第124話:大聖堂の魔法使い
「いつ、の間に……?」
「ついさっき」
何でもないことのようにさらりと答える。
姿勢を正して黙った時に、『固定』で口と姿勢を抑え、後はもう一人を腹パンした際に『断裂』で頸動脈と心臓を斬った。
声も出せず、動くこともできず。そんな中でいきなり首と心臓を切られたのだ。意味も分からなければ、自分の身に何が起きたのかも分からなかっただろう。
慈悲などない。
「にしても、おかしな話だ」
剣を取り出した俺は、いつの間にか傷を治して立ち上がっていた聖騎士へと足を向ける。
ゆっくりと聖騎士へと近づくと聖騎士は顔を引きつらせて後ずさるのだが、後ろは壁であるためそれ以上は下がれない。一度背後の壁を見ると、焦りの表情をこちらに向けた。
「き、貴様……武器は取り上げていたはずだろ……!」
「持ってきた。それにしても、さっきから魔法は使ってるが……お前ら、魔力の感知もできないのかよ。それでよく聖騎士名乗れたな。まぁ聖騎士の定義なんざまるで知らんし、興味もないけど」
「これが、魔法だと……!? そんな魔法、聞いたことも――」
「聞いてないんだよ」
『接続』で足元の地面と男の心臓を繋げて剣を突き刺せば、それだけで聖騎士だった男は物言わぬ骸へと成り果てる。
あとは地中深くに遺体を『転移』させればそれで終わりだ。宿を襲った奴らと同じ場所にしておいたし、あの世でも寂しくないだろたぶん。
「さて」
あの聖騎士曰く、この教会内にいる聖騎士たちは全てレオタイガという男の部下だという。そしてピューリスちゃんを含めたこれまでの事件も全て知っていたのだろう。
いや良かったよ。誰か一人でも、正義感溢れる将来有望な騎士がいなくて。
つまるところ、全員が敵だ。
剣と同じように、没収されていた鎧とローブも『接続』で保管場所へとつないで回収する。ここに来てからずっと『探知』で内部を把握していたのだ。自分のものがどこに運ばれたのかくらいは確認済みだ。
「一番広い部屋は……やっぱりあそこだな」
鎧にローブを纏った冒険者トーリの姿へと戻った俺は、そのまま『探知』で教会内を探る。
この教会内で一番人数を収容できるのは、やはりというべきか聖女祭でも利用されていた大聖堂だった。
すぐさま『転移』で大聖堂へと移動してみれば、昼間は聖歌の大合唱と観客たちの歓声で騒がしかったはずのその場所は異様なほどに静まり返っていた。
当たり前だが、『探知』で探ってみても大聖堂には誰もいない。
そこにあるのは聖女像だけだった。
ステンドグラスを通して大聖堂内に差し込む月の光が聖女像を照らす中、俺はふとそちらを見上げた。
「いやなに。別に聖女様が悪いとか、そんなことは思ってないんだ。ただ聖女の教えとやらはどこに行ったのか……『遍く全ての人々に癒しを』だっけ? 立派だよな志は。できることなら、この先もずっとそのままでいてほしかったよ」
物言わぬ聖女像にいくら言ったところで意味はないだろう。
だがしかし、そんな思想を持っていたはずの国の人間が……それもその思想を体現すべき聖騎士たちが、国そのものが、たった一人の少女を己の都合で狙っている。
懐から仮面と黒ローブを取り出して身に纏い、指を構えた。
「範囲拡大、人数確認よし。座標確定」
『探知』で教会内にいる全ての聖騎士と神官の人数、および座標を把握。並びに、『探知』の範囲をハンルド全域に拡張し、マーサさんの家の周りで待機していた暗殺部隊の人数と座標を頭に叩き込むと、続けて大聖堂内を『分隔』で覆って密室へと変貌させた。
王都の魔物の首を一斉に斬り落とした時に比べれば、この程度ぬるいものだ。
「聖女様よ。今からこの場を汚してしまうこと、どうか許してもらいたい」
指を鳴らし、指定座標位置とこの大聖堂を『接続』で繋ぐ。
それと同時に、聖騎士と神官。そして宿で見た奴らと同じ服装の男たちが大聖堂の長椅子に現れた。
突然の出来事に困惑し、事態が呑み込めずに困惑している聖騎士と神官たち。対していきなり周囲の光景が変化したことに警戒を見せる暗殺部隊。
そんな彼らにも見えるようにと『転移』で聖女像の真上へと移動した俺は、聖女像に触れて小さく呟く。
「ただ……もしあなたが、俺と同じく守るべき子供を助けることを是としてくれるのなら……今この一時はどうか、目を瞑っていてほしい」
◇
突然の事態に、聖騎士たちは訳も分からず狼狽えるしかなかった。
それもそのはず。先ほどまで部屋で休んでいた者もいれば、仲間と共に団欒していた者も含めて、教会内にいたであろう全聖騎士がいつの間にか大聖堂へと集められていたのだ。
聖騎士だけではない。神官たちも同じだった。
「ど、どういうことだ……? 何が起きたんだ……!?」
