第132話:目指すは迷宮都市
「そうですか。レオタイガは魔眼の確保に失敗しましたか」
「はい。共に送り込んでいた聖騎士、および神官も戻ってきていないことを考えると、何者かに殺られた可能性が高いかと」
「……期待外れでしたね。ただの孤児でしかなかった子供をあそこまで育てるのに、いったいどれほどの苦労と資金がかかったか。恩も返さず死ぬとは、とんだ薄情者ですね。ねぇ? ギリウス。あなたもそう思うでしょう?」
「……はい」
聖女神国の大聖堂。
ハンルドにあったものよりも大きな聖女像を前に、グレゴリアは失望したように深くため息を吐いた。
そんな教皇の溜息にも表情一つ変えずに跪くギリウスだったが、「如何いたしますか?」とグレゴリアに向けて疑問を投げかける。
「そうですね……とりあえず、ハンルドには元々務めていた神官を再度派遣しなさい。聖騎士も必要最低限にしましょう」
「……よろしいのですか? レオタイガも含め、大量の聖騎士が姿を消しています。特にレオタイガは親衛隊の中でも私に次ぐ第2位。誰にどうやって殺されたのか、十分な調査が必要になると思いますが……」
「そこまで手間を割く暇は今の聖女神国にはありませんよ、ギリウス。それにもしその調査に手を出すのであれば、最低でもレオタイガより強い者を送る必要があります。となると、必然的にあなたに出てもらうことになりますが……現状私としては、あなたに離れられると困るんですよ。この間のようにいつ第10位に斬りかかられるのかわからないんですから」
「……だから調査はしない、と?」
ギリウスの言葉に、グレゴリアはその通りだと頷いた。
聖女親衛隊第1位でもあるギリウスの任務は、教皇であるグレゴリアを護衛すること。第10位という不穏分子がいる今、彼に別行動をさせることは自らの命を危険に晒すことと同義でもあった。
「第3位のヴァレンティアの他、第4位から第9位も残っているはずですが」
「ギリウス、あまり私を責めないでください。あなたにもわかっているでしょう? 第10位のローゼリアン・シルダは、正面戦闘においては第3位のヴァレンティアを圧倒します。それに同じ親衛隊といえども、他は物の数にもならないでしょう。レオタイガがいない以上は、彼女を止められるのはあなたくらいしかいないんですよ」
聖女様には困ったものですよ、と眉を顰めるグレゴリア。
本来であれば邪魔になるローゼリアンを一般の聖騎士に降格させ、すぐにでも聖女神国から追い出したいグレゴリア。
だがここで彼の思い通りにいかないのが、聖女神国の象徴とも呼べる聖女の存在であった。
現聖女唯一の親衛隊であるローゼリアンは、グレゴリアが教皇の座に就く前から聖女の護衛に就いていた親衛隊でもある。親衛隊を全て己の手の者に挿げ替えようと考えていたグレゴリアであったが、教皇といえども聖女の言葉を無視することはできず、結果ローゼリアンだけは第10位に下げる以外どうすることもできなかったのだ。
「そうであれば、わかりました」
「ええ。第10位になったとはいえ、元1位です。あまり油断はできませんから。それにレオタイガに任せていた魔眼も、あればいいというだけで必要というわけでもない。深追いして竜が出る可能性があるのなら、今は勇者召喚を優先するべきでしょう」
それさえ済んでしまえばこちらのものです、とグレゴリアは邪悪な笑みを浮かべて立ち上がると、改めて勇者召喚のための魔力の収集を急ぐようにと指示を出した。
そんな彼の背後。
聖女像の宝石が小さく瞬いたことを、この時の二人は気づかなかったのであった。
◇
「到着、ボーリスー!」
二日の旅を終えてハンルドからボーリスへと帰還した俺は早速疲れてお眠のリップちゃんを『安らぎ亭』へと連れ帰り、そのまま親父さんへと預けてきた。
親父さんも教会での治療をして十分に休めたからか、帰ってきたころには元気に動いていた。その姿には安堵するのだが、正直なところ今の教会にはあまり良いイメージがないため何とも言えないところである。
まぁそんなこともあり、一人ボーリスの街へと飛び出した俺だったのだが……真っ先にやることは決まっていた。
ずばり、装備の新調である。
「ボロボロにやられてたもんなぁ……」
チラと自分の格好を見下ろした。
今俺が身に着けているのは、ハンルドで購入した冒険用の服と腰に携えた剣。後は補助魔道具のみである。
鎧やマリーンに買ってもらったローブは、レオタイガとの戦いで使い物にならなくなってしまったのだ。ハンルドで購入することも考えたのだが、服はともかく武器やローブはボーリスの方が品揃えがいいからそっちで買え、とソドマスさんから教えてもらったのでボーリスで買うことにした。
武器の剣もできればメンテナンスしてもらいたいが、結構使い込んでいるため新調する必要があるかもしれない。
