第125話:チクショウ再登場
「ほうほう! つまり君の眼は、個人が持つ魔力の保有量が可視化される魔眼だと、そういうわけか!」
「な、なのだわ……」
「そうかそうか! いやぁ最初は私を警戒して全くと言って良いほど話してくれなかったが、漸くその魔眼について話してくれるくらいには信用されたみたいで私は嬉しいよ! うんうん、やはり君以外の魔眼持ちと知己があるという話はこちらに興味を持ってもらうには最適解だったわけだね! その知り合いは眼を合わせるのが発動条件なんだが、君はみるだけでいいのかな!? 魔力はみたくない時には見えないように切り替えはできるのかい!? どうかな? もっとその眼の可能性を私に良く見せておくれ! 噂では、個人の力量によって魔眼は成長するとも聞くが、君の場合はいったいどうなるんだい!? もしや、個人の持つ属性までもを視るだけで看破可能になったりするのかな!?」
「ヒャッ!?」
ズイズイとピューリスちゃんに詰め寄ってその手を取ったチクショウエルフことフェイルさんは、そのまま彼女の頬に両手を添えて瞳を覗き見る。
額同士がぶつかる程に顔を寄せるフェイルさんは興奮状態なのか、瞳を見るのに夢中でピューリスちゃんが怯えていることに気付いていないらしい。
「ふむふむ……やはり魔眼と呼ばれる瞳は共通してこの色なのか……本では読んではいたが、実際君も彼女もこんな綺麗な桃色なのを見るに書いていたことは正しいのだろう。いやはやこれは大変貴重な機会だね! 魔眼なんてめったに見れるものじゃ――」
「怖がってるんだからやめてさしあげろ」
「グペァッ」
はぁ、とため息を吐いてフェイルさんの背後に近づいて脳天にチョップを叩き込めば、女性が出してはいけない声を漏らしてフェイルさんの頭が床に落ちた。
顔面を強打して声にならない声をあげながら研究室を転げまわる彼女に呆れた目を向けていると、「トーリさん!」と顔を綻ばせてピューリスちゃんが俺を見上げた。
「やぁ、ピューリスちゃん。この人に変なことはされなかったかな?」
「いっぱいされたのだわ」
「へぇ……」
「待ってくれトーリくん。誓って、私は彼女に手は出していない。ただ観察していただけなんだよ!」
「本音は?」
「仲良くなったら血液いっぱい採取したい! ……ハッ!?」
どこから取り出したのか、両手いっぱいの注射器を取り出したフェイルさんに俺とピューリスちゃんは二人揃ってジト目を向ける。
まぁ、突然押しかけて子供一人預かってくれと頼み込んだのはこちらなのだ。それを嫌な顔をせず了承してくれたことには感謝もしているため、「誘導尋問か……!」と一人アホのように項垂れているチクショウは放置しておこう。
「それより、ピューリスちゃん。ちょっと聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと、なのだわ……?」
「ああ。君のお母さんについてだ」
「た、助けてくれたのだわ!?」
彼女のお母さんの話となると、ピューリスちゃんは勢いよく体を寄せて俺の灰色のローブを掴んだ。
だがまだ救出できたわけではない。その言葉に首を横に振ると、ピューリスちゃんは肩を落として残念そうに俯いた。
「イタタ……ふむ、あまり詳しく事情は聴いていないが……ここに来たということは、何かしらの進展はあったのだろう?」
「ええ。この子を狙っていたのがどこの誰なのか。それと、彼女の母親がどこにいるのかの見当くらいは」
「ほ、本当なのだわ……!?」
ピューリスちゃんの言葉に、「ああ」と頷いて見せる。
とりあえず話そうかと、フェイルさんに断りを入れて備え付けのソファーにピューリスちゃんを座らせ、俺はその対面に腰を下ろした。
フェイルさんもピューリスちゃんの隣に着く。
「まず初めに、ピューリスちゃん。君を狙っていたのは教会……つまりは聖女神国の手の者だった」
「教会、なのだわ……?」
「ああ。まぁそのほとんどはもう心配はいらないんだけど……俺がここに来たのは、ここからが本題でな」
「ん? 何か問題があったのかな?」
傾げたフェイルさんの言葉に頷く。
そう、ピューリスちゃんのお母さんを救出するのに、俺は大事なことを忘れていたのだ。
「ピューリスちゃんに聞きたいんだが……君のお母さんの特徴を教えてくれないか?」
