんに向けて、「今行くわー!」とこちらも元気に手を振り返してから馬車へと向かうアリットさん。
俺もそんな彼女に続いて馬車へと向かうのだが、何を思ったのかピューリスちゃんとリップちゃんはお互いに顔を見合わせて頷くと、急にこちらに向かって駆けてくる。
俺とアリットさんが慌てて立ち止まれば、ピューリスちゃんはアリットさんへ、リップちゃんは俺に向かって飛び込んでくる。
「もう、この子ったら。危ないでしょ?」
「えへへ……お母さん、わたし、お母さんが大好きなのだわ!」
仲睦まじい親子のやり取り。
二人が笑みを浮かべて額を合わせている様子を傍から見ていたが、リップちゃんが俺の服を掴んでよじ登ってきたため慌てて抱き上げる。
「リップもおにーさんすきー!」
「おう、ありがとうねリップちゃん」
「えへへ……」
「トーリさん!」
頭を撫でられて嬉しそうに頬を緩めているリップちゃんを見ていると、アリットさんに抱き上げられていたピューリスちゃんに名を呼ばれる。
どうしたのかと彼女の方を見れば、彼女はアリットさんに目配せをして降ろしてもらい、それから俺の方へと歩み寄る。
「助けてくれて、ありがとうなのだわ……! それと! わたし、やりたいことができたのだわ!」
そう言って、俺の服の裾を掴んだピューリスちゃんは花のような笑みを浮かべるのだ。
「まだ将来何になりたいかとか、そこまでは決まってないけど……いつかトーリさんのことを助けられる人になりたいのだわ! 頑張ってお勉強もして、色んなことを学んで……もちろん、この眼ももっと使いこなせるようになって……今日の恩を必ず返すのだわ! それが今、わたしのやりたいこと!」
「……ああ。その時を楽しみに、待ってることにするよ」
「っ! ……うんっ!!」
学園都市行きの馬車、出発しますよー! という御者の声に、アリットさんとピューリスちゃんが馬車へと乗り込んでいく。
プロプトホーフの嘶きと共に馬車はハンルドの街を出発するのだが、その途中で馬車の中からピューリスちゃんがひょっこりと顔を出して手を振っていた。
「トーリさーん! リップー! またどこかで会えること、楽しみにしているのだわー!!」
さよーならー! と元気な声がハンルドから遠ざかっていく中、俺とリップちゃんは馬車が見えなくなるまで手を振り続ける。
やがて馬車が視界から消え、俺はリップちゃんを抱き上げたまま踵を返した。
「ピューリスちゃんとあえるの、たのしみだね、おにーさん!」
「そうだね。俺とリップちゃんも負けないくらい頑張らないとだけど……その前に、街の人たちに挨拶しておかないとだ。今日でボーリスに戻るからね」
「うん! あいさつ、リップいっぱいする!」
がんばるぞー! と両手を突き上げて気合十分なリップちゃん。
そんな彼女のやる気につられて、俺も拳を突き上がて気合を入れれば、更に元気な声をあげてリップちゃんがもう一度両手を突き上げる。
こうして、俺はリップちゃんと二人でハンルドの街を巡り、ソドマスさんやレダくん、ブルーちゃん、イーロくんの行き馬車の子供三人組。更には一緒に遊んだ子供たちやそのご両親などにも別れの挨拶をして回った。
そして俺とリップちゃんは、ボーリス行きの馬車まで見送りに来てくれたマーサさんとゴーザさんの二人に最後の別れの挨拶をしているところなのだが……
「う……うぅぅ……たのむぅぅ……まだいておくれぇ~! じいじは寂しいんだぁ~!」
「なーに言ってんだい! リップちゃんの家はボーリスだよ! リップちゃん。またいつでも遊びにおいでね。じいじとばあばはいつでも歓迎するよ!」
「うん! リップ、じいじもばあばもだいすき!」
「あぁもぉ~本当にいい子だねぇ~!」
マーサさんに抱き着かれて、満更でもなさそうに笑顔を浮かべているリップちゃんは、その後泣き崩れているゴーザさんにも自分から抱き着きに行った。
ゴーザさんは昇天しそうになっていた。
「トーリさんも。色々あったみたいだけど、ありがとうね」
「い、いえそんな! むしろ、俺の方こそお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。正直、マーサさん達の助けがなかったらと思うと肝が冷える思いでしたから」
ピューリスちゃんを保護した時も、教会の悪事を暴いた時も、アリットさんを休ませてもらうのも全てマーサさん達の協力がなければ上手くいかなかったことだだろう。
そう考えると俺としては彼女らには頭が上がらない想いなのだが、そんな俺の内心を知ってか知らずかゴーザさんはそっけなく言葉を返してくれた。
「ふんっ、小僧が変な気遣いをするもんじゃない。ほら、さっさと帰った帰った! 母ちゃん! リップちゃん! 家に帰るぞ!」
「だからリップちゃんはボーリスに帰るって言ってんだろ!」
「いやだぁぁぁぁぁ! じいじまだ孫と遊ぶのぉぉおお!」
「……? おにーさん、なにもみえないよ?」
「見ちゃいけません」
最初の言葉はかっこよかったのになぁ、と呆れて苦笑しながらも、俺はリップちゃんを連れて馬車に乗り込んだ。
そしてリップちゃんと二人で出発した馬車から顔を出せば、ハンルドの街の入り口でマーサさんとゴーザさんの二人が手を振ってくれているのが見える。
「じいじー! ばあばー! またねー!」
「ありがとうございましたー!」
小さくなっていく二人に向けて叫んだ。
こうして色々と問題ばかりだった親父さん代わりの里帰りは、親父さんの微妙な味付けの料理に出迎えられたことで無事に終えることができたのだった。
……そう言えばこれ、里帰りだったな!




