第118話:宿への移動
「マーサさん、ゴーザさん。色々と、ありがとうございました」
「ええ。困ったことがあったら、また遠慮せずに頼ってね」
「ふんっ……せいぜい、ワシとリップちゃんの邪魔をしな――ヘブゥンッ!?」
何か言いかけていたゴーザさんが恐ろしい速さで部屋の中へとぶっ飛ばされている様子を見なかったことにしながら、俺は片膝をついてマーサさんの後ろに隠れる小さな影に視線を合わせた。
「大丈夫だよ、リップちゃん」
こちらを見ては隠れてを繰り返しているその小さな少女は、俺が名前を呼ぶと恐る恐るといった様子でマーサさんの後ろから姿を現す。
「えっと……ごめんなさい。リップ、おにーさんにきらいっていっちゃった……」
服を摘まむ小さな手がギュッと握りしめられる。
俺はそんな彼女の頭をポンポンと軽く叩くように撫でると、両頬に手を添えて俯きがちだった視線を上げた。
少しだけ潤んだ瞳が俺と合わさり、俺はそんな彼女を安心させるように笑って見せる。
「いいんだ。それより、俺もごめんなさいだよ。お祭りが楽しみだったのに、帰ろうなんて言われたら怒っても仕方ないからね。確かにちょっとだけ落ち込んだけど、こうやって謝ってくれたんだ。すごいよ、リップちゃんは」
「おにーさん、おこってない……?」
不安そうな顔でそう俺に問いかけて来るリップちゃん。
そんな彼女に「もちろんだ」と頷いて見せると、目に涙を浮かべながら安堵の笑みをこぼした。
「それじゃあトーリさん。そちらのことは任せるわね」
「はい、任せてください。マーサさん達も、予定通りお願いします」
「ええ、わかったわ」
そんなやり取りを交わしながら、俺はマーサさんと笑顔が戻ったリップちゃんに手を振られて家を出た。
堂々と、顔を晒して街を歩く。
普通のことだろう。だがしかし、それを不安がる声が約一名。俺の隣を歩いていた。
「だ、大丈夫なのだわ……? こ、こんな堂々としてて……」
「問題はないよ。むしろ必要だともいえる」
「そ、そうなのだわ……?」
俺のローブの裾を握りしめながら歩くピューリスちゃん。
色々と考えた結果、俺は彼女をマーサさん達の家から別の場所へと避難させることにしたのだ。
「(さぁて、ちゃんと見てるだろうなどっかの誰かさん。ピューリスちゃんはもうあそこにはいないぞ)」
バレない程度に視線を周囲に巡らせ、『探知』で怪しい動きをしている者がいないか確認しながら街を進むが、今のところは通りすがる街の住民や巡回している聖騎士の姿しかない。
こうしてピューリスちゃんの顔を隠さずに移動させているのは、もう彼女がマーサさんの家にいないということを強く認識させるためでもある。
もし仮に俺のことが知られているのであれば、ピューリスちゃんが身を潜めている場所としてマーサさんの家は最有力の候補地となっていたはずだ。
そうなると今後常にマーサさん達の家が狙われることになってしまうため、敢えてピューリスちゃんを移動させることにしたのだ。これでマーサさん達の家が狙われる可能性は大きく減るだろう。
もちろん、ピューリスちゃん自身の移動先も考えている。
「ところで、どこに向かっているのだわ?」
「まずは俺が寝泊まりしている宿に向かう予定だよ。詳しい話はついてからになるけど、ピューリスちゃんの安全は保障する。安心してくれていい」
「よ、よかった……リップちゃんに帰ろうって言ってた時はどうしようかと思ったのだわ」
「それはごめんね。けど、後で君には詳しく話をするつもりだったんだ」
安心したのか、ホッと息を吐いたピューリスちゃん。
もちろんリップちゃんの帰宅に関しては『転移』によって一瞬で終わることからの提案ではあったのだが、それを知らないピューリスちゃんからしてみれば不安になるのも当然のことだろう。
「(魔法についての共有はしておくべきだろうな……それがなければ、ますます不安にさせることになる)」
マーサさん達はともかくとして、ピューリスちゃんには既にその魔眼によって俺の特殊性がバレているんだ。今更隠す必要もないうえに、今後は空間魔法を使う必要がある。
そのため宿に着いたらまずはそのあたりの話から始めることにしよう。
「ほら、ピューリスちゃん。逸れると危ないから手を繋ごうか」
「え……わ、わかったのだわ」
差し伸ばした手を躊躇いながらも握り返してくれたピューリスちゃん。
繋いだ手をブラブラとふざけるように大きく揺らしてやれば、彼女は少し照れくさそうな様子を見せた。
リップちゃんよりも二つ年上の彼女からしてみれば、やっていることが子供過ぎただろうか。
なら話でもして紛らわせることにしよう。