「……え?」
「髪型とか、どんな顔なのかとか。あとは名前も」
そう、そこである。
ピューリスちゃんのお母さんがどんな人なのか、まったく知らないのだ。
気づいたのは先程。教会内のお掃除が完了した後。
『探知』で彼女の母親らしき女性を探そうとしたのだが、どんな人なのか聞いていなかったと思ってピューリスちゃんに聞きに来たのである。
いや、違うんだよ。ポンをしたわけじゃないんだ。ただ、子供は助けるものだって意識が先行してただけなんだ。
そこまで聞いてピューリスちゃんは目を逸らし、フェイルさんは呆れた目を俺に向ける。
「お、お母さんは、アリットって名前なのだわ」
「……なんというか、締まらないねぇトーリくん」
「言わないでください」
「しかし、今の話だと教会内には彼女のお母さん……アリットくんはいなかったのだろう? 今から特徴を聞いたところで探せるのかい? 場合によっては、聖女神国に連れ去られている可能性もある」
「た、大変なのだわ……!?」
ガバリとソファーから立ち上がったピューリスちゃんは「すぐに聖女神国に行くのだわ……!」と俺のローブの裾を掴んで研究室の外へと連れ出そうとする。
しかし俺は、そんな彼女の手を優しく掴んだ。
「大丈夫だ。アリットさんはまだ聖女神国に連れ去られてはいないはずだよ」
「ほう? 君がそう考える根拠は何かな?」
不安そうな表情のピューリスちゃんの頭を撫でて落ち着かせた俺は、彼女を抱き上げてそっと隣の席に座らせる。
そして興味深そうに問うたフェイルさんの顔をまっすぐに見た。
「教会側の狙いは、あくまでも魔眼……つまりピューリスちゃんこそが彼らの狙いなのはフェイルさんにもわかりますね?」
「そうだね。そもそも本でしか語られていない貴重な眼だ。用途はどうであれ、欲しがる者がいても不思議じゃないだろう」
「なら、アリットさんのことはピューリスちゃんに対する人質として利用した方がよほど効果があるはずだ。それに魔眼の一族だったのはピューリスちゃんのお父さんであってアリットさんではない。聖女神国へ連れて行く意味もないでしょう」
「……なるほど。彼女の身柄は、教会側にとってはこの子への切り札になりうるわけか。だから殺されることもなく、ハンルドの街から連れ出されることもない、と」
そうなります、とフェイルさんの言葉に頷く。
そして教会にいなかった時点で、ピューリスちゃんのお母さんが捉えられている場所の候補は一つしかないのだ。
俺は隣で話を聞いていたピューリスちゃんに視線を向ける。
「一応、どこにいるのかの目星はついているんだ。ただ、助けるにあたって顔くらいは把握しておいた方がいいと思ってね。だから何かわかりやすい特徴があったら――」
「だったら!」
バシッ、とピューリスちゃんが勢いよく俺の手を掴んで立ち上がった。
「だったら、わたしも連れて行ってほしいのだわ! も、もちろんトーリさんの迷惑にはならないし、邪魔だってしないのだわ!」
「ダメだ」
そんな彼女の言葉に俺は即座に首を横に振るのだが、それでもなお食い下がろうとするピューリスちゃんは「でも!」と続ける。
「ここでお母さんのことを教えても、似ている人がいればトーリさんもわからないのだわ! そ、それにそれが変装している敵の可能性だってあるし、お母さんだってわたしがいた方がトーリさんのことを信じてくれるはずなのだわ!」
「……確かに、それはそうかもしれない」
「なら……!」
「でも、ダメだ。まだ敵は残っている。君が見たという大男は教会にいなかったから、恐らくアリットさんと同じ場所にいるだろうさ」
これはあくまでも予想ではあるが、教会側は俺を拘束してピューリスちゃんの居場所を聞き出した後、『泉の森』へと連れて行く予定だったのではないだろうか。あそこは今魔物がいない上に人も寄り付かない、人目を避けるには絶好の場所だ。
もちろん、負けるつもりなどは毛頭ない。魔力で言えば俺の方が格段に多いということはピューリスちゃんの魔眼でお墨付きを貰えているのだ。
しかし彼女を連れて行けば、どれだけ可能性が低くとも傷つく可能性はゼロではなくなってしまう。
恐らくだが、ピューリスちゃんが見た大男と言うのが、聖騎士たちが言っていたレオタイガという男なのだろう。同時に、『泉の森』で襲撃してきたのもそのレオタイガという男である可能性が高い。
