第121話:デコイ作戦
「ゴーザさん、お待たせしました」
「おお小僧。戻ったか」
デコイを建物の影へと誘導し、入れ替わるようにして教会へと戻った俺はゴーザさんと合流を果たした。
ふぅ……と俺が戻ってきたと見るや安堵の息を吐いたゴーザさんは疲れた顔を浮かべてこちらをジッと睨みつける。
「まったく……話もしない上に頷くこともない人形相手に、延々と話し続けるワシの身にもなってくれ」
「いや本当に、そこはありがとうございました」
「構わん。必要なことなら仕方ない」
とりあえずこれを、と合流前にその辺の屋台で購入した飲み物をゴーザさんに手渡せば、受け取って早々に飲み干されてしまった。
空いた容器を突き返され、苦笑を浮かべて設置されていたゴミ箱に放り込む。
俺が考えていた以上に苦労していたようだ。
「リップちゃんは誤魔化せましたか?」
「少々怪しかったが、純粋な子だ。調子が悪そうだからワシが見ていると言えば、腕試しの観戦の後で街の子供たちと一緒に屋台を楽しんでたぞ」
ほれあそこだ、とゴーザさんが指さす先を見れば、レダくんにブルーちゃん。そしてそれぞれに手を引かれているリップちゃんとイーロくんの姿があった。
ハンルドへ向かった馬車組で屋台巡りをしている真っ最中である。
「なら良かった」
「しかし小僧……お前さん、すごい魔道具を持ってるんだな。高いんだろ? それ」
「え? ……ああ、はい。まぁそこそこは」
「冒険者というのは儲かるんだな。命を張ってるだけのことはある」
「まぁ報酬はピンキリですけどね」
魔道具と言われて一瞬何の話かと思ったのだが、そう言えばゴーザさんにはそういう説明をしていたんだと思い出して慌てて話を合わせる。
あれも全部魔法ですとは言えないため、魔道具を使用するという嘘をついていたのであった。
「(しかしまぁ……ぶっつけ本番だったが、制御は何とかなってたみたいでよかった)」
今回の俺の目的。それは宿へと踏み込んできた奴らを確保し、敵が誰なのかをはっきりさせることだ。
顔を出して宿まで連れて行ったのを見ていたならば、きっと監視していた奴らはピューリスちゃんは宿にいると思い込んでいたことだろう。
そして無暗にマーサさん宅へ踏み込んで来なかったことを考えるに、彼らは人目に付いたり騒ぎになることを嫌う。だからこそ、狙ってくるのであれば人目が教会に集まり、かつ巡回している聖騎士も少ない聖女祭が行われる今日だったはずだ。
だからこそ、敢えて俺は監視にバレないような形で宿を留守にしたんだ。
理由としては二つ。
一つ目はもし俺がいる前提で襲撃があった場合、誰もいない部屋に突入した彼らに動揺や焦りが生まれるため。
いると思っていた者がいないとわかれば、多少の隙を晒してくれるだろう。
そして二つ目。宿から出るところを見ていないのに誰もいない。そうなれば彼らは部屋を探し始める可能性が高い。
それほど広くはない部屋であっても、突入してきた誰かさんは何処かに隠れている可能性を信じて物色するはずだ。例えいないとわかっても、痕跡くらいは探すかもしれない。となれば、即座の撤退という選択肢は取らないだろう。
ちなみに、ピューリスちゃんは宿に連れてきた翌日の朝には『転移』で別の場所へと送り届けている。
といっても、送り先は学園都市のフェイルさんの研究室。突然お邪魔したことには驚かれたが、目を見て即座にピューリスちゃんが魔眼の一族であることを見抜くと、途端に機嫌を良くして匿うことを了承してくれた。
さて、外にいる状況でどうやって宿への襲撃に気付いたのかという話だが……これは特に難しい話ではない。俺の耳と部屋の一部を『接続』で繋ぎ、リアルタイムで音を宿の部屋の音を拾っていたからである。
扉が開けば鈴が鳴るようにしていたため、彼らが入ってきたことにはすぐ気づくことができた。
あとは宿まで『転移』し、外にいた見張りも含めて部屋の中へと移動させたのだ。
「(ただ宿の方に意識を向けていると、ゴーザさんやリップちゃんの声に反応できていなかったところは反省点だなぁ……)」
はぁ、と内心でため息を吐く。
やっていることはイヤホンで音楽を聴きながら、別の誰かの話を聞くようなものだ。
そして教会の聖女祭に来た俺が顔を出した理由だが、これはある意味では確認のためのものである。
どのタイミングで襲撃があるかは不明であったが、もし宿に俺がいないと判断されれば残っているのはピューリスちゃんただ一人。そうなれば俺がいない隙を突いてすぐにピューリスちゃんの確保に動こうとするだろう。
案の定、宿を見張っていた奴らは俺が顔を出してからすぐに動いた。
そしてそれは、監視に知られることなく宿を出たはずの俺を教会で見た奴がいたということでもある。
宿の監視という任務を受けている中で、わざわざ教会にも監視を置く理由が見当たらない。
そうなると、考えられる中で最も可能性が高そうなのは一つだ。
「(限りなく黒に近いグレー……と考えた方がいいだろうな。聖女神国のやつらは)」
チラと聖女祭の見回りをしている聖騎士たちを覗き見る。
正直なところ俺がピューリスちゃんを保護した後、街を巡回する聖騎士がソドマスさんが驚くほどに増えていた時には多少の不信感はあったのだ。
それが主犯なのか、あるいは共犯なのか。そこまではわからない。