「ピューリスちゃん。楽しい話でもしよう」
「楽しい話、なのだわ?」
「そう。例えばそうだな……ピューリスちゃんは大きくなったら何になりたい?」
彼女を不安にさせないように何か話をした方がいいかと思った俺が真っ先に浮かんだのは、ハンルドへ来る途中で子供たちと話していた将来の夢について。
レダくんであれば冒険者、ブルーちゃんであれば服屋さん、イーロくんであれば研究者。
それぞれが、こうなりたい、ああなりたいという夢を楽しそうに語っていたことを覚えている。リップちゃんのお嫁さんになるという夢ももちろんそうだ。
「わたしは……わからないのだわ。みんなでお野菜を育てて暮らすって、そうずっと思ってたから」
「……そうか。なら、すぐじゃなくてもいいんだ。明確じゃなくても、こんなことがしたい、こうなってみたいとか。お母さんと暮らすようになった時そういった夢があれば、君の人生はきっとより楽しいものになるはずだよ」
「……そうなのだわ?」
「そうだとも! 俺にだって夢はある。だからこそ楽しいのさ。だからピューリスちゃんも考えておいくといいよ。お母さんと暮らす、その後のことを」
「……わかったのだわ」
そう口にして、うんうんと考え始めるピューリスちゃん。きっと今の彼女の頭の中では、大きくなってからやりたいことがぐるぐると渦巻いているのだろう。
まぁ、それはいい。
「(物陰から見てる奴がいるな。それも複数人)」
マーサさんの家を出て少し経ったくらいにはもう後をつけてきている者がいた。決して後れを取るつもりはないが、今を狙われるのは少々都合が悪い。
今回の目的はあくまでもピューリスちゃんを宿の部屋に連れて行くこと。それ以外は余計でしかない。
だからこそ、まだ陽の出ているうちに人通りのある場所を選んでいるのだ。手を離しているからチャンスだと思われては元も子もなくなってしまう。
そして仮に仕掛けられた場合であっても、ただの人攫いだと言い張られてしまう可能性だってあるのだ。やるなら決定的な現場でなくてはならない。
「(まずは相手がどこの誰なのか。そこをはっきりさせてもらおうか)」
背後からの監視が続く中、俺はピューリスちゃんの手を引いて服や布に小物、食料などを購入しながら宿へと戻る。
そして女将さんに「子供を一人預かることになってしまいまして……」と申し訳なさそうに謝りながら追加料金を支払い、空いていた二人部屋へと移るのだった。
罠にかけるのは聖女祭の日だ。
◇
「レオタイガ様! 例の子供が見つかりました! やはり予想通り、あの冒険者が匿っていたようです」
街の中でもひときわ目立つ大きな教会。
そんな教会のとある一室に駆け込んだ神官の言葉に、己が武器である金属鉤の手入れをしていたレオタイガは不機嫌そうに鼻を鳴らして立ち上がった。
「場所は?」
「一般住宅でした。しかし本日、例の冒険者が泊る宿に移動したことを監視につけていた者と聖騎士が確認しております」
「宿の場所は把握してるんだな?」
「もちろんです。合図があれば、すぐにでも襲撃は可能です」
部下である神官の言葉に、レオタイガはよしと頷いた。
「宿に移ったってことは、自分のところで保護するつもりか……? なら決行は明後日。聖女祭の日を狙え。安全確保ができるまでは引き籠るつもりだろう。そこを狙う」
「聖女祭の日……ですか? っ……!? で、出過ぎた口を! た、大変失礼いたしました!!」
何故今すぐにでも動かないのか。そう疑問に感じた神官は首を傾げて口にするが、己に向けられた殺意の視線に気づくとすぐに頭を床に押し付けて謝った。
神官に近づき、その横腹を蹴り飛ばしたレオタイガは「考えろや雑魚」と悪態を吐く。
「万が一にも、聖女神国が関与していると知られるわけにはいかねぇんだよ。師にとっても、今はまだこの国からの信用を落としたくはないはずだ。だったら、聖女祭で住民がここに集まる日を狙った方がいいだろうがよ。街に巡回の聖騎士が少ないことも、聖女祭があったから教会に警備を集中させていたと住民を納得させやすい」
「も゛……も゛うじわげござい゛ま゛ぜん……!」
「わかったなら早く連絡してこい。それくらいの役には立てよ」
己の体に治癒の魔法をかけながら立ち上がった神官は、一礼すると急いで部屋から出て行った。
フラフラで、今にも倒れてしまいそうな神官の背中に向けて、死なない程度の威力で『飛剣』を放つレオタイガ。
部屋の外で響き渡った悲鳴に満足そうに頷きながら、彼はにやりと笑みを浮かべた。
「まってろよクソ冒険者。この間の礼に、今度こそ殺してやる……!」




