第128話:お願い死なないで!
『無魔領域』という魔法が使えない状況下ではあるが、『纏い』などの体内で魔力を作用させるものについては問題がないというのはわかった。
その証拠に俺もレオタイガも、お互いが魔力を循環させて何合と剣と鉤爪を打ち合わせている。
時間にして数分程度であろうか。しかし凄まじい殺意の込められた連撃は、まるで止むことのない嵐のような猛攻だ。
だがそれよりも面倒なのが、レオタイガの体捌きだろう。
獣のように縦横無尽に地下空間を跳ね、壁を足場にし、飛びかかって爪を振るっては即座に離脱。
ヒットアンドアウェイとも呼ぶべきその戦法に、俺は内心で悪態を吐きながら剣を振るう。
魔法が使えない今、俺ができるのは剣を振る事のみ。だがその剣の一撃を当てようとした頃には誰もいない地面を破壊するだけに終わってしまう。
力では圧倒しているというのに、実に面倒くさい。
「どうしたどうしたぁ! 馬鹿力だけじゃ、俺を殺せねぇぞ冒険者ぁ! 口だけなら、どんな雑魚だって吠えられるぞ!!」
斜め上前方から壁を足場に後方へと跳び、そこから更に俺の左方向の壁へと移動して飛びかかってくるレオタイガに合わせて剣を振り下ろす。
剣と鉤爪が再び交差する。その瞬間だけは押し切れるのだが、まさに暖簾を押しているような感覚でぬるりと躱されてしまう。
逃がさないように足を振り上げて蹴り上げようとするが、レオタイガはその巨躯には似合わない猫のように体を捻って蹴りを躱した。
直後、蹴り上げた足目掛けてもう片手の鉤爪が振るわれるが、その前に足を引いてバックステップで距離を取る。
「(技量の差だな、これは)」
再び剣を構えてレオタイガと対峙する。
体捌き、武器の振るい方、狙う場所、戦闘中の観察眼。そういった武器を使った対人戦闘というものに余程慣れているのだろう。確かにレオタイガのそれは、素人目から見てもかなりのレベルに至っているのが分かる。
俺が対抗できているのは、純粋な魔力量による強化倍率の差と正確な空間認識能力のおかげだ。素早い動きで翻弄されたとしても、レオタイガがどこにいて、俺とどれくらいの距離があるのか。そう言ったものが感覚的に理解できるため、例え攻撃のタイミングをずらされようが対処が可能となっている。
しかし反撃が上手くいっていない以上、こちらから攻める手段がない。アイシャさんほどの剣技があれば、すれ違いざまにいくつもの斬撃を叩き込めるのかもしれないが。
「意外とすばしっこいんだな。そんなに俺が怖いなら、最初からそう言えばいい」
「てめぇの剣が当たらないからって、挑発のつもりかぁ? ハッ! そんな下手くそな剣に誰が当たるか雑魚が! てめぇの未来は、無惨なバラバラ死体って決まってんだよ!」
どんどん行くぜぇ! と先ほどよりも速度を増して跳び回るレオタイガ。
なるほど、近接戦闘という領域において俺はレオタイガよりも数段腕が落ちるのは事実だろう。
縦横無尽に四方八方から襲い来る鉤爪は次第に俺の体に傷を作る。
こちらは剣一本に対して、レオタイガの武器は両手の鉤爪二つ。手数と技量で劣る以上、今の俺ができるのはせいぜい直撃しないように凌ぐことぐらいだ。
タイミングを合わせて全力の一撃を叩き込むという賭けに出ることも考えるが、まだその時ではない。あれだけの速度で動き回っていれば、必ずいつかは疲弊する。それまで耐え、速度が落ちたところで反撃すれば……
「……ククッ、バレバレだぜ冒険者。今てめぇが考えていることはよぉ」
「……ほう? 参考までに聞いてやろうじゃないか」
「顔を見りゃわかる。大方、疲れたところを狙ってんだろ?」
天井に両手の手甲鉤を突き刺しているその姿は、獣というよりも天井を這うヤモリに近いだろうか。
逆さまになりながらこちらを見据えたレオタイガは、こちらを馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「だったらてめぇの負けだ。先に教えてやるが、ここから先俺が疲弊することは絶対にねぇ! 速度も威力も、てめぇが死ぬまでそのままなんだよ!」
「人間でも辞めたのか? 生物である以上、動き続ければ疲弊するのは当たり前だろうに」
「カーッ! だから! そう考えている時点で負けてんだよ雑魚めっ!!」
相変わらずムカつく笑みを向けて来るレオタイガ目掛けて飛び上がり、その首を落とそうと剣を振るう。
しかし剣を振るう直前、レオタイガは突き立てていた鉤爪を抜いて真下へ跳んだ。
浅くだが脚に三本爪の傷が入り、着地した後お互いが向かい合って武器を構えた。
「ハハッ! ああ、やっぱりそうだ。てめぇは俺には勝てねぇよ冒険者。よくもそれで、俺を殺すなんて言えたもんだぜ。所詮は雑魚だ、口ほどじゃなかったなぁ!」
