第122話:容疑のかかった男
「……おん?」
ゴーザさんとリップちゃんを送り届けたその後。
俺は夕暮れに染まる街の中を一人歩いてギルドへ向かって歩いていたのだが、何やら数人の冒険者がギルドの入り口で集まっているようだった。
足を止めて彼らの様子を観察してみると、何やら頭を突き合わして相談している様子。何かあったのか気になった俺は、彼らの様子を伺いながらギルドへと再び歩を進めた。
「こんばんは。何かあったんですか?」
「ん? 君は確かボーリスの……トーリくん、だったか?」
ギルドの前で話し合っていた冒険者に声をかけると、彼らの視線が一斉に俺へと向けられる。
既に不審者装備は全て背負い袋に詰め込んでいたためか、その中の一人が俺の顔を見て名を呼んだ。俺は彼のことは知らないのだが、どうやら向こうは知っているらしい。
一応こうして話をするのは初めてなので改めて名乗って挨拶をすると、俺の名を呼んだ三十代くらいの冒険者が代表して自己紹介してくれた。
彼の名はハロンド。ここハンルドのギルド所属で星3つの冒険者だそうだ。
「よろしく、ハロンドさん。ところで、話し込んでいたみたいですけど……何かあったんですか?」
「ああ。実は昨日からギルドマスターが帰っていなくてな。いつもなら日の掛かる依頼に行くときは誰かに伝言を残すはずなんだが……君は何か聞いていないか?」
「いや、調査に行ったことは知ってますけど、そんなに遅くなるとかは特に……」
俺の言葉にハロンドさんは「そうか」と眉間に皺を寄せると、再び他の冒険者と話を始める。
そんな中俺は一度ギルドへと入ると、いつもソドマスさんが座っている受付を覗き見る。
以前見た通りの、片付いていないごちゃごちゃとした受付だ。
俺はその受付の机に散らかったように並べられている依頼書に目を通す。
「……あった」
受付の端っこに投げ出されるように置かれた目的の依頼書を見つけた俺は、それを手に取って中身に目を通す。
内容は『泉の森の調査』についてのもの。俺がソドマスさんから頼まれ、そして後に彼に引き継いだ依頼だ。
依頼を受けた冒険者のサインの欄にはトーリの文字に二重線が引かれ、その横にソドマスさんの名が記入されている。だがまだ依頼完了の判が押されていないのを見るに、依頼は完遂できていないらしい。
ということは、まだ調査に出たまま戻っていないということなのだろうか。
「いや、もしくは何かトラブルが起きた……?」
先ほどのハロンドさんの話によれば、ソドマスさんは日数の掛かる依頼に出る際は誰かに伝えていたという。そして彼らの様子を見るに、今回のソドマスさんは何も伝えていなかった。となると、昨日のうちに戻るつもりだったはず。
「『泉の森』の調査……いや、あの扉の調査で何かあったってことか……」
すぐに思い浮かぶのは、俺を襲撃した奴にソドマスさんも襲われた可能性だ。だが元とはいえ、ソドマスさんは星6つの冒険者。そう簡単にやられることはないと思うのだが……実際こうしてソドマスさんが帰って来ていない状況から察すれば、相手は星6つさえ上回る程の実力を持っていることになる。
「(……『泉の森』の件がピューリスちゃん絡みである可能性は高い。ソドマスさんが帰ってこない以上、俺が行って調べた方がいいかもしれん)」
一瞬ハロンドさん達に調査を任せて俺自身は裏で動くかとも考えたが、ソドマスさんが負けた相手がいるかもしれない場所だ。失礼だとは思うが、彼らが向かったところでミイラ取りがミイラになる様なものだろう。
手にしていた依頼書を一度受付に戻して思考を巡らせる。
とりあえず聖女神国の教会はほぼ黒のグレーと考えておいてもいいだろう。今日の聖女祭と宿への襲撃から考えて、全くの無関係だとは言い難い。
そしてその教会が『泉の森』の件にも関わっていたとすると、ソドマスさんは教会側が隠していた何か……つまり扉の先にある何かを発見したからこそ、帰ってこれない、あるいは殺されたとすれば納得もできる。
もし教会が『泉の森』の件と関わっていなかった場合でも、ソドマスさんが何かしらの危機に巻き込まれているのは間違いないだろう。
現状ピューリスちゃんはフェイルさんに預けている状態だ。今すぐ彼女が危険に晒されるようなことはないため、緊急性を考えれば『泉の森』の件を片付ける方が先決か。生きている可能性があるのなら助けに行きたい。
「(となると、助けに行くのは今夜が一番いいか。襲撃が失敗している以上、早いうちに連中が次の手を打ってくるかもしれん)」