そう考えるとまた結構な出費になってしまうため、できるだけ安くてかつ腕の良いところを紹介してもらう必要がある。
「そんなわけで、エリーゼさん。どこかいいお店とか、鍛冶師の知り合いはいらっしゃいませんか?」
「むむむ……そうですねぇ……」
お馴染みボーリスのギルドへやってきた俺はリップちゃんの送迎の依頼料を受け取ると、よくお世話になっている受付嬢のエリーゼさんのところで話を聞くことにした。
挨拶もそこそこに早速聞いてみると、彼女は顎に手を当て可愛く首を傾げながら唸る。
「ボーリスで揃えるなら、西門近くには優良店が集まっていますね。ギルドからもいくつかは紹介ができますし、よければ紹介状をお渡ししましょうか?」
「本当ですか! ありがとうございます、エリーゼさん。助かりますよ」
「いえいえ。それにしても、トーリさんは迷宮都市には行かれないんですね。もうすぐダンジョンの開口時期ですし、他の方と同じように移動したのかと思ってましたよ。ハンルドはボーリスよりも迷宮都市にも近いですから」
私少し驚いちゃいましたよー、と笑みを浮かべるエリーゼさん。
だがそんな彼女とは対照的に、俺は何のことかわからず「え?」と首を傾げていた。
「迷宮都市……ああいや、そういうところがあるのは知ってるんですよ? 俺もいつかは潜ってみたいとは思ってますし。ただその……開口時期、というのは……?」
「あれ、トーリさん知らないんですか? ダンジョンは一年に一度。この時期だけしか入れないんですが……」
確かここに資料が、と受付のデスクにあった紙の束を捲り始めるエリーゼさん。
そんな彼女の姿をダラダラと冷や汗を流しながら待っている俺なのだが、やがて「あった!」とエリーゼさんが差し出してくれたそれを受け取ると、該当ページを食い入る様に目を通す。
迷宮都市。
それはグレーアイルの王都から北に進んだ場所にある都市で、ここボーリスからは馬車で一週間ほどかかるそうだ。
そして迷宮都市最大の特徴であるダンジョンについてだが、これは俺がゲームや小説でよく知るダンジョンと同じといってもいいだろう。
中には魔物が生息するほか、多種多様な罠が設置されているんだとか。
また、階層によっては地下なのに陽が出ていたり、かと思えば鬱蒼とした森があったり、誰のものかは知らないが墓地や屋敷があったりとかなりの不思議空間。
普通に考えれば、そんな意味不明で危険な場所に誰が好き好んでいきたいのかという話だが、これまた俺もよく知るダンジョンと一緒でちゃんとうまみがあるのだという。
すなわち、お宝だ。
魔物を倒せば、死体は煙のように消え代わりに素材が残るそうだが、稀に魔物が素材ではなく宝箱を落とすのだとか。
そしてその中から出てきたアイテムの中には、稀にとんでもない価値の付くものがあったりするという。
まさに一攫千金とはこのことだろう。
これらのお宝の出所については不明であるが、一説にはダンジョンそのものが人をおびき寄せるために用意しているのではないかとも言われているらしい。一年に一度のある一定期間しか入れないのは、これらのお宝を準備しているからなんだとか。
「へぇ……すごいところだ……」
「すごいですよねぇ。『白亜の剣』の皆さんも、一週間ほど前にはボーリスを出発して迷宮都市に向かわれていますよ。あ、そうそう。ここでエリーゼさんの豆知識です! 迷宮都市にはこの時期だけダンジョンに潜って普段は戦いとは全く無縁のお仕事をしている『探索者』と呼ばれる人たちがいるんですけど、何故それが可能なのかわか――」
「エリーゼさん」
「はい、トーリさん! 解答をどうぞ!」
一人ダンジョンの資料に目を通していた俺は、その末尾に書かれていた文字から目を離すことなくエリーゼさんに話しかける。
もちろん、ダンジョンそのものやお宝という部分にも惹かれるものは大いにあるのだ。
だがしかし、最も俺の目を惹いたのはその最後の文章だった。
「俺、今から迷宮都市に行ってきます!」
「……え?」
「それじゃあ、これで失礼します!」
手に持っていた資料をエリーゼさんに返した俺は、それだけ告げてギルドを飛び出した。
武器と防具は……迷宮都市で買えばいいだろうか。いや、どうせ王都を経由するつもりだし、いっそのこと王都で揃えるのもありだろう。なんだったら、ダンジョンのお宝から剣やら鎧やらが出るかもしれない。
「待ってろよダンジョン……! すぐにでも攻略して、酒の肴にしてやるからなぁ!」
資料の最後に書かれていた『未攻略』という文字。
つまりこのダンジョンを完全攻略してしまえば、攻略した誰かのことが噂になることは必然といえるだろう。
そして俺……正確に言えば、『竜殺しの魔法使い』となった俺であれば、ダンジョンの攻略など造作もない話。
今度こそ。
今度こそ……!
「うまい酒を飲むぞぉぉおお!」
あと、王女はこないでくださぁぁい!!




