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07-07 屋敷の惨劇

 ホールから続く扉をくぐった瞬間に分かった。


 確かに――2階は1階と比べ物にならない程……ヤバい。


 1階は多少荒れているとは言え、長らく人が使わなかった屋敷という程度。

 食堂では皿がきちんと棚に収められ、寝室のベッドは整えられていたし、迎賓室の本棚はきちんと整頓されていた。


 けれど、2階のこの有様は――


 棚は倒れ、窓にかかったカーテンは無惨に破られ、外れたドアが倒れている部屋さえある。

 廊下には本や割れた花瓶、洋服や食器などありとあらゆる物が散乱し、壁紙も所々引き裂かれたように破られている。


 ――いったい此処で何があったってんだ……!?



「――行けるかい!?」


 あまりに騒然とした有様に気遅れして思わず固まってしまっていると、シスターにポンと肩を叩かれる。

 我に帰って無言で強く頷く。


「よし! 離れるんじゃないよ!」


 そう言ってゆっくりと前へ進むシスター。


 半開きになった部屋のドアを次々と開け、中を確認していく。

 どの部屋も強盗でも入ったかのように荒れ果て、とても絵画なんて探せるような有様じゃない。


 これは下手をすると……本当に盗賊とかに持ち去られた後かもしれないな……。

 そう思いながら順に部屋を見て回る。


 ――


「――ここが最後か」


 2階の部屋も大方見て周り、いよいよ目の前にある部屋を残すのみとなった。


 何故かその部屋だけしっかりとドアが閉じられており、心なしが他より重々しい空気に包まれているような気がする。


「いいかい? それじゃ、開けるよ?」


 そう言ってシスターがゆっくりとドアを開く。


 そっと部屋の中を覗き込み……思わず絶句する。


 他の部屋と比べてもより一層滅茶苦茶に荒れている室内。

 有りとあらゆる物が散らばり、壊れ、元の部屋の様子は想像すらつかない。

 元からその位置に置かれていた物は何1つ無いんじゃないだろうかという程だ。


 その中で、1つだけ異彩を放つ物が……。

 荒れ果てた部屋の中で、何事もなかったかのように、全くもって綺麗なまま壁に飾られている絵画。

 僅かすらかたがりもせず、窓から差す微かな月明かりに照らされ只静かに佇んでいる。

 豪華な額縁の中では、血肉の朽ち果てた髑髏が大きく口を開け、まるで何かに縋り付くように額の淵に向かって手を伸ばしている。


「――あった! あれだな」


「気を抜くんじゃないよ。何が起こるか分からないからね」


 シスターに付き添われ、慎重に一歩一歩、絵画に向かって歩を進める。

 散らばったガラス編や雑貨を避るため足元に気を配りながら進むうちに、ある事に気づく。


 床に敷かれた豪華なカーペット。

 その一部が真っ黒な染みで汚れている。


 慌てて周りを見渡すと、一ヶ所ではなかった。

 部屋中のそこら中に黒いシミが……。

 ある場所では大きな黒い塊となり、ある場所では飛沫のように飛び散り壁に点々とした跡を残す。


 ――あまり考えたくはないけれど……間違いなく血痕だろう。


 その有様にゾッとし、この部屋で起きた惨事を想像しそうになった――その時!


 窓の外でけたたましい鳴き声が響き渡る!!


 突然の事に、流石に驚いて身をすくめて固まる。

 ……が、よく見れば鳥が飛び去っただけのようだ。


 ホッと肩を撫で下ろし、再び絵画に向き直ろうとしたが――



「――! 油断するなって言っただろう――!!」


 そう叫んでシスターに突然突き飛ばされる!

 その怪力で、1メートルほど宙を飛び尻もちをつき床を転がる。


「痛ったた、何だよシス――」


 そこまで言って起きあがろうとし、愕然とする。


 シスターの全身に絡みつく、血塗られたように真っ赤な無数の……“手”!!

 まるで蛇のように蠢くその手の先を目で辿ると……絵画から伸びた血痕のような赤いシミが床をつたいシスターの足元まで伸びている!


 その“手”にどんどんと取り込まれていくシスター!


「に、逃げ……るんだ――」


 必死に抵抗しながら俺に警告するシスター。

 その目がどんどんと真っ赤に血走っていく……。



 ―――



「皆んな! 逃げろ!!」


 2階の廊下からホールに飛び出すなり、階下のティンク達に叫ぶ!


「え!? ちょっと、どうしたの!?」


 慌ててこっちを見上げるティンク。


「早く! 屋敷の外へ――」


 そう言いかけた瞬間、激しい音と共に背後のドアが吹き飛ぶ!

 勢いそのままに、追ってきた“ソレ”に突き飛ばされ俺の体がふわりと吹き抜けの宙に浮く。


 ま、まずい――!!

 落ちる……!


 一瞬の無重力を感じた後、階下へと落ち始める体。

 目の前にまで迫った天井のシャンデリアが視界の中でどんどんと小さくなっていく。



「ご主人様!」

「危ない!!」



 ちびっ子達の叫び声が聞こえたと思った次の瞬間、背中から思いっきり床へと落ちる。

 受け身も取れずに落ちたようで全身に激しい痛みが走り衝撃で息が出来ない――!


「――て、っ痛ってぇ」


 2、3度咳き込みどうにか声が出る。

 あまりの痛さに、死んだんじゃないかと思ったけれど幸い身体はまだ動くようだ。


 あの高さから突き飛ばされてよく無事だったな――


 どうにか息を整えて辺りを見渡し、驚く。

 ――ちびっ子達が俺の下敷きになって倒れていた。


「お、お前ら!!」


 身を呈して俺を受け止めてくれたようで、2人とも顔や腕を擦りむいている。



「……だ、大丈夫ですか、ご主人様?」

「……お怪我は?」


 どう見ても俺より重症なのに、心配そうに俺を気遣ってくれる2人。


「お前ら、馬鹿野郎! 何やってんだよ、無茶にも程があるだろ!?」


「……ご主人様こそ、何言ってるんですか」

「そうですよ、ご主人様こそ馬鹿野郎です」


 そう言って2人揃ってふらふらと立ち上がる。


「だ、大丈夫ですか皆さん!?」

「ち、ちょっと! 2人とも動かないで! アンタも大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ってくるシルバーソードさんとティンク。


「もう、ティンクさんまで何言ってるんですか」


 そう言って、辛そうなのを我慢してにっこりと笑う木の盾ちゃん。


「そうですよ。私達……“防具”ですよ! ご主人様を庇うなんて“アイテム”として当たり前のこと」


 麻の服ちゃんが片腕を押さえながらフラフラと俺の側に座り込む。


「……よかった、お怪我はないですね。もぉ、ご主人様のためにせっかく少しはお役に立てたんですから、そんな酷い顔しないでください」


 そう言って、震える手で俺の顔を撫でる麻の服ちゃん。

 言われて気づく。

 俺そんな酷い顔してるのか?

 麻の服ちゃんの手を握り返す自分の手が震えている事に気付いた。



 一瞬の沈黙の中……


『オ――オオオオオ!!!』


 2階から獣のような雄叫びが聞こえてくる――



「な、何あれ!?」


 ティンクが声を上げる。


 一同揃って見上げると――目を真っ赤に血走らせたシスターが十字架を掲げ俺たちを見下ろしている。

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