第119話:聖女祭開催
「さて、行くか」
ピューリスちゃんを宿へと連れてきた日から二日が経過した。
そして驚くことなかれ。俺はこの二日間、宿の外に一歩も出ることなく過ごしていた。
理由としては、少しでも宿を開けるとピューリスちゃんが一人だと考えた輩に襲撃されかねないからだ。
食事については宿の女将さんに二人分を運んでもらったり、買いこんでいた食料で何とかしている。その分金もかかったが……まぁそこは必要な出費だと考えよう。幸い調査でソドマスさんから受け取った報酬もあるため、まだ懐には余裕がある。
だがその甲斐もあってか、何度も宿の前を往復したり、離れた建物の影からこの部屋に視線を向けていたりなど怪しい動きをしている奴らがここへ突入してくるようなことはなかった。
あちらもタイミングを見計らっているのだろう。理由として挙げるのなら、聖騎士の目や地域住民の目があるから、といったところか。
騒ぎにしてでも確保に動く、というわけではないらしい。あちらさんの指揮を執っている奴はそこまで豪胆な性格ではないのかもしれない。
だがしかし、聖女祭となれば話は別だ。
現在街を巡回している聖騎士たちは教会に集まり、地域住民もその祭りを見るためにそのほとんどが教会に集まることになる。
すると必然的に人目が減ることになるのだ。狙うのならそこだろう。なら俺も、そこで動くことに決めたのだ。
既に時刻はお昼前。
聖女祭が始まるのは昼過ぎからということなので、今から向かえばちょうどいい時間になる。
顔を布で覆い隠し、さらにその上からフードを被る。
正面から見ても目元しか晒していない格好であるため、街の人たちからしてみれば明らかに不審者だと思われてしまうような姿だ。
更に腕や胴もだぼついた大きい服で覆い隠し、腰から下は足元まで隠れる袴のようなものを履くことで更に不審者度合いはアップ。仕上げとばかりに手袋まで装着済みである。
傍から見ればもう誰なのか全くわからんぞこれ。
「さて、それじゃあ行こうか」
宿の周りに監視らしき人型がいることを『探知』で確認した後、部屋を出た俺は鍵を一階の預り所に『接続』を使ってこっそりと返す。
本来なら外出時に預けなければならないのだが、今回はそれができないため勝手に返しておくことにしたのだ。
そして無事に鍵も預けた俺は誰にも見られていないことを改めて確認すると、そのまま『転移』で宿から移動する。
周囲に誰もいない路地裏へ出てきた後は、少し速足でハンルドの中心にある大きな教会へと向かった。
すると教会に着く直前で、見慣れた二人組を発見する。
「どうも、ゴーザさん。リップちゃん」
「おおこぞ……小僧お前……何でそんなに暑そうな格好をしてるんだ……?」
「……ん? ああ、いやぁ……色々と事情があるもんでして」
「見てるだけで暑苦しいぞ」
「……おにーさん?」
顔を合わして早々に、俺の姿を見たゴーザさんは呆れたように顔を顰め、リップちゃんはそんなゴーザさんの後ろに隠れながらこちらを見ていた。
一瞬何か変かと思ったが、そもそも格好が不審者であるため当然の反応である。おかげでリップちゃんにも疑いの目を向けられてしまった。
「そうだよ。俺がトーリお兄さんだ」
「何を言ってるんだ小僧」
「あ、こえがおにーさんだ!」
リップちゃんの視線に合わせてしゃがみ込んだ俺は、警戒させないように顔の前で手をグッパーと握ったり開いたりして話しかける。
そして声で俺だと認識してくれたリップちゃんの頭を撫でながら、「マーサさんは?」とゴーザさんに聞いた。
「母ちゃんなら家だ。二人でいても仕方ないだろうとな」
「わかりました。ならゴーザさん、今日はよろしくお願いします」
「わかった。言われた通りにはするが……ワシ、演技はそこまでだぞ? 本当に大丈夫か?」
