◆プロローグ『春の風物詩』
四章です
「この世が幸福で満ちていればいいのにと、そう思ったことはないか?」
青年は眉雪を思わせるような表情と穏やかな声でこちらに訊ねる。
はて、生まれてこのかたそのようなことを心底から考えたことはあっただろうかと記憶の書庫から読み漁ってみるも、思い当たる記述はない。
「ないですね」
正直に答えてみれば、青年は「そうかい」と頷くだけだった。
なんとなしに書庫漁りを続けていると、別の記述を見つけた。
「あぁ、でも、――不幸なんてなくなればいいのに。とはよく思いますよ」
「そうなのかい?」
「不幸が好きじゃないですからね」
「そりゃあ、誰だってそうだろう」
「誰であろうと不幸なのが苦手なんですよ……。不幸という状況そのものが好きじゃない。見るのも聞くのも気分が悪くなる。悲劇は劇中であるからこそカタルシスを得られるのであって、現実にあってもただただ不愉快でしかない」
誰かの不幸で愉快になれたことなんてない。
「――だから、みんなが幸福であればいいと、そんな勝手なことを思うときはあります」
不幸が嫌いだから、不幸なんて見たくもないから、幸福であればいいのにと祈る。
道ですれ違った元気な子供を見てそのまま明るく笑っていろと思い、駅のホームで疲れを全身に滲ませている中年男性にいいことがあってくれと願い、顔も知らぬ人々の明日に幸あれと祷る。
「それは……、実質的には『幸福で満ちればいいと思ったこと』になるんじゃないかな?」
「実質的であって、本質的には別物じゃないですか。俺が願ったのは不幸の根絶ですよ。不幸が嫌いだから、不幸の対極にある幸福をとりあえず祈っておくんです。でも、そういうのってあまりにも幸福に対して失礼じゃないですか」
見知らぬ誰かの幸福に価値を感じたりするわけではない。近しい人であれば、その人の幸せに幸せを感じられるけれど、そうでない存在の幸せに割くほどの感情は持ち合わせていない。そのくせ、不幸は誰であろうと見ていて気分が悪い。だから、不幸が嫌いなのだ。無関心でいられない不幸という不愉快を、無関心でいられる幸福に押し上げたいだけ。
そして、それは憎悪ではなく純然たる嫌悪からくる。
憎むのではなく嫌うのが精々。
憎むのであれば、何かに祈るのではなく自ら排除しようとする。
嫌うからこそ、消えてしまえばいいと祈って終わってしまう。
排除ではなく、拒絶からなる無視。
そんなのを、純粋に幸福を願うだけの存在と並べてはいけない。
「なるほど、消極的な祈りだね。いや、キミにとっては祈りそのものが諦観からくるモノなのかな。――確かに、そういう心持ちは相応しくないのかもしれない。それはひどく打算的だ。高潔からはほど遠いせいで、潔癖な人からしてみれば眉を顰めるような考え方だ」
「でしょうね。だからまぁ、違うんです」
「うん。違うね。――でもさ、ボクはそれだって同じだと思うよ。違うけれど、同じだ。願いも、祈りも、向かう先は一つ。幸福な世界。不幸のない世界」
青年は手を差し伸ばす。
広げられた手はこちらへと真っ直ぐに向けられている。
「ともに新たなる秩序を敷こう」
この手を取れと、青年の目が力強く訴えてくる。
「キミがいれば、新たな世界が幕を開ける」
一歩、青年がこちらに近づく。
手は眼前に。
「さぁ! 手をッ!」
「いや、そういうのはちょっと……。ないですね」
特に悩む要素はなかったので、一歩二歩と引きつつ断った。
「…………」
「…………」
――沈黙が訪れた。
季節は春。
春だからなのか、虫や変人がそのへんから湧いてくる。
迷惑だね。