何せ宿で捕まえた奴らは誰一人口を割ってはくれなかったのだ。俺の機嫌一つで真っ逆さまに落ちるかもしれない上空で、徐々に呼吸も薄くなり、体温も奪われていくそんな中でも、だ。敢えて落下させ、落下地点と上空を『接続』で繋ぐ無限落下加速体験も選択肢にはあったが、確実に話せなくなるので却下した。
まぁ結局、口も割らなかったため彼らの遺体は『帰らずの森』の地中奥底に埋めているんだが。
そしてこれが最後。
もし俺の考え通りに教会が関わっている場合、俺が聖女祭を抜ければ宿に戻ったことを悟られてしまう。
もちろん、『転移』を使用すれば連絡が伝わる前に戻ることも可能だ。
だがそうなると、タイミングによっては連絡員と鉢合わせる可能性があるうえに、どうやってそんな短時間で戻ったのかとその手段について考察させることになる。
ならば、戻ったと思わせなければいい。
そこで使ったのがデコイである。
デコイ……つまり囮だな。
まずは『分隔』で俺自身を象った人型を作成する。これ自体は俺自身の体の表面を添うように作ればいいだけなので、そこまで難しいことではなかった。
だがそれだけだと、俺の形をした透明な何かがそこに在るだけだ。そこで俺が身につけてきた布やら袴のような服やらで顔や肌をできるだけ隠し、更にその上からローブを身につけさせることで不審者姿のデコイが完成である。目を見ない限りはバレないだろうし、その目もフードを被れば正面の近くで見られない限り問題はない。
宿を出る際、わざわざ不審者のような姿をしたのはこのためであった。
あとはデコイの視界と片目の視界を『接続』で繋げ、周囲の警戒も兼ねてゴーザさんについて行くよう操作する。歩いているように見せるために、軽く上下させながら移動させるのがコツだ。ゴーザさんにはこのデコイが俺であるように見せるため、さも話しているように接してくれと伝えていた次第である。
そして終わればデコイを物陰に誘導し、デコイの内側に収まるように転移すれば着替える必要もなく入れ替わりが完了と、そういうことだ。
魔法を使用する労力がとんでもないことになっているのだが、何とかなったのはフェイルさん作の補助魔道具があったのも大きいだろう。
貰っておいてよかったと、チラと腕に嵌めた木製のそれを見る。
とはいえ、だ。
「(聖女神国が関わっているとなると、もっとややこしくなってきたな……『泉の森』にあった扉も聖女神国絡みだろう)」
リップちゃんたちを無事に送り返した後、すぐにギルドへ向かうことにしよう。
彼に調査を変わってもらってから既に二日は経過したのだ。ソドマスさんが何かしらの情報を得ている可能性もあるため、今回の件も含めて情報の擦り合わせを行いたい。
「おにーさん、だいじょうぶ……?」
「……ん? ああ、リップちゃん。ごめん気づかなかったよ」
随分長く考え込んでしまっていたのか、どうやらリップちゃんの接近にも気が付いていなかったらしい。
顔を上げるとこちらを心配そうにのぞき込むリップちゃんと、そんな彼女の奥で「うわ、本当に兄ちゃんじゃん!」とびっくりしているレダくん、ブルーちゃん、イーロくんがいた。
「おなか、へーき?」
「うん、ありがとうね。ちょっとボーッとしてたみたいだ」
「え、兄ちゃん体調悪ぃのか? だから聖騎士様との勝負ができなかったのか!?」
「……そうだね。今日は調子が悪そうだ。レダくんも、期待してくれてたのにごめんな」
「ちぇー……兄ちゃんの戦うところ見たかったのに……」
リップちゃんの頭を撫でながらレダくんの言葉に同意すると、彼は心底残念そうに肩を落とした。
本当に俺と聖騎士の勝負を楽しみにしてくれていたらしい。しょうがないでしょ、とブルーちゃんに呆れられている彼には申し訳ないと思うが、その聖騎士が敵である可能性があるのだ。
できるだけ、俺自身の情報を与えない方がいいだろう。
ごめんなぁ、とレダくんの頭をグリングリンとかき回せば、「わーやめろー!」とされるがままにはしゃいでいる。
そんな彼を見てリップも―! と俺の手を掴んで頭の上へと持っていくリップちゃんとそんな俺を羨ましそうに見ているゴーザさん。
「……楽しそう」
「え、イーロ。あんたもそっちかいな」
◇
聖女祭が終了し、集まっていた街の住民が帰路に着く。
もちろんそれはリップちゃんたちも一緒で、俺は辺りを警戒しながらゴーザさんとリップちゃんを家まで送り届けた。
「なぁ小僧。本当にワシがやるのはあれだけでよかったのか?」
その道中でこっそりと俺に耳打ちしてくるゴーザさんだったが、俺はその言葉に頷いた。
「十分です。本当に、ありがとうございます」
「いや、小僧がそれでいいならいいんだが……」
「あとは任せてください。皆さんには、迷惑を掛けません。絶対に」
「……わかった。信じよう」
ふん、と諦めたように鼻を鳴らしたゴーザさん。
そんな彼に苦笑を浮かべていると、どうやらもう家に着いたらしい。「ばあば!」とリップちゃんが駆け出していった先を見ると、マーサさんが玄関に出て待っているのが見えた。
「お帰り、リップちゃん。お祭りは楽しかったかい?」
「うん!」
「そうかい。それは良かったねぇ」
祖母と孫の和やかな会話。
そこにゴーザさんも加わり、祖父母に手を繋がれてリップちゃんが楽しそうにはしゃいでいる。
絶対に、守らなければならない光景だ。
「おにーさん!」
ギルドへ向かうために立ち去ろうとした俺を、リップちゃんが呼び止める。
振り返ってれば、満面の笑みを浮かべたリップちゃんがそこにいた。
「またあした!」
「……おう! また明日だ!」