耳打ちしてくるゴーザさんは心配そうにしているが、問題ないと伝えて落ち着かせる。
もちろん演技は上手い方がいいかもしれないが、そこまで求めていないため特に問題はないはずだ。というか、隣に立っているだけでも問題はない。
「おにーさん、ピューリスちゃんは……?」
「……ん? ああ、ピューリスちゃんか。ちょっとやることがあるから今日は来れないんだ」
「えー……いっしょにあそびたかったのに……」
落ち込むリップちゃんの頭を軽く撫でながら、「ピューリスちゃん、また次のお祭りは一緒に行こう、だってさ」と彼女からの伝言を伝えておく。
「……うん、わかった。ならリップ、ピューリスちゃんをあんないできるようにたくさんみてくる!」
「あ、ちょ、リップちゃん!? じいじを置いて行かないでくれぇ~!」
一人元気よく駆け出し、教会周りの屋台へと向かって行くリップちゃん。
そんな彼女の後をゴーザさんも慌てて追い、そんな二人の様子を見ながら俺もゆっくりと二人を追う。
まだ動きはない。
「おにーさーん! リップこれたべたい!」
「ならじいじが買ってあげよう! 小僧! 邪魔するんじゃないぞ……!」
目当ての屋台でも見つけたのか、立ち止まったリップちゃんが何かを叫びながら手を振っていた。
俺とゴーザさんも同じ屋台へと向かうのだが、その途中でゴーザさんが手を出さないように! とこちらを睨んで先に屋台へと駆け出して行った。
言われずとも譲りますよ、とゴーザさんの行動に苦笑を浮かべながら追いつけば、先程とは打って変わってニッコニコの笑顔を浮かべたゴーザさんがベビーカステラのような小さい焼き菓子を購入していた。
「おにーさんにもおすそわけしてあげるね!」
「お、ありがとうね」
数個をまとめて売っているらしい。
そのうちの一つを手に取ってこちらに差し出してくれるリップちゃんに礼を言って焼き菓子を受け取って素早く口に放り込んだ。
味はそこそこだが、リップちゃんが笑顔になるのならもうそれだけで正義である。
「はぁ……ワシの孫が可愛すぎる……」
「ん? 何か言いましたか?」
「孫が可愛い」
「あー……親父さんと同じこと言ってますねぇ……」
買って買ってと屋台を回ってはせがまれているゴーザさんであるが、本人は気にした様子もない。むしろ嬉しそうに頬を緩ませているのがよくわかる。
親父さんに似た面構えが親父さんと同じようにデレデレに融けている様子は、やっぱり親子なんだなと納得のいくものであった。
「おにーさーん! だいせいどうでおうたやるってー!」
「おーう、見に行こうかー!」
屋台を駆けまわっていたリップちゃんがこちらに大きく手を振りながら飛び跳ねている様子を見て、となりのゴーザさんが胸を抑えて蹲る。
一応心配して様子を見てみたが、なんてことはない。孫の可愛さがキャパオーバーしてしまっただけだ。
「ほらゴーザさん。リップちゃんが呼んでるんですから行きますよ」
「つ、連れて行ってくれ……ワシは孫への愛が溢れそうで歩けんのだ……!」
「どんな状況だよそれ」
行きますよ、となるべくゴーザさんの負担にならないように肩を貸して向かったのは教会の大聖堂。
ステンドグラスのようなものが壁一面を覆う様子はまさに圧巻の一言だ。中に入っていた他の住民たちも、ステンドグラスを見上げては感嘆の声を零しているのが目に見える。
そしてそんな大聖堂の一番奥には、聖女神国の象徴ともいえる聖女を象った巨大な像が鎮座していた。
目測で見ても5メートルは超えているだろうか。かなりでかい。
「おにーさん! じいじ! いっしょにすわろ!」
こっちこっち! とリップちゃんに手を引かれ、俺とゴーザさんはリップちゃんを挟み込むように大聖堂に設置されていた長椅子に並んで座った。
他の人たちも、続々と入場してきては俺たちと同じように長椅子に着席していく。