それがいつなのか、どんな手で来るのかはわからない。もしかしたら襲撃が失敗したことで多少強引な手でくることも考えられる。
だからこそ、ソドマスさんの救出はできるだけ早く行いたい。それにもしソドマスさんの件がピューリスちゃん絡みだった場合、ソドマスさんが帰って来てから教会の情報を貰える可能性もある。
「念のため、今夜は家から出ないようにマーサさん達には伝えておくか」
「あ、トーリくん。その、ちょっといいかな?」
そうと決まれば早速準備に取り掛かろうと俺は踵を返したのだが、ちょうどその時にギルドへハロンドさんが入ってきた。
浮かない表情を浮かべながらそう口にした彼に、「どうかしましたか?」と尋ねる。
しかしそれに対して、「いや、ちょっとね……」と視線を彷徨わせて何か言いたげな様子の彼。
そんな中、入り口に立つハロンドさんの後ろから「失礼する」と人影が射した。
真っ先に目に入ったのは、堅固な鎧姿に青地に白い刺繍の入ったマント。
「……聖騎士?」
「如何にも。貴様が冒険者のトーリか?」
「ああ、そうだが……聖騎士が、ただの星3つでしかない冒険者にどんな用事で?」
突然現れた聖騎士の言葉に警戒しながらその言葉に頷いてみせれば、ギルドへと入ってきた聖騎士は「そうか」と一言呟いて背後の扉を三度叩く。
そしてハロンドさんを押しのけて俺の前へとやってきた聖騎士は、何かの紙を俺へと突き付けた。
「冒険者トーリ。貴様には、少女を誘拐し監禁した容疑がかかっている。ハンルドのギルドマスターであるソドマス氏の殺人の容疑もな」
「……は?」
ゾロゾロとギルド内に多数の聖騎士が駆け足で飛び込んできたかと思えば、俺を取り囲んで剣を抜いた。
「……おいおい、聖騎士さんよ。いくら何でも、それはちょっと無理がありすぎないか? 証拠もないのに、決めつけで動くのは良くないぞ?」
「決めつけてはいない。それを確認するために、貴様に話を聞くんだ。もちろん、教会でな」
「仮に俺にその容疑がかかっているとして、だ。その役目はこの街の衛兵の仕事のはずだろ? 何で教会が我が物顔でそんなことやってるんだ?」
「貴様が誘拐し監禁した少女は、我ら聖女神国の国民だ。故にこれはグレーアイルではなく、聖女神国の問題となる。ソドマス氏の件も、仮に貴様が殺していた場合に取り押さえる戦力がこちらにあるからこそ我ら聖騎士が出動している」
おい、と話していた聖騎士が俺を囲む聖騎士に指示を出せば、そのうちの一人が俺へと近づいてくる。
そして「ご同行を願います」と諭すような口調で促してきた。
なるほど。これで暴力に訴えれば、いよいよもって俺は犯罪者である。逃亡も同じだ。今はまだ容疑の段階であるが、ここで逃げれば認めたも同然ということか。それに、こいつら教会の聖騎士がこれまでこの街で築き上げてきた信用は本物だ。俺が犯人だと断定されれば、街の多くはそちらを信じるだろう。
だが一つだけはっきりしたのは、教会が完全に黒だということ。加えて、ソドマスさんの件はやはり教会が絡んでいるということだ。より重い罪になるよう、敢えて付け足してきやがったなこいつら。
そして容疑がかかっているとは言うが、連行した先で難癖付けて犯人に仕立て上げるに違いない。
「……はいはい。ま、どうせ無実なんだし、堂々と話をさせていただこうじゃないの」
「連れていけ」
だがそれでも、ここは話に乗るのが一番良いと判断した。
パッと見た感じではあるが、今ここで取り囲んでいる聖騎士は星3つ程度があしらえるほど弱くはないだろう。そんな奴らを退ければ、彼らを退ける力があると知られてしまう。おまけにやましいことがあるから暴力に訴えた、などと言われかねない。
それにどちらにせよ、近いうちに教会には潜入しようとしていたのだ。時期が早くなっただけで、やることに変わりはない。
「しっかり歩いてください」
「りょーかいりょーかい。そんなこと言われなくてもわかってますよ」
左右に立った聖騎士に連れられるようにギルドを出る。
何事かと集まっていた街の住民たちが、驚いたように俺の顔を見ては近くにいた人同士で何かコソコソと話しているのが目に見えた。
俺が得た信用も、子供たちからの評判も、この光景だけで全部パァだよ。
「(嫌がらせのような手を打ってきやがって……お前ら絶対許さねぇからなぁ……!)」
今に見てろよ、と内心で悪態を吐きながら、俺は教会まで顔を隠されることなく連行されるのだった。




