第126話:泉の下の救出
「ピューリスちゃん。こっちの様子は見えてるかな?」
『バッチリ森が見えてるのだわ!』
『ふむ……これ、私の魔道具は別に要らなかったんじゃないかな?』
『転移』を使って『泉の森』へとやってきた俺は、辺りの光景が見えるよう『ウツセルクン!』を動かした。
すると俺の耳元……『接続』で研究室とつなげた穴から二人の声が響く。
元気に返事を返してくれるピューリスちゃんはともかく、そこのチクショウはブスーと口をすぼめて如何にも不機嫌そうであった。
「そう拗ねないでくださいよ、フェイルさん。確かに俺の『接続』の魔法でも似たようなことはできますけど、それが使えない可能性がある以上、魔道具を使った方が確実なんでしょう?」
『確かにその通りだ。クシシ……ならやはり、私の魔道具が必要とされているわけだね!』
一瞬で機嫌を直した画面の向こうのフェイルさんの扱いやすさを見て、この人本当に321歳なのかとつい疑ってしまいそうになる。
だがしかし、フェイルさんに言ったことは事実でもあった。
確かに俺の魔法を使えば、ピューリスちゃんを研究室に置いたままこちらとあちらを繋ぐことも可能だ。わざわざこんな魔道具を使わなくてもいいだろう。
では何故その手段を取らないのかといえば、この手段は俺の魔法が使えなければ意味をなさないものであるからだ。
魔力切れなどではない、外的要因による魔法の無効化などが挙げられる。
そしてその可能性については、先程研究室でフェイルさんから教えてもらった。
『しかしダンジョンにしかないはずの『無魔領域』が、そんな森にあるのかい?』
「俺の『探知』については教えましたが、その『無魔領域』の可能性を指摘してくれたのはフェイルさんですよ。そして可能性として上がった以上は、それを想定して動いた方がこちらの被害も少なくなるはずです」
俺の言葉に、フェイルさんは「それはそうなんだがなぁ」と腕を組んでいた。
以前泉の下への『探知』で何も反応がなかったことがあったが、この話をしてフェイルさんが思いついたように口にしたのが『無魔領域』である。
グレーアイル王国の迷宮都市に存在するダンジョンの一部の階層がこのように呼ばれているらしく、その実態は魔法の無効化……もっと詳細を言えば体外放出した魔力が即座に露散してしまう領域。
幸い『纏い』のような体内に作用する魔力は使えるため、深い階層の『無魔領域』では魔力持ちの『纏い』による攻略がメインとなるそうだ。
まぁダンジョンというものがある、程度の知識しかなかった俺からすれば、ダンジョンが地下に潜っていくタイプであることや、そんな領域があることも初耳なのだが。
話が逸れた。
「フェイルさんの疑問は何故こんなところにその『無魔領域』があるのか、ということでしょうけど、今はそこを考えている時じゃないですよ。理由なんて何でもいいんです。あの泉の下がダンジョンになっているでも、そういう魔道具があるでも……」
『……魔道具、と聞くと、一人思い当たるのがいるんだが』
「……俺も同意見です」
一瞬、魔法学校で戦ったイカレ教師の姿を思い浮かべる。
フェイルさんも同じことを考えたのか、画面の向こうのその顔は今の俺と同じくしかめっ面だ。
そんな俺たち二人の様子を見て画面の向こうでピューリスが「どうしたのだわ?」と首を傾げたため、何でもないよと返して歩を進める。
『ところでトーリくん。今回は冒険者の姿だが……あっちの姿にならなくてもいいのかな?』
「ああ。今回はこっちですね。魔法が使えない可能性がある以上、今回は武器での戦闘が主でしょうから。それに、仮面が使えない以上は顔を晒す危険もあります。ギルドマスターのソドマスさんが生きている可能性もあるので、無理に魔法使いを名乗る必要はないですよ」
俺の答えに「それもそうか」と残念そうなフェイルさん。曰く、またハイテンションな君の姿が見れると思ったのに、とのこと。
流石にこの状況下でふざけようとは思わないのでジト目で睨めば、画面の向こうのチクショウは下手くそな口笛を吹いて目を逸らしていた。
「さて、そろそろ泉に着く。ピューリスちゃん、ここからはこの魔道具を通してしか見えないけど、もしお母さんを発見した時は頼むよ」
『わ、わかったのだわ!』
『じゃあトーリくん。無事に戻ることを祈るよ。ああもちろん、ウツセルクン! の話だ』
「フェイルさん……」
『クシシ、冗談さ。君なら無事で帰ってくると、そう信じているからこその言葉だよ』
そうですか、とそこまで聞いて『接続』を解除する。
先ほどまでは研究室の二人と会話をしていただけに、その二人の声が聞こえなくなると途端に夜の森の不気味な静けさが目立つような気がした。
『ウツセルクン!』に映る二人の姿を確認してから一度『拡張』した懐へとしまい込む。
そして大きく息を吐いた俺は泉へと到着。そして以前発見した扉付近まで足を進めた。
「……『探知』には相変わらず、反応は無しか」
確認のためにと『探知』で扉の向こうを探ってみたが、以前と同じく泉の下の
空間からは何も感じとることはできなかった。放出された『探知』の魔力が露散している、というのは強ち間違ってはいないのだろう。『無魔領域』という話も現実味を帯びてきた。
息を吐き、体に沿わせるように『分隔』を展開して水の中に足を進める。
水のひんやりとした感覚はあれども、『分隔』によって水が阻まれているため濡れることはない。
そして扉まで進んだ俺は、周囲の水を退けるように再度『分隔』で囲いを作ると取っ手らしきものに手をかけた。
「……行くか」
きっとこの下で、今回の件のすべてに片がつく。
