第114話:露呈
「こんにちは、トーリです」
コンコンとドアをノックして暫く待つと、優しい笑みを浮かべたマーサさんが「いらっしゃい」と招き入れてくれる。
礼を言いながら中へと入ると、そこにはテーブルに並んでいる二人の少女の姿が目に入った。
赤色の瞳と桃色の瞳。
少しだけ桃色の少女の方が年上ではあるが、違いと言えばそれくらいしか見分けがつかない瓜二つの容姿をした二人の少女達。
その片方、赤い瞳の小さい方の女の子は、俺の顔を見るとパァッ! と花のような笑顔を浮かべてこちらに駆け寄ってくる。
片膝をついてやれば、「わーい!」と嬉しそうに飛び込んできた。
負担にならないように受け止める。
「おにーさん! こんにちは!」
「おーおー、リップちゃん。挨拶できて偉い! 将来は立派な宿屋の看板娘だね!」
「えへへ……リップ、えらい?」
「もちろんだともー!」
リップちゃんを天井に掲げるように抱き上げた俺はそのままグルリグルリと何度か回る。
ちょっとしたアトラクションのように感じたのか、最初は驚いた様子のリップちゃんだったが、二回転目からは楽しそうにはしゃいでいた。
ゴーザさんは大工のお仕事で出ているらしいので、彼の視線を気にする必要はない。
「あらあら、楽しそうね」
暫く回った後、ゆっくりとリップちゃんを降ろす。
少し目が回ったのか、ニッコニコの笑顔を浮かべながらふらついているリップちゃん。そんな彼女が倒れないように手を握っていると、様子を見ていたマーサさんが微笑ましいものを見る目を向けてで話しかけてきた。
マーサさんの言葉にまだ少し目を回しているリップちゃんは「うん!」と元気よく返事を返すと、もう一人の少女へと視線を向ける。
「ピューリスちゃんもやってもらお! たのしいよ!」
「え、あの……わ、私はいいのだわ……」
リップちゃんにつられるように俺もその少女を見れば、一瞬だけ合った目をすぐに逸らされてしまった。
リップちゃんの目を桃色に変え、少しだけ成長させただけの瓜二つの姿の少女。
ピューリス、という名前だけは事前に聞いているが、彼女がどこの誰なのかは全く分からないという状況だ。
俺は一度立ち上がると、怖がらせないように気を付けながら彼女の対面の席に着いた。
「こんにちは。俺はトーリっていうんだけど、君の名前を聞いてもいいかな?」
「……ピュ、ピューリス……なのだわ」
「ピューリスちゃん、よろしくね。おでこの方はもう大丈夫かな? 酷く打ち付けてたみたいだったし、痕になってなかったらいいんだけど……」
「も、問題ないのだわ……」
俯いてテーブルへと向けられている視線が忙しなく動き回り、発せられる言葉も緊張をはらんだものだった。
それでもつい先日のように決して喋らず、突然嘘つき呼ばわりされて逃げられたあの時に比べれば大きな進歩だろう。
緊張が抜けるようにと、少しの間彼女と他愛のない会話を続ける。
主には俺の話で、ボーリスという街で冒険者をやっていることや、リップちゃんのお父さんである親父さんがやってる宿に寝泊まりしていること。
そして今はリップちゃんと一緒にこの街に来ていることなど。
ちょこちょこと視線を俺に向けてくれるようになったことを確認した俺は、何か甘いものでも食べれば更に落ち着くだろうと『拡張』したポケットから飴玉を取り出した。
「っ……!」
「よかったら、食べるかい?」
甘いものを食べればいくらか落ち着いてくれるだろうと思って取り出したそれは、もう俺にとっては子供とのコミュニケーションツールの一つとなりつつある。
作り方も、砂糖を火で煮詰めて果汁を足して球状に作った『分隔』の壁の中にそれらを投入すれば、あとはそれをお空の上で冷やして固めて出来上がりである。冷蔵庫などがなかったため、どうするか考えた結果だ。お空は温度が低いって言うしね。
「あまいの! リップも食べる!」
「もちろんあるぞぉ。ほれ、あーんだ」
