第120話:お空の旅へご案内
「やっとてめぇを殺せる日が来たなぁ、冒険者ぁ……!」
聖女祭で多くの住民が集まるハンルドの教会。
そんな教会のとある部屋の中で、完全武装したレオタイガは来る虐殺の時間を楽しみだと凶悪な笑みを浮かべて待っていた。
「監視の目は外してねぇだろうな?」
「はい、問題なく。あの冒険者はまだ宿から出た様子はありません」
「ハッ! 予想通りだな。外出する危険を考えて引きこもってるんだろうが……それで状況が変わるわけじゃねぇ。それにこの俺が出るんだ。絶対に殺す。恨むなら、首を突っ込んだ自分を恨めってな」
余程楽しみなのだろう。レオタイガは両手の手甲鉤を何度もかち合わせては不気味に笑う。
そんな彼の行動にいつその刃が己に向くかもわからない部下の神官は、顔を青ざめさせながらも「いつ出られますか?」と問いかける。
「聖騎士どもとの腕試しの前に出る。聖歌で集めた住民がそのまま大歓声を上げてくれるからな。多少の騒動なら、住民たちが気にすることはねぇよ」
暴れ放題だぜ、とますます凶悪さに磨きがかかる笑みに部下の神官が怯えながら頭を下げる。
この男のことだ。きっと対象の冒険者がいる宿は凄惨な光景を晒すことになるのだろう。
哀れな冒険者だ、と神官は敵ながらもその冒険者の未来を憂いた。
来世には聖女様のご加護がありますように、とも。
「監視の奴らには周辺住民を近づけさせないよう指示しておけ。祭りで集まっているとはいえ完全じゃねぇ。それと、住民共が少ねぇ退路の確保も優先しろ。ガキを捕らえ次第、『泉の森』に――」
「し、失礼いたします! レオタイガ様、至急お伝えしたいこと――ヒィッ!?」
上機嫌だったレオタイガであったが、そんな彼の言葉を遮るように一人の男が部屋へと飛び込んでくる。
足元が三本爪の形に抉れ、顔を引きつらせて思わず呼吸を忘れてしまった男は、レオタイガの傍に控えていた神官の「何があった?」という言葉によって現実へと引き戻された。
「ほ、報告いたします! 例の冒険者が聖女祭に現れました!」
「……なに?」
「なっ……!? そ、それはどういうことだ!? 奴は宿から出ていないはずだぞ! 見間違いじゃないのか!?」
想定外の言葉に怪訝な表情を浮かべたレオタイガと、何かの間違いじゃないかと報告を疑う神官。
しかしそんな神官の言葉を報告に来た男は「いえ、いえ!」と首を横に振って否定する。
「以前まで対象を保護していた家の者達を念のためにと張っていたのですが……その者らと共に行動していた覆面の者が、彼の冒険者でした! 一度フードを外した際に確認しています! 間違いなく、例の冒険者です!」
「……」
「ど、どういうことだ……!? 監視は何をしてたんだ……!? も、もう一度よく確認しろ!!」
先ほどから一変して能面のような顔になったレオタイガ。
そんな彼の様子を見て、まずいと考えた神官は本当にその冒険者なのかもう一度確認するように叫んだ。
「は! すぐに!」と慌てた様子で駆け出そうとする男だったが、そんな彼の背に向けてレオタイガが待ったをかける。
「俺も行く。冒険者の野郎はどこだ」
「は、はい……今は教会回りの屋台にいることを確認していますが……」
「連れていけ」
「わ、わかりました」
立ち上がり、2メートルを超える体躯が男の後に続いて教会の中を進む。
緊張と恐怖で顔色の悪い男だったが、何とか目的地へとたどり着くと「あそこです」と眼下を指さした。
ちょうど教会周りに出店している屋台が見下ろせるその場所からレオタイガが覗き見れば、件の冒険者が初老の男と孫らしき少女と共に歩いているのが確認できた。
その中の一人である少女を見た神官は、ギョッと目を見開く。
「なっ……魔眼の少女までここに……!? か、監視はいったい何をやっているんだ!?」
「わ、私に言われましても……!」
「落ち着け。よく見ろ、雑魚が。あれは別のガキだ。目の色も背丈も違ぇよ。似ているガキがいることは報告に上がってただろうが」
驚愕の声をあげて男に詰めよった神官だったが、隣に立つレオタイガの言葉に「はい?」と声を零す。よく見れば、確かに言う通り少しばかり違うようにも見える。
「さ……流石レオタイガ様。よく見えておられるのですね……」
「魔眼のガキと間違えるようなヘマはすんじゃねぇぞ。とはいえ、あれだけ似てるなら何か関係があってもおかしくはねぇが……一番の問題はあの冒険者だ。おい、本当に本人だったんだな?」