そして席が満員になり、それでも立ち見する人が出る中、大聖堂への扉を開けて入ってきたのは聖騎士の男たちだった。
「おや? いつもなら女性神官だったはずだが……」
「そうなんですか?」
俺の言葉に、ゴーザさんが頷く。
そして疑問に思ったのはゴーザさんだけではないらしく、周りの観客も鎧を身に纏った聖騎士が現れたことにざわついている様子だった。
「なにかへんなの?」
「聖騎士の人たち出てきたから驚いたんだってさ」
へー、とよくわかっていないリップちゃんであるが、彼女や俺からすればこれが初めての聖女祭である。いつもと違うと言われてもいまいちピンとこない。
だが俺たち以外の街の人々の疑問を他所に、聖騎士たちは構わず聖女像の前に整列して並ぶと兜を脱いで脇に抱える。
そして新たに神官らしき男が姿を現すと、神官はまっすぐ進んで聖騎士たちの前に立って指揮棒を構えるのだった。
◇
「いつもの聖歌とはまた一味違ったが……あれはあれで、またよかった」
「リップね、あのね! からだがビリビリーッ! ってしたの! あんなのはじめてだった!」
「そうか。いい体験ができて良かったね、リップちゃん」
「うん!」
聖騎士たちによる聖歌が終わり、他の人たちと共に大聖堂から出た俺たちは再び屋台が出ている場所に戻ってきた。あいにくと今の俺にとってはノイズでしかないため、全く聞いていなかったのだが。
今度は教会の外でレダくんたちの言っていた聖騎士腕試しマッチ(俺命名)が行われる予定であるからか、結構な人数がその開催を今か今かと待ち構えている。
「それにしても、暑いですね。大聖堂に籠ってたからか……いやはや、人の熱気はすごいものですよ」
「小僧の場合はどう考えてもその恰好だろう」
「そりゃそうだ」
ゴーザさんに言われて、あっつぅ~と文句を零しながらフードを脱ぎ、顔を覆う布を外す。
途端頬を撫でる風が、ものすごく心地良い。何だこれはめちゃくちゃ涼しい。
「……生きてるって感じがしますね」
「どんなかんじなの?」
「リップちゃんも大きくなったらわかるよ。この解放感は、癖になるかもしれない」
「人様の孫に変なことを教えるんじゃない」
ゴーザさんに肩を叩かれた俺は「冗談ですよ」と顔の布とフードを元に戻して苦笑する。
そんな中、また目を惹く何かを見つけたのだろう。リップちゃんが「あ!」と声をあげながら駆け出していくと、とある屋台の前で立ち止まってこちらを振り返って手を振っていた。
「じいじ~! これかってぇ~!」
「今じいじが買ってあげるからねぇ~!! でも逸れるからじいじと手を繋ごう~!!」
ピョンピョンとまるで年を感じさせない跳ね方でリップちゃんの元まで駆けて行ったゴーザさん。
そんな彼の後ろ姿を見て、俺は諦めたようにため息を吐いた。
直後、耳元で足音が響く。
「……」
すぐに肌が露出していないかを改めて確認した俺は、素早くゴーザさんの元へと移動する。リップちゃんにお菓子を買ってあげるのに夢中で俺に気付いた様子はなかったが、背中を少し小突くとすぐに気づいてくれた。
「……ゴーザさん。俺はこの辺で。少しの間ですが、任せます」
「っ……わかった。気を付けるんだぞ小僧」
ゴーザさんに一言告げた俺は、速足でその場から離れる。
『探知』でも距離を開けてこっそりついてきている奴がいるのがわかる。聖女祭は基本誰でも参加できるため、監視の一部がこちらに回っていることも想定済みだ。
だからこそ、こんな格好してきたんだよ。
「さぁてそれじゃあ……どんな奴らなのか、その顔を見せてもらうことにしましょうか」
顔を覆い隠した布の中で思わずニヤリと笑みを浮かべる。
そしてほんの一瞬だけ、監視の目から外れるように角を曲がる。
そして監視の追手が怪しむ前に、何事もないかのようにそれをゴーザさんたちの元へと向かわせたのだった。




