↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/89

◆プロローグ『春の風物詩』

四章です

「この世が幸福で満ちていればいいのにと、そう思ったことはないか?」


 青年は眉雪(びせつ)を思わせるような表情と穏やかな声でこちらに訊ねる。


 はて、生まれてこのかたそのようなことを心底から考えたことはあっただろうかと記憶の書庫から読み漁ってみるも、思い当たる記述はない。


「ないですね」


 正直に答えてみれば、青年は「そうかい」と頷くだけだった。


 なんとなしに書庫漁りを続けていると、別の記述を見つけた。


「あぁ、でも、――不幸なんてなくなればいいのに。とはよく思いますよ」

「そうなのかい?」

「不幸が好きじゃないですからね」

「そりゃあ、誰だってそうだろう」

「誰であろうと不幸なのが苦手なんですよ……。不幸という状況そのものが好きじゃない。見るのも聞くのも気分が悪くなる。悲劇は劇中であるからこそカタルシスを得られるのであって、現実にあってもただただ不愉快でしかない」


 誰かの不幸で愉快になれたことなんてない。


「――だから、みんなが幸福であればいいと、そんな勝手なことを思うときはあります」


 不幸が嫌いだから、不幸なんて見たくもないから、幸福であればいいのにと祈る。


 道ですれ違った元気な子供を見てそのまま明るく笑っていろと思い、駅のホームで疲れを全身に滲ませている中年男性にいいことがあってくれと願い、顔も知らぬ人々の明日に幸あれと祷る。


「それは……、実質的には『幸福で満ちればいいと思ったこと』になるんじゃないかな?」

「実質的であって、本質的には別物じゃないですか。俺が願ったのは不幸の根絶ですよ。不幸が嫌いだから、不幸の対極にある幸福をとりあえず祈っておくんです。でも、そういうのってあまりにも幸福に対して失礼じゃないですか」


 見知らぬ誰かの幸福に価値を感じたりするわけではない。近しい人であれば、その人の幸せに幸せを感じられるけれど、そうでない存在の幸せに割くほどの感情は持ち合わせていない。そのくせ、不幸は誰であろうと見ていて気分が悪い。だから、不幸が嫌いなのだ。無関心でいられない不幸という不愉快(マイナス)を、無関心でいられる幸福(どうでもいい)に押し上げたいだけ。


 そして、それは憎悪ではなく純然たる嫌悪からくる。


 憎むのではなく嫌うのが精々。


 憎むのであれば、何かに祈るのではなく自ら排除しようとする。


 嫌うからこそ、消えてしまえばいいと祈って終わってしまう。


 排除ではなく、拒絶からなる無視。


 そんなのを、純粋に幸福を願うだけの存在と並べてはいけない。


「なるほど、消極的(ネガティブ)な祈りだね。いや、キミにとっては祈りそのものが諦観からくるモノなのかな。――確かに、そういう心持ちは相応しくないのかもしれない。それはひどく打算的だ。高潔からはほど遠いせいで、潔癖な人からしてみれば眉を顰めるような考え方だ」

「でしょうね。だからまぁ、違うんです」

「うん。違うね。――でもさ、ボクはそれだって同じだと思うよ。違うけれど、同じだ。願いも、祈りも、向かう先は一つ。幸福な世界。不幸のない世界」


 青年は手を差し伸ばす。


 広げられた手はこちらへと真っ直ぐに向けられている。


「ともに新たなる秩序を敷こう」


 この手を取れと、青年の目が力強く訴えてくる。


「キミがいれば、新たな世界が幕を開ける」


 一歩、青年がこちらに近づく。


 手は眼前に。


「さぁ! 手をッ!」

「いや、そういうのはちょっと……。ないですね」


 特に悩む要素はなかったので、一歩二歩と引きつつ断った。


「…………」

「…………」


 ――沈黙が訪れた。


 季節は春。


 春だからなのか、虫や変人がそのへんから湧いてくる。


 迷惑だね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。