第129話:トーリVSレオタイガ
「……チッ、使うつもりなんてなかったんだがな」
剣を手放し、全身から血を流して膝をついたまま動かなくなった冒険者。
その姿を見たレオタイガは不機嫌そうに悪態を吐く。
その昔勇者と共に魔王を倒した聖女は、魔力を持つ者の中から選ばれた者に対して己の力たる癒しの魔法を覚醒させることに成功させた。
以来、治癒魔法を使えるようになった者は神官として各国に派遣されることになるのだが、特別な力を持つ聖女を守ろうと神官の中から戦いに重きを置いたもの達が誕生する。
それが聖騎士と呼ばれる、聖女神国の盾であり剣となる者達。
彼らは『纏い』と呼ばれる魔力による身体強化を独自に発展させ、治癒魔法を組み込むことで継戦能力を飛躍的に向上させた『聖鎧』を開発。更に聖騎士たちの上位十名は、常に聖女の身辺警護に当たっていたことから聖女親衛隊と呼ばれるようになった。
そして彼ら、あるいは彼女ら聖女親衛隊にのみ伝授される技こそが、『飛剣』と呼ばれる魔法のような現象を起こす武の極致である。
視認できない程の速度で抜き放たれた剣は、遠く離れた敵をも容易く両断してしまう。まさに飛ぶ斬撃とも呼べるそれを現在使用できる聖騎士は、同じく技を伝授された十人の親衛隊の中でも四人だけだ。
その一人、レオタイガが用いる『飛剣・双爪』は、元となる『飛剣』を独自に改良した彼だけの技である。
両手の手甲鉤によって放たれた斬撃は射程距離こそ剣を用いた『飛剣』に劣るが、一度に射出できる斬撃が多いため躱すことは難しい。
本来なら両腕で振ることで至るその極致を、片手で為すことができるのも彼の巨躯があってこそだ。
「……くそっ。こんなんじゃ、ギリウスの野郎には届かねぇってのに」
ギリッとレオタイガが悔し気に奥歯を噛みしめる。
脳裏に浮かぶのは、常に己の上に立つ一人の男。
名をギリウス。聖女親衛隊第1位に君臨する剣の天才。
己が師と敬うグレゴリア教皇の剣でもある彼を超えることこそが、レオタイガにとって絶対の目標でもあった。
すべてはギリウスを倒すため。
だからこそ彼は片手での『飛剣』を習得し、『飛剣・双爪』を編み出したのだ。
ギリウスと比べれば霞んでしまう程度の才能しかないレオタイガにとって、この技はあの天才ギリウスを打倒できる可能性を秘めた技でもある。
そう確信しているレオタイガだからこそ、こんなところで使うつもりはなかったのだ。
「まだまだだ……予想外だったとはいえ、ただの冒険者相手に『双爪』を使ってるようじゃ、まだギリウスには届かねぇ……! もっとだ……もっと……俺は強く……!」
きっとそれが、己が師への恩返しであると信じて。
両手の鉤爪を打ち合わせれば、金属音が地下空間にこだまする。
足音が聞こえない以上、先程逃げた二人はもうここから脱出したのだろうと考えるレオタイガであったが、焦ることなく出口へと歩を進めた。
今頃冒険者の男の脱出に気付いた聖騎士たちが、この『泉の森』を包囲している頃だろう。いくらギルドマスターといえども、あれだけ痛めつけた後だ。聖騎士たちだけでも捕らえることは容易いはず。
「っと、そういや忘れるところだったぜ」
思い出したかのように口に出したレオタイガが踵を返して向かったのは、血だらけになって動かなくなった冒険者の遺体だった。
倒れなかったのは冒険者の最後の意地か。膝をついたその姿にレオタイガはヒュゥッと口笛を吹いて言葉を零す。
「俺の『双爪』をバラバラにならずに耐えるたぁ、なかなか根性があったなてめぇ。トーリ、だったか? ケッ、名前くらいは覚えておいてやるよ」
あれで星3つとはグレーアイル王国の冒険者ギルドは皆節穴ではないかと内心で悪態を吐いた。この冒険者がハンルドのギルドマスターよりも強かったことは明白。
だがあれだけやり合える相手であれば、その身に宿す魔力はかなりのものであるはずだ。事実、剣を払うだけで破壊をもたらすその膂力にはレオタイガでさえ驚かされた。力だけに限れば、己が目標と定めたギリアスをも圧倒するだろう、と。
そしてそれだけの逸材。例え死したとしても、肉体から得られる魔力だけでその辺の下手な魔法使い数人分にはなる。
やがて冒険者の許へとやってきたレオタイガは、その体を持ち帰ろうと手を伸ばした。
もう死んでいる。『飛剣・双爪』を喰らって生きているはずがない。そんな絶対の自信が彼のその後を確定的なものへと変えてしまう。
「……あん?」
肩を掴んで最初に感じたのは、その体の中を巡る微弱な魔力の流れであった。
死ねば絶対に起こりえない現象。だからこそ、そんなあり得ない事態に一瞬とはいえ唖然としてしまう。