「は、はい! 間違いなく!」
冷や汗を流しながら答えた男の言葉にレオタイガは「そうかよ」と小さく零すと、そのまま何も言わずに踵を返した。
その後を二人が追いかける。
やがて元の部屋へと戻ったレオタイガは、扉を閉めるよう指示を出すとそのまま黙って座り込んだ。
「レ、レオタイガ様……いかがいたしますか……?」
想定外の事態にどうするのかと神官の男がレオタイガに問えば、レオタイガはしばらく考え込んだ後に口を開いた。
「……チッ。どういう意図があるのかしらねぇが、あの冒険者がここにいる以上宿の方は魔眼のガキ一人のはずだ。宿の周囲に配置した奴らに突入するように伝えろ。お前だ、すぐに行け!」
「は……はいぃっ……!」
舌打ちと共にレオタイガが報告に来ていた男に指示を出せば、男は顔を青ざめさせながら部屋を飛び出していった。
そんな男の後ろ姿を見送った神官は、レオタイガへと視線を向ける。
「レオタイガ様はどうされるのですか? 予定通りであれば、あの男と共に宿へ向かうのがよろしいと思うのですが……」
「俺が行っても意味はねぇよ。元々、俺が出るのはあの冒険者がいる前提だったからな。いない以上は、行ったところで殺せねぇ。……チッ、せっかくの楽しみが水の泡だぜ」
とはいえだ、とレオタイガは再び黙り込んで考える。
「(あの冒険者、さっきから妙な魔力を出してやがる。ローブってこたぁ魔法が使えるんだろうが……剣士である以上は大した魔法じゃねぇはずだ。考えられる線としては……風の魔法か? 確か周辺の音を集める魔法があったが、それを常時使用してやがるのか……?)」
『音風』という周囲の音が聞こえやすくなるだけの魔法がある。
これは名の通り、ただ周りの声や音が聞こえやすくなるだけの魔法で主には周囲の状況把握や索敵に用いられるのだが、この魔法の作用範囲内に入ることを警戒してレオタイガは部屋まで引き返した。
だがしかし、件の冒険者が一筋縄ではいかない妙な奴だと再度理解した彼は、不快に思いながらもその評価を一つ上げる。
元々『飛剣』を防がれている時点で警戒に値する冒険者であったが、より一層注意しなければならないだろう。
「……聖騎士の奴らに準備しておくよう指示を出せ。場合によっては聖女祭後に使うぞ」
「聖騎士を……ですか? わ、わかりました。しかし、宿は少女一人。宿周囲に配置したのは聖堂暗殺部隊でも優秀な者達です。心配する必要はないと思うのですが……」
「……だといいがな。それと、さっきの魔眼のガキと似たガキの方も張っておけ。あれだけあの冒険者と親しいなら、何か使い道があるだろうよ。ガキの命を天秤にかけさせたり、とかなぁ?」
「はっ! すぐに指示を出しましょう」
立ち上がったレオタイガは、指示を聞いて飛び出していった神官の後ろ姿を見送った後に部屋を出る。
そして屋台の周辺を一望できる場所へと向かうと、その眼下で初老の男の隣を歩く如何にも怪しい風貌の冒険者を睨みつけるのだった。
◇
同時刻 聖堂暗殺部隊
トーリが泊る宿の周囲にて待機していた男たちが行動を開始する。
対象の一人が既に宿から外に出ていたと知った際には僅かな動揺があったものの、それも数瞬のこと。
突入班は三人。退路確保兼見張りは二人。
監視についていた計五人の聖堂暗殺部隊の面々に、魔眼の少女確保の指令が下された。
三人は指示通り宿への突入準備を整え人目に付かないよう宿へと侵入を果たすと、一階に残っていた女将を懐に忍ばせていた魔道具を使用して眠らせる。
対象以外の宿の客は全員聖女祭へ向かったことは確認済み。
そして件の冒険者も聖女祭にて目撃されているとなれば、部屋に残るのは本命である魔眼の少女ただ一人。
これならば楽だなとハンドサインで笑みを浮かべた一人を、他二人が気を抜くなという視線を向ける。
そして対象が寝泊まりする部屋へとやってきた三人のうち、一人が一階から拝借した鍵を使用する。
カチャリ、という音と共に三人が顔を見合わせると、躊躇うことなく一気に部屋の中へと飛び込んだ。
チリンと小さな鈴が鳴るが、その些細な音を気にする者はいなかった。
「……どういう、ことだ?」
中に入って早々に、一人が思わず言葉を零した。
「何故お前たちがここにいる? 見張りと退路の確保が任務だったはずだぞ」
「わ、わからないんだ……! 急に地面の中に吸い込まれたと思ったらここに……!」