ひな鳥のように隣で口を開けて待っているリップちゃん。
そんな彼女の真っ赤な口の中にコロリと飴玉を転がした後、もう一つ取り出してピューリスちゃんへと差し出した。
「リップちゃんにも好評だよ?」
「…………い、いただくのだわ」
訝し気な目を向けていたピューリスちゃんだったが、俺の隣で頬を両手で抑えて破顔しているリップちゃんを見ると受け取ってくれた。
少しの間、視線を俺の顔と飴玉との間を行ったり来たりさせていた彼女は、やがて意を決したように飴玉を口の中へと放り込む。
「……っ! あ、甘い……のだわ……」
「それは何よりだ!」
「あまいよねー!」
たたた、と再びピューリスちゃんの隣の席に座ったリップちゃんが朗らかな笑みをピューリスちゃんに向ける。
その笑みを向けられたピューリスちゃんは「……なのだわ」と小さく首肯し、そしてチラと俺を見る。
「あの……その……ご、ごめんなさいなのだわ! ……わ、わたしてっきりあなたに誘拐されたと思ってて……」
しっかりと頭を下げて謝るその姿に、俺はただ一言「いいよ」とだけ言葉を返した。
その一言が意外だったのか、驚いた表情で顔を上げるピューリスちゃん。
そんな彼女に俺は続けた。
「気を失って知らない場所に居たんだし、最後に会ったのが知らないお兄さんだ。そう思うのも無理はないよ」
「で、でもわたし……あなたに助けられたのに……」
「大丈夫。誤解も解けてるんでしょ? 怖い思いをしたのは君だったんだし、俺はそこまで気にしてないから。無事で元気なら何よりだよ」
「……」
「ね? おにーさんやさしいでしょ!」
リップちゃんが「ねー!」と俺に笑顔を向けてくれたので、同じように笑顔を返す。
そんなやり取りを見たピューリスちゃんは、「そう、なのだわ……」と少しだけ困ったような笑みを浮かべてから安堵の溜息を吐いた。
「……トーリさん、改めて自己紹介を。わたしの名前はピューリス。助けてくれてありがとうなのだわ。お礼が遅れてしまったことは……その、ごめんなさい」
「いいよ。たまたまだったとはいえ、助けられてよかった。でもあんな夜に一人で出歩くのは危険だから、今後は控えておくようにね。お母さんも心配するだろう? まだ帰らない君を心配してるだろうし、もしよければ俺がお母さんの元まで送っていくよ」
「っ……それは、その……」
母親の話になった途端、ピューリスちゃんの表情が少し曇った。
そしてチラとマーサさんの方に目を向ける。
「……そうだわ。私、おじいさんにお昼を届けてあげなくちゃ。うふふ……早く帰ってリップちゃんと遊ぶんだって張り切ってたからねぇ。リップちゃんも一緒に行かないかい? おじいさん大喜びするから」
「リップも? いく!」
その視線に何かを察したのか、マーサさんが席を立って出かける準備をし始める。
そして家を出る直前、「家のことは任せるわね」とウィンクしてからリップちゃんと手を繋いで家を出て行った。
察しが良すぎて怖いまである。
「……二人がいると、話しづらいことなんだね?」
「ご、ごめんなさいなのだわ……」
「いや、謝らなくてもいいよ。君にとって、それが必要なことなら」
というか、家主とその血縁者以外を残して出て行くのはどうなのだろうか……いや、それだけ信用されていると考えておこう。
ともかく、俺だけを残した理由が彼女にはある。
「それで……俺には話してくれるってことでいいのかな?」
「……ええ、そうなのだわ。トーリさん……あなたがかなりの実力者だからこそ、お話させてもらうのだわ」
この家の人たちを巻き込みたくないということなのだろう。俺はピューリスちゃんの言葉を聞いて無意識に背筋を伸ばした。
いったいどんな話が出てくるのだろうかと、そう身構える。
「わたしのお母さんは……捕まっているのだわ」
「捕まってる? 何故そんなことに……」
「も、もちろんお母さんが犯罪を犯したわけではないのだわ!」