そのうちの一人が、周囲を見て叫ぶ。
彼の動揺は波紋のように周囲へと伝播し、各々が何が起きたのだと周りの者へと問いただす。
しかしそれに答えられる者はいない。
お互いがお互いに首を傾げては、何が起きたのかとまた別の者に問うている。
そんな中、大聖堂に集められた漆黒のローブを身に纏った一団は即座に行動を開始し、大聖堂からの脱出を図っていた。
だが本来開くはずの大聖堂の扉は、その取っ手に触れる前に見えない壁のようなものによって阻まれる。
「ダメです、出られません……! 閉じ込められています……!」
「動揺するな。落ち着いて、まずは他に脱出できる場所がないかを探せ!」
漆黒のローブを身に纏う彼らは、聖女神国の教皇グレゴリアが有する暗殺部隊。
主な任務は名の通りの暗殺に加えて、諜報や情報操作など聖騎士が関与しない裏側の任務が主である。
そんな彼らはつい先ほどまで、とある老夫婦宅の周囲で合図があるのを待っていた。
合図があれば直ちに突入し、老夫婦とその孫を殺害する。それが彼らに与えられた任務だった。
それが気付けば密室となった大聖堂にいたのだ。何かあると警戒して当然である。
「お、おい! あれを見ろ!」
そんな中、とある一人の聖騎士が聖女像を指さして叫んだ。
周りで騒がしくしていた聖騎士たちも、脱出しようと大聖堂を調べていた暗殺部隊の男たちも、皆一斉に彼が指さす方向へと目を向ける。
そこにいた黒い何かが、パチパチと手を叩く。
「どうも聖騎士、そして神官のクソ野郎の皆様。よくぞこの場にお集まりいただいた」
黒いローブを纏った男が、聖女像の更に上……宙に立っている。
「しかしまぁ、これだけクソの顔が並ぶと壮観だな。永世中立国を自称する聖女神国が、まさかこれだけのクソを量産していたとは驚いたよ」
仮面を被ったその男は、パチンと指を鳴らした途端に宙から落ちてくる。
だが地面にぶつかる直前、それの姿がかき消えたかと思えば大聖堂に拍手が鳴り響いた。
「暗殺部隊だっけ? 君らもよく集まってくれたよ」
「っ!?」
いつの間にか大聖堂の入り口に立っていた男に暗殺部隊の男たちは短剣を抜き放って構えて見せるのだが、それに動じた様子もなく黒ローブの仮面の男は再び聖女像に向かって歩き始める。
誰もがその雰囲気に気圧されて押し黙る静寂の中、男の足音だけが大聖堂に響いていた。
「だ、誰だお前は……! 聖騎士を……我ら聖女神国を愚弄するつもりか!?」
何がどうなっているのか、何故こんなところにいるのか、そもそもあの仮面の男が誰なのかはわからない。
だが一つだけ。
あの仮面の男が敵であると、それだけは理解した聖騎士は剣を抜き放つと仮面の男にその切っ先を向ける。
それに釣られるように、他の聖騎士たちも仮面の男を敵だと認識して剣を構え、神官たちは短杖を差し向けた。
「愚弄? そんなかっこいい言い方しなくてもいいって。バカにしてんだよ」
静かに、仮面の男は言う。
「寄って集って、大の大人が罪もない女の子を追い詰めやがって……てめぇらの国の志はどうした。大人として、子供を守ってやろうとは思わなかったのか。どいつもこいつも、恥ずかしいとは思わなかったのかよ」
「貴様……どこの誰かは知らないが、それ以上は許さんぞ!!」
聖女像の前で佇む仮面の男に向け、幾人かの聖騎士が斬りかかる。
だが彼らが剣を振り下ろす直後、仮面の男の姿はその場から消え、聖騎士たちの剣が互いの剣を打ち合わせる音が鳴り響いた。
一人の聖騎士が「は?」と気の抜けたような言葉を零すと同時に、その場に膝から崩れ落ちる。
崩れ落ちた聖騎士の背後には、手を握りしめた仮面の男の姿があった。
「『圧縮』でまずは一人。さぁ、次はどうする?」
「な……何が起きた……何をしたんだ貴様……!!」
怒声を上げて一人の聖騎士が斬りかかる。
直後、剣を持った手が腕ごと斬り落とされた。
男の悲鳴が響き渡ると同時に、その首が大聖堂に転がった。
「ああ、そこでこそこそ逃げようと頑張ってる暗殺部隊の奴ら。お前らもきっちり殺すから待ってろ」
その瞬間、大聖堂に集められた者たちは悟った。
このままここにいれば、いずれこの仮面の男に殺されると。逃がすつもりもないのだと。
パチン、と仮面の男が指を鳴らした。
たったそれだけで、幾人もの聖騎士と神官の仲間が崩れ落ち、そしてもう二度と動かなくなる。
「何なんだよお前……」
剣を握りしめる手が無意識のうちに震えた聖騎士は、訳も分からずただ仮面の男に叫ぶしかなかった。
「何なんだよ、お前はぁぁぁぁぁ!!」
「……お前ら相手に、名乗るつもりもない」
その日、ハンルドの教会にいた百名の聖騎士と二十名の神官。そして名も存在も認知されていなかった十名が姿を消すこととなった。