突入班の三人が見たのは、周囲の見張りに回っていたはずの二人の姿だった。何故ここにいるのかと、突入の指揮を取る男が小声で問いただすも、不明瞭な回答が返ってくるばかり。
そんな中、部屋の捜索をしていた二人が「た、隊長……!」と焦りの表情を浮かべていた。
「例の少女がどこにもいません……! 痕跡すら、どこにも……!」
「なっ……そんなはずはない! 確かに我々はこの宿に入っていくところを見ているんだぞ……!」
「しかし相手は、我々の監視を抜けて教会にいたんです。何かしらの手段があったのでは……!」
「だよなぁ。むしろそう考えられなかったらアホなの? としか言えないんだが」
「「「「「っ!?」」」」」
突然部屋の中に響いた声に、暗殺部隊の五人は一斉に腰に携えていた短剣を抜いて構える。
彼らが視線を向ける先……部屋に備え付けられた唯一の窓。
そこに立つ、片目を閉じた冒険者の姿を見て、隊長と呼ばれた男は目を見開いた。
「何故貴様がここにいる、冒険者……!」
「はぁ? ここは俺が泊ってる部屋だぞ? いてもおかしくないだろうに」
「そうではない。貴様は今教会にいたはずだ……! それがどうしてここにいるのかと聞いている……!」
見えないように、隊長と呼ばれた男は後ろ手で他の者達に指示を出す。
即時の撤退。魔眼の少女がいないのであれば、彼らの任務はここまで。むしろ、教会にいたはずの冒険者がいつの間にか宿にいた事実を伝えなければならない。
会話で時間を稼ぎ、タイミングを見て撤退する。
それが隊長の男が下した決断であった。
「別にそんなことはどうでもいいだろ。あんたらにわからないのなら、一生わからないままでいいじゃないか」
今だ、と合図を下せば、他の四人が出口へと駆け出した。
扉に近いものから部屋から出られるようにと非常に統率の取れた動きは、確かに彼らの練度の高さを思わせてくれるだろう。
だが
「逃す訳ないだろ」
常識外れの前には、ただ無意味に終わるだけだった。
ガンッ、と先頭を駆けていた男が壁のようなものに衝突したことで、他三人が何事だと足を止める。
そして仲間の一人が衝突した何かを確認しようと、扉の向こう側へと手を伸ばした。
伸ばした手が、そこに在る視認できない何かによって阻まれたことで彼らは目を見開いた。
「ど……どういうことだ……!?」
「壁、だと……? まるで見えない壁がここに……!?」
「……何をした、冒険者――っ!?」
隊長の男が短剣で斬りかかる。
この状況を作り出したのが目の前の冒険者であるならば、殺しさえすれば解除されるはず。
だが斬りかかる直前、突如として男の体はまるで時間でも止まったかのようにピタリと静止する。
「……なるほど。お前らは俺のことを知っている。部屋を間違えました、なんて可能性も考えてたが、その線はなさそうだ。そして何より、お前らはその武器を抜いたな? つまり殺しも選択肢に入れて踏み込んできたことになる。そう判断してもいいわけだ」
「なんだ……体が、動かない……!?」
「おいおい……ここは平和な街の、平和な宿の中なんだ。あんまり暴れようとするなよ。ああ、他の四人も同じように今は動けないし、宿の周囲でコソコソしていたのはお前らで全員だ。助けは気にしなくていいぞ」
チラと横目で見れば、冒険者の言う通り全員がその場に縫い付けられたように動かなくなっているのが見える。
内心でクソ、と悪態を吐いた男は冒険者に問うた。
魔眼の少女をどこにやったのか、と。
「さぁな。今頃チクショウエルフに根掘り葉掘り質問攻めにされてるだろうけど、あんたらが気にすることじゃないさ」
だが真面目に答えるつもりがないのか、片目を閉じたままケラケラと冗談でも言うように笑って答える冒険者。
だがその表情が一変し、冷徹な無表情を彼らに向けた。
「さて、こっちも色々聞きたいことが山ほどあるんだ。ある程度予想はつけてるが……とりあえず場所でも変えるか。宿を借りている身分なんでな。ここを汚すわけにはいかないんだよ」
では、と冒険者は指を構えて見せると再びにっこりと笑みを浮かべる。
「上空はまずは5000メートル……飴を作るのと一緒の高度からだ。回答を渋る度にもっと高いところに連れて行ってやろう」
パチン、と部屋に乾いた音が響き渡る。
その瞬間、彼らの体は床へと呑み込まれ……そして部屋は誰もいなかったかのように静寂に包まれるのだった。