バンッ! とテーブルに両手をついて身を乗り出してくるピューリスちゃんだったが、すぐにシュンとして席に戻る。
「お、お母さん……いえ、わたしとお母さんは元々別の街に住んでいたのだわ」
そう言ってピューリスちゃんは話し始めた。
元々はハンルドの街から離れた村で親子三人で暮らしていたらしいのだが、お父さんが病気で亡くなったことで状況が変わったらしい。
『私が死んだら、ハンルドへ逃げろ』
そう言い残したことによって。
ピューリスちゃんは意味がよくわかっていなかったらしいが、彼女のお母さんはその言葉に従い、ピューリスちゃんを連れて村を出たらしい。
そしてこの街へとやってきたそうだが……この街に到着した数日後、突如として彼女ら親子は何者かによって襲撃を受けたそうだ。
「しゅ、襲撃……?」
「……突然、たくさん人が家に押し入ってきたのだわ。お母さんはその時、わたしを逃がしてくれたけど……代わりに捕まったのだわ」
「じゃあ、あの時君を誘拐しようとしていたのは……夜に一人で出歩いていた子供を狙ったわけじゃなくて、そもそも君狙いの誘拐だった……と」
その言葉にコクリと頷いたピューリスちゃんを見て、俺はなるほどなと腕を組んだ。
亡くなったというお父さんの言葉からして、彼女たちが狙われていることは予測できていたということなのだろうか。
そして彼女のお母さんもその言葉を疑問に思うことなく、娘のピューリスちゃんを連れてこの街までやってきた。
何故狙われていることが分かったのかなど、色々と謎が残るところはあるが……彼女の母親が捕らわれているこの状況でピューリスちゃんを狙うというのであれば、その襲撃者たちの目的は間違いなくこの子なのだろう。
「この街の衛兵に助けを求めるのは? この街に住んでいて家に襲撃されたのであれば、街の治安を守るのが彼らの仕事だ。力にはなってくれると思うが……」
「考えたけど、ダメなのだわ……」
その言葉に「何故?」と首を傾げた。
「……あの人たちじゃ、力不足なのだわ。あの大男には絶対に。あんな魔力、衛兵の人たちじゃ無理なのだわ」
いまいちはっきりとしないその理由に、俺は再び首を傾げた。
ピューリスちゃんのようにまだ幼い……戦闘の経験もなさそうな子供に、どうしてそんなことが分かるのだろうか。
彼女のお母さんがかなりの実力者で、激しい抵抗の末に捕えられたというのであれば納得もできるが、今の話から考えてその線はないだろう。
となると、それを判断できる何かがある……とか?
……魔力、と。そうきたか。
「それを俺に言うということはつまり、だ。ピューリスちゃんはその襲撃犯のそいつに、俺ならば勝てると、そう思ったから話してくれたのかな?」
「っ……そう、なのだわ」
そしてその何かは、確実に俺のことも見抜いていると。
なるほど、確かに。それじゃあ俺のことを嘘つきだなんて言うのも納得できる話だ。
何とも聞き覚えのある話だ。
あの時俺が見られたのは、俺の持つ属性そのものだったわけだが、今回は俺の持つ魔力そのものを『視』られてしまったと。そういうことか。
「ピューリスちゃん。一つ聞きたいことがある」
――君の『眼』には、俺はどう映っているんだい?
その言葉に、彼女はまっすぐに俺を見て答える。
「……見たことのない魔力を持った魔法使い、なのだわ」
桃色の瞳のその奥で、僅かながらに魔法陣のようなものが見え隠れする。
あの時は周りが暗くてよく見えていなかったが……なるほど、その目は確かに普通ではない。
魔眼の一族
フェイルさんが作成した『偽りの魔眼』の元となった、不思議な力を持つ眼を持った一族。
「気を付けようって、思ってたんだけどな……」
勇者物語にも登場するその一族の名前を思い出し、俺はため息と共に天井を仰いだ。
二回続けての露呈であるが、こんなの予想して回避とか無理だわ……うん。