そんな予感を覚えながら、俺は石の扉を開いて中へと飛び込んだのだった。
◇
「飛び降りた先は、地下空間でした、と。おっと……!?」
飛び降りて早々に、魔法で収納していた『ウツセルクン!』が飛び出してきたため慌てて掴み取る。こんな形で解除されるとは……落として壊す様なことにならなくてよかった。
きっと他に収納していれば、それらすべてが飛び出ていたことだろう。今の俺が持っているのはいつもの冒険者装備とフェイルさん作の補助魔道具、そして『ウツセルクン!』のみだ。念のためにと、他を置いて来てよかった。
「……はいはい、わかってますよ。すみませんって」
画面を見れば、『壊さないでくれたまえよ』と紙に書いて提示しているフェイルさんの姿が目に入る。
魔法が使えるかどうかの確認も兼ねていたのだが、あまりよろしくなかったようなので画面越しに会釈して謝っておいた。
さて。
「結構広いな……」
薄暗い空間だからか、ざっと見渡せば奥の方はよく見えない。だがあの泉の下がまるまる地下空間になっているのだとすれば、相当な広さだろう。
そして『拡張』が解除されたのを見るに、この地下空間全域が『無魔領域』であると考えられる。
なるほど、先程から体を縛るような感覚がある。『探知』を試してみたが、こちらも『拡張』同様に使えないようだった。
こうなるとやはり、仮面を顔に『固定』するのも無理だ。冒険者としてここにきて正解である。
「けど、魔法は使えなくても魔道具であれば問題はないわけだ。どういう理屈なのかはわからんが」
画面の向こうでフェイルさんとピューリスちゃんが動いている様子も見て取れる。試しに指で輪っかを作って見えているかの確認も行ったのだが、ピューリスちゃんが腕で大きく丸を作ったためこちらの様子も見えているようだった。
そのまま『ウツセルクン!』を手にしたまま慎重に地下空間を歩く。
敵がどこにいるのか、それが分からない以上は仕方ないことだろう。ソナーを
飛ばす魔力感知も『探知』も使えない今、信じられるのは己の目と直感だけだ。
そんな時だった。
横側の壁から、「トーリか?」という声が聞こえた。
見ればどうやらそこは牢屋のようになっているらしく、鉄格子が嵌め込まれている。そして中を見れば、ボロボロになったソドマスさんがそこにいた。
「ソドマスさん! やっぱりここに居ましたか。今助けますから、少し離れてください」
生きていた。
そのことに内心で安堵しながら牢屋へ近づくと、『ウツセルクン!』を持つのとは別の手で剣を抜き、『纏い』による強化を使って鉄格子を斬り裂いた。
そんな様子を見ていたソドマスさんは、「やっぱおめぇ星3つは嘘だろ」と呆れたような目を向けて力なく笑っていた。
手を貸そうと、座り込むソドマスさんに合わせて膝をつく。
「話は後です。とにかくここを出ましょう。歩けますか?」
「なんとかな……すまねぇ、あれだけのこと言ったってのにこれだ。退いてたとは言え、元星6つのギルドマスターがこれじゃ、合わせる顔もねぇ。おまけに教会が敵で、状況は最悪ときた」
「わかっています。それについては、ここを出てからです」
「助かる。だが、それよりもあの人を先に助けてやってくれねぇか」
肩を手を回そうとした俺を止めたソドマスさんは牢屋の奥を指さした。
そこにいたのは、一人の女性だった。かなり衰弱しているのか、壁にもたれかかっているのが見て取れる。
「俺よりも前に、ここに閉じ込められてたみたいでよ……俺は自分で歩けるから、あの人を運んでやってくれ……」
言われて立ち上がった俺は、すぐにその女性へと近づいた。
俺の知る少女とどことなく似たその女性を見て、ピューリスちゃんに確認するまでもなくこの人がそうなのだと合点した。
この人がアリットさんだ。
「あら……あな、たは……?」
「アリットさん、ですね? 冒険者のトーリといいます。あなたを助けにきました。娘さんから……ピューリスちゃんから、あなたの救出を依頼されて」
「……そう、あの子は……無事だった、のね。あの人の、言ったとおりだわ」
よかった、とそう言って小さく笑った彼女に、俺は手にしていた『ウツセルクン!』を彼女に差し出した。
向こうもアリットさんのことが見えたのだろう。画面には大粒の涙を流しながら、『わたしは無事なのだわ! お母さん!!』とデカデカと書かれた紙を掲げているピューリスちゃんの姿が映し出されていた。
その姿を見て、アリットさんは手で口を押えた。
「ああ……よかったぁ……ピューリス……本当に、よかっ、たっ……!!」
嗚咽を上げて涙を流す彼女に「立てますか?」と肩を貸そうと傍に寄る。
「ピューリスちゃんが、あなたの帰りを待っています。彼女は安全な場所にいますので、どうかご安心ください。まずはご自身の身のことを考えてください」
「ええ……わかりました。よろしく、お願いします」
「へぇ、無事に出られると思ってんのかよてめぇ」
その声が聞こえた瞬間、俺は『ウツセルクン!』を放り出し、アリットさんを抱きかかえて横に跳ぶ。
直後、牢屋の外から一直線に飛んできた何かは、それまで俺とアリットさんがいた場所と、放り出した『ウツセルクン!』を容易く斬り裂いてしまった。
見覚えのあるその何かが飛んできた牢屋の外へと目をやると、そこに立っていたのは両腕に金属鉤と呼ばれる武器を装着した見上げるほどの大男だった。
大男は俺を見てにやりと凶悪な笑みを浮かべた。
「そうだよなぁ。あのガキを保護してたんだ、母親の捜索でここを探りに来るのは当然だよな冒険者ぁ! あの時虚仮にしてくれた礼に、今ここで殺してやるよ!」