更にはあの泉の下、『探知』で何も反応しなかった場所が気がかりだ。何が待ち受けているのかわからない以上、ピューリスちゃんを連れて行くのは危険でしかない。
「う、うぅ……で、でも……!」
「クシシ……どうやら、お困りのようだねぇ」
目に涙を浮かべて訴えかけてくる姿に申し訳ないとは思うが、これもこの子が傷つかないための判断だ。
だがそんな俺たちの空気を知ってか知らずか、対面に座っていたチクショウが徐に立ち上がり不敵な笑みを浮かべて眼鏡をクイクイさせていた。
「ピューリスくんはトーリくんについて行きたい。だがトーリくんは危険だからと連れて行きたくない。だがしかし、それはそれとしてピューリスくんが直接確認できる利点は多いわけだ」
「それはそうですけど……どうしたんです? フェイルさん」
「クッシッシ……そんな二人の問題を解決する魔道具が、ちょうど! 今! この研究室にはあるのだよ!」
持ってきて! とフェイルさん元気よく拳を突き上げると、研究室の床から木が生えて研究室のゴミ山を物色し始める。
そして目当ての物を見つけたのか、二枚の透明な板を運んでフェイルさんに受け渡していた。
「そうこれこそは私がトーリくんの空間魔法の原理を利用し、遠隔の光景を映し出すことができるようになった自慢の魔道具! その名も『ウツセルクン!』だ!」
得意げな笑みを浮かべたフェイルさんは、手にした板のうち一枚を俺に手渡した。
いったい何をするのかと思いきや、その板はフェイルさんの「起動!」という声と共に透明だった面が一瞬で変化する。
透明だった板の表面には、アップになったフェイルさんの顔が映し出されていた。
「か、顔が映っているのだわー!?」
「驚いたかな? そうだろう驚いただろう! 私が使う木との視覚共有の魔法はその効果範囲に難があったんだがね? この距離問題をトーリくんの空間魔法の離れた地点を繋ぐという特性を組み込むことで解決したのさ! クシシ……再現にはかなり苦労したけどねぇ。もはやこれは、そう! 私とトーリくんの子供と言ってもいいだろう! まぁ現状だと、板を通して見える光景が映せるだけなんだけどねぇ」
「子供云々は全力で否定しますけど……それでもすごいですよ、これ」
まだ開発途中でねぇ、と自信なさげに指をツンツンしているフェイルさんだが、これにはさすがの俺も驚いて感嘆の声を零すしかない。
ようは魔道具は音声のない生中継ができる魔道具だということだ。使い方によっては、本当に世紀の大発明になりかねない代物だ。
チクショウではあるが、やはりこの人は天才なのかもしれない。
「つまり、俺がこれを持っていればピューリスちゃんにも向こうのことが見える、と」
「そうだね。ついでに言えば、アリットくんと接触した時にこの子の姿が見えれば信憑性は増すだろう? 音が聞こえないから、そっちの板に映る様にメッセージを紙に書いておいた方がいいだろう」
「わたし、すぐに書くのだわ!」
トーリさん少しだけ待ってて! と机の上に乱雑に置かれていた紙とペンを使って何かを書き始めるピューリスちゃん。
そんな彼女を尻目に、俺はフェイルさんの傍に近づき「ありがとうございます」と小声で礼を言う。
「これであの子を危険な場所に連れて行かなくて済みます」
「別に構わないさ。それに、あのくらいの子供ならすぐにでも母親に会いたいだろうからね。それができずとも、顔だけは見せてあげたい。私はその手伝いをしただけだよ」
「フェイルさん……!」
彼女のピューリスちゃんを案じるその言葉に、俺は思わず目を向けた。
やはりこの人も、一人の教師。子供のために何かしてあげたいと、そう考えて協力してくれたのだろう。
ただの魔法属性に頭がやられているチクショウなどではなかった。これからは、一人の尊敬できるエルフとしてチクショウなどとは呼ばないようにしようと、そう固く心に誓う。
「……ところでトーリくん。あの魔道具なんだが……製作にはそれはもうかなりを無理をしていてね? 実例を言えばあと一年は私の毎日の食事がとても悲惨なことになる。くれぐれも壊さないよう、丁寧に扱ってくれたまえ」
「フェイルさん……」
誓いはものの数秒で破られることになった。