直後、万力のような力で伸ばしていた腕を掴まれた。
血だらけになり、閉じられていたはずの冒険者の目が……トーリの目が笑みと共にゆっくりと開かれる。
「つ か ま え た ぁ !」
「なっ……!? 何で生きてやがるてめぇ……!!」
「偽装してたに、決まってるだろうが。はぁ……派手に斬りやがって、ここまで血を流したのは初めてだよ……」
掴まれたのとは逆の手を振るい、手甲鉤でトーリの首筋を狙うレオタイガだったが、その刃は首に触れ、皮膚を斬り裂いたところで何か硬いものに阻まれてしまう。
目の前で起きたその現象に、レオタイガは目を見開いた。
「てめぇ……いったい、何をしやがった……!」
「『纏い』でも、使ってるんじゃないか? 今ここじゃ、それしか使えないだろ?」
「抜かせっ……! 『纏い』も『聖鎧』も、あくまで身体能力を上げるだけのもんだ……! 武器はともかく、身体そのものが物理的に硬くなるわけじゃねぇ……!」
「大正解だよ、レオタイガ。なに、答えは簡単だぞ? 体外に魔力を放出できないのなら、体内で魔法を展開してやればいい。皮膚の下でも、それは体内で間違いないからな」
細かい制御が面倒だが、と笑みを浮かべて手に力を込めるトーリ。
常人であれば容易くバラバラにできてしまうほどの攻撃を何度も叩き込むレオタイガであるが、それでも皮膚が斬れる程度で致命傷には至らない。
「クソッ……! 訳が分からねぇ……! 何なんだよお前は……!?」
「さっきから言ってるだろ? 名前はトーリ。身分は星3つの冒険者だ。ああそれと、一つだけお前の間違いを正してやるよ」
掴まれた腕に更に力がこもり、レオタイガの骨がミシリと悲鳴をあげる。
『聖鎧』による強化で振り解こうにも、まったく手が離れる様子はない。どれだけ強化したところで、魔力量で劣る以上は力づくで振りほどくことはできないだろう。
クソッ! と何度も悪態を吐きながら刃で何度も斬りつけるが、トーリは全く意に介した様子もなく話を続けた。
「お前は俺が脱走してきたと思ってたな。確かに、普通の冒険者ならあの数の騎士を相手にできるわけがない。となれば、取れる手段は隙を見ての脱出。なるほど、実に簡単な話だ」
「この手を……! さっさと放しやがれぇ……!!」
「だが御覧の通り、俺は普通の冒険者ではなくてな。結論だけ言えば、教会のお仲間は全員もれなく土の中。だからここから逃げた二人も、問題なく街まで逃げられるし、ついでにお前ら教会側の悪事も住民に周知されることになるだろうさ。間抜けは、お前だよ」
「だったらすぐにでもてめぇを殺して、あの雑魚共も殺すまでだ……!! 『飛剣』!!」
至近距離から片手で放たれた『飛剣』は、『飛剣・双爪』には威力は劣れど人を殺すには十分過ぎるほどの斬撃だ。
更にはタメを必要としないため、高速戦闘下でも使用可能と使い勝手もよい。
だが、今この状況下においてそんなものは何の意味もなかった。
武の極致、修練の果てに会得できる技は得体のしれない何かによってあっけなく弾かれ、肌を浅く斬りつける程度に終わってしまう。
「なっ……!?」
「さっきので殺せねぇんだ。それで俺が死ぬわけがないだろ。武の極地、だっけ? 無駄だとわかって……今どんな気持ちだ?」
「っ……!! ひ、『飛け――」
「遅ぇよ」
意味がないとわかっていたレオタイガであったが、目の前で見開かれた瞳に恐怖を感じ取ると再びその刃を振るおうとした。
しかし掴まれた腕を引かれてつんのめると、無防備だった顔面に強烈な拳が叩き込まれる。
視界が真っ白に眩み、一瞬意識が飛ぶレオタイガ。
すぐに『聖鎧』によって傷が癒され意識が戻るが、体勢を立て直そうにもそんな隙が与えられることなく再び掴まれた腕が引かれる。
引きつった顔が、目の前の瞳に映っていた。
「ようやく一発だ。そしてこれはアリットさんとソドマスさんの分……!」
顎下からのアッパーと、側頭部に叩き込まれるエルボー。
喋る隙すら与えられず、再度意識を飛ばされ、そして『聖鎧』による癒しで即座に目を覚ます。
だがそれも、とてつもない魔力で強化された拳がレオタイガの体に狙いを定めた後だった。
もう一度腕を引かれたレオタイガの巨躯に向けて、トーリの拳が放たれる。
「そしてこれが……ピューリスちゃんの分だクソ野郎ぉおお!!!」
一発目が叩き込まれたと思った直後、更にもう一発。そして続けてもう一発。
さらに、さらに、さらに……
片手でレオタイガの腕を捕まえているため、放たれているのはもう片方の拳のみのはずだ。