「よく回る口だな。まだ勝てると確信するには早いんじゃないか?」
「いいや、もう確定した未来なんだよ! てめぇは自分の傷を治せねぇ。治癒が使えるなら、もうとっくに使ってるはずだもんなぁ?」
そう言って俺の体につけられた傷を見てレオタイガが笑う。
既にローブも鎧もボロボロになり、体の表面には切り傷が目立つ。動くに問題はないが、このままでは俺の傷が増えていくことは間違いがないだろう。
治癒魔法が使えない以上、この場での治療は難しい。
「……なるほど。お前は使える、と」
「大正解だよ冒険者。聖女神国の神官と聖騎士は、聖女の力によって治癒の属性を与えられる。人を癒せる俺たちが、自分自身を癒せねぇわけがねぇだろ?」
「さっきの口ぶりからして、治癒魔法は疲労の回復にも使用できるのか。確かに厄介だな」
「おっと、さらに正解だ! てめぇらの使う『纏い』なんてちゃちなもんじゃねぇ! 俺たちの『聖鎧』は己をも癒す完全上位互換! 報酬は口だけ冒険者の無惨な死体一つってなぁ!」
「あいにく、口だけの冒険者は知り合いにいてな。もっと別の報酬を持って来い――よっ!」
真正面から距離を詰めてきたレオタイガの鉤爪が上下から挟み込むように襲い掛かってくるが、上からの刃を剣で受け止め、下からの刃は足で踏みつけて対処する。
両者ともに睨み合う形となり、俺は踏みつけた刃を砕こうと力を込めるのだが、その前にレオタイガが身を引いたため地面を派手に砕くだけに終わる。
クレーターの中心で、後退したレオタイガと視線が交わった。
しかし『聖鎧』……『纏い』と同じ身体と武器の強化に加えて、自己の回復まで備え付けているとなれば奴の勝利宣言にも頷ける。
このままずるずると長引けば、先に疲弊するのは俺の方。
治癒の属性が与えられるという気になる言葉もあるが、そこを考えるのは後回しだ。技量で劣る以上、なんとか奴を捕まえなければならない。
まぁ、準備自体は既に整えたが。
「いくら力が強くても、当たらなけりゃ意味はねぇ。ざまぁねぇな冒険者ぁ! ほらどうした、もっと自分から攻撃して来いよ! もしかしたら、まぐれで当たるかもしれねぇぜ? それともなんだ、時間でも稼いでるつもりか? さっきの二人が、助けを呼んでくれるってか!」
間抜けにも程があるぜ! と四つ足から再び立ち上がったレオタイガが挑発するように両手の鉤爪を打ち鳴らす。
「期待してるならおめでたい頭だなおい。今頃、てめぇの脱走に気付いた聖騎士共がこっちに向かってるだろうよ。ギルドマスターを名乗ってた雑魚も、あの体じゃ抵抗もできねぇ。てめぇはここで死ぬ。魔眼のガキは母親を人質に確保する。それが決定した未来なんだよ」
「脱走、ねぇ……なら最後に聞こう。お前たちはあの子を……魔眼の子供を使って何をするつもりだ?」
「ハッ! やっと気づいたかよ。てめぇの抵抗がすべて無意味で無駄だってことにな! いいぜ、死ぬ理由くらいは教えてやろうじゃねぇか」
構えた剣を降ろし構えを解いて問えば、レオタイガは上機嫌な笑みを浮かべて続ける。
「勇者召喚。そのための触媒に、俺たちはあのガキの魔眼を使うんだよ」
「……お前たちもか」
つい最近も似たようなことを目的にしていた頭のおかしい集団がいたというのに、こんなところにも湧いて出るとは。実は勇者は疫病神なんじゃないかと思う今日この頃である。
呆れた、なんてものじゃないが、今はそれ以上を口にする必要はない。
「召喚する勇者の性質は、触媒によって作用する。魔眼を使えば、魔眼を有したより強力な勇者を呼び出せる可能性が高くなるってな」
「……魔王はいないんだぞ? 何故勇者を必要とする。今の世界は平和そのものだろ」
「関係ねぇよ。師が勇者を求めたから、俺たちは魔眼を手に入れる。その邪魔をしたてめぇは死ぬ。これで十分だ」
終いだ、とレオタイガは構えた。
先ほどまでの獣のような四つ足の体勢ではなく、腰を落とし、両腕を後ろに引き絞る。
「雑魚なりに楽しませてくれた礼だ。魔法じゃねぇ、武を極めたからこそ到達できる頂きの技で死ねること……誇りとするがいい」
――『飛剣・双爪』
ため込んだ力を一気に解放するように振るわれた両腕の手甲鉤。その速度は俺の目で捉えることができない程のものだった。
そして振るわれた鉤爪から発生した何かが、地面と天井に傷を付けながら一直線に向かってくる。
……なるほど、やはり衝撃波か。
それが出せるだけの速度で腕を振るうとなれば、確かに武の頂きだと言ってもいいのかもしれない。要は飛ぶ斬撃だ。
俺は静かに目を閉じる。
剣は使わない。防ぐこともしない。諦めたように、そう見えるように黙って受け入れる。
レオタイガが振るった刃は、容易く俺の肌を斬り裂いたのだった。