しかしそう感じさせない程の速度で放たれる拳の嵐によって、ダメージを治しきる前に次の拳が叩き込まれていく。いくら『聖鎧』による癒しがあれども、これでは回復が間に合わない。
「(クソが……! こんな素人みてぇな奴に、どうしてこの俺が手も足も出ねぇ……!?)」
次々に叩き込まれる、力任せの拳。
武に通じるからこそわかる。これは技術も何もない、それどころか殴り慣れてもいない素人の拳だ。
常人ならざる魔力の強化こそあるが、言ってしまえばそれだけでしかない。
取るに足らないはずの、雑魚の拳だ。
それに今、己が負けている。劣っている。
雑魚よりも下の存在に成り下がっている。
「っ!! クソがッ……! クソがァァァァァァアアアアアアアア!!!」
殴られながらも、レオタイガは空いた手で懐から何かを取り出した。
取り出されたのは手のひらサイズの真っ白の石。
何だ? とトーリが首を傾げる間もなく、レオタイガがその石を地面に叩きつけるとそれは音をたてて破片となって散らばってしまった。
「……ああ、なるほど。それがこの無魔領域を作ってた魔道具か」
「おおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
地下に入ってからずっと感じ取っていた縛り付けるような感覚がなくなったことでそう確信したトーリ。
だがそんな彼の呟きを遮るような雄たけびを上げたレオタイガの体が、突如炎に包まれた。
これには思わず掴んでいた手を離したトーリであったが、その隙を逃さずレオタイガは一気にトーリから距離を取る。
「ハァッ……! ハァッ……! てめぇ……冒険者ぁ!! よくもこの俺を虚仮にしやがったなぁ……!!」
全身を炎に包まれているが、レオタイガには焦った様子はない。
「……魔法か」
ボソリとトーリが呟く。
レオタイガの魔力が炎として全身に広がり、そしてその炎は彼の両拳に集まり始めた。
突如出現した炎により、地下空間の壁や地面が熱気を帯びる。
「てめぇはここで確実に殺す……! 雑魚が俺に歯向かったこともそうだ。だが何より、てめぇは師の邪魔になる……! だから殺す! 今ここで!!」
両手を上下に構えたまま、深く深く腰を落としたレオタイガ。
『無魔の鳥籠』の要石を破壊して魔法を解禁した今、彼に残された選択肢はただ一つ。
「喰らえや俺の奥の手ぇ!! 『火牙――」
「『固定』」
ピタリ、と。
まるでその場に縫い付けられたように、レオタイガの体は動かなくなった。
「ガッ……アッ……!?」
いや、動かなくなるだけではなかった。
口からは言葉を発せられず、瞼を閉じることさえ叶わない。
できることはただ一つ、拳に炎を宿して構えることのみ。
「奥の手? させる訳ないだろ。魔法を解禁して、立ち止まった時点でお前の負けだ。怒りで思考放棄でもしたか?」
「っ……!? ガッ……!!」
トーリの言葉に何かを言おうにも、口から出るのは鳴き声のような声だけだった。
構えと言い鳴き声といい、まるで獣だなとトーリは嗤う。そしてそのまま、ゆっくりと動けないレオタイガに歩を進めた。
「お前らが何で勇者を求めているのか、それについてはもうどうでもいい。お前ら以外にも似たような奴らはいるからな。今更理由を聞いたところで意味もない」
レオタイガは目の前までやってきたトーリに視線を向ける。
トーリの見下ろす視線が許せないのだろう。拳の炎が一層明るく燃え上がるが、特に気にした様子もないトーリは淡々と続けた。
「だがそこに、お前らの勝手な事情で子供を巻き込むな。これから何者にでもなれる、これから夢を語れるようになる有望な子供だ。そんな子供から母親を奪って追いかけまわすのが、聖女を称えた国の……お前たち聖女神国のやり方かよ」
睨みつけるようなレオタイガの視線には殺意と呼べるものが含まれていたが、それも徐々に鳴りを潜めていく。
拳の炎が徐々に弱まっていることを確認したトーリは、やがて炎が消え、魔力切れによって意識の途絶えたレオタイガを見て足を進めた。
すれ違いざまに『固定』を解除し、それと同時にトーリはパチンと指を鳴らす。
レオタイガの首が落ちた。
「……聖女が清めた泉の下だ。来世は、もっとマシな性格になるといいな」
じゃあな、とトーリの姿が地下から消えたその直後、いつの間にか『接続』で繋がれた穴から地下を埋め尽くすようにどこからともなく大量の土石が流れ込んでくる。
その中には既に事切れていた聖騎士や神官、暗殺部隊の者たちの姿があった。
こうして、密かにハンルドを騒がせていた謎の魔物の事件は終結し、その後街ではとある親子が再会の涙を流すことになるのだった。




