138 来訪者
中空に光が生まれ、寄り集まって人型を取る。
その光はいつもなら、こちらを驚かせないようにじわじわと増えていくのが常である。
しかしこの時はどこか性急に、まぶしさを感じるくらいの勢いで、フェリシアが姿を現した。
「みんな、大変よ!」
開口一番、彼女はそう叫んだ。
表情には焦りが浮かび、声も掠れている。
「どうした、何が大変なんだよ」
「大変なのよ! 邪神が……邪神が復活してしまう……!」
動揺した表情はあの迷宮の底でも一度見たことがあるが、あの時よりもはるかにその色は濃い。
それほどに切迫した状況ってことなのか。
「落ち着けって! 何が起こってるか、順を追って説明してくれ」
「そんな状況じゃないわ! 瘴気が溢れて……今すぐにでも、封印が破れちゃうのよ!」
髪をかき乱すフェリシアに対し、俺は心が一気に凍てついていくのを感じた。
人間、取り乱している人間を目の前にすることで逆に冷静になるものだ。
封印が破れる。邪神が復活する。現場に居たフェリシアは取り乱しているし、それらは実際問題どころの騒ぎではないが、逆に言えば準備してきたものでもあるのである。
例えそれが、最悪の想定だったとしても、だ。
「フェリシアの言う通りの状況なら……封印は、もう諦めるしかないな」
「な、何を言っているのよ! 急げばまだ間に合うわ!」
「急ぐって言ったって……お前は一瞬でここに来れるから忘れてるかもしれないけど、迷宮の底までどれだけ時間がかかると思ってるんだ。転移は迷宮の内から外にはできても、外からは転移できないんだぞ?」
俺が言い返すと、フェリシアは一瞬言い淀み、
「そ、それは……。そうだわ! 大地の精霊! 大地の精霊の上位転移なら、迷宮内でも転移ができる! それで一瞬で迷宮の底まで行けばいいのよ!」
思いついたようにそうまくし立てた。
「何言ってるんだ、アーテリンデさんは決戦に参加できないって、お前言ってただろ」
彼女は大地を司る精霊であるため、邪神からの攻撃対象にされて、万が一害されては世界が崩壊しかねないのだ。
これまでその辺にふよふよ浮いてたから勘違いしてしまうが、本来俺たちに積極的に協力してくれるような存在ではないのである。
俺の反論にフェリシアが押し黙る。
それを横目に、俺はアルメリアに視線を送った。
「不十分な準備で邪神のところに行って、対処に失敗することこそが最悪の事態だ、って思うんだが……俺の判断は間違ってないよな?」
「……ああ、それでいいと思う。私としては、信じたくない事態ではあるけどね」
俺の言葉にアルメリアは一度唇を噛み、その後務めて笑みを浮かべ、そう言った。
彼女の言う信じたくない事態とは――すなわち、俺とフェリシアが全存在を賭けてコールゴッドを発動し、邪神の再封印を企図する策である。
俺たちの敗北という最悪の事態を防ぐためには、必要な判断だった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……。何諦めてるのよ、おかしいじゃない。今なら……今ならまだ間に合うのよ!」
「間に合う? 本当に間に合うのか? お前ずっと瘴気の動向を監視してたじゃないか。それにすら奇襲を掛けられて、間に合う余地が与えられてると思うのか? 間に合わなかった時にどうなるか、お前だって分かるだろ!」
なんでこんな時に、こいつはこんなにも頼りにならないんだ。
そう思って語調が荒くなる。
邪神復活の阻止を諦めるということは、俺は俺の命を九割方諦めるってことだ。俺だってそんな判断はしたくない。俺だってアルメリアやシータに諭されて、自分のことを諦めないって誓ったんだ。
……けれど、俺がその判断を誤れば、文明は再び滅ぶことになるだろう。
だからこそその線引きについて、フェリシア含め認識を統一してきたと思っていたのに。
決意を踏みにじられたような気分で、フェリシアに対して怒りが湧いて来る。
フェリシアこそ、率先してその決意をしてくれる存在だと信じていたからだ。
だからこそだろうか。
俺はふと、彼女のここまでの振る舞いを通じて、小さな違和感が生まれるのを感じた。
それは取り乱したフェリシアを前にして得た、一時の冷静さによるものか。
直前にアルメリアと話していた「邪神勢力の奇策」のことに引っ張られたのか。
はたまた旧友の名前を付けるほど関係性の深いアーテリンデさんのことを「大地の精霊」と呼んでいたからだろうか。
気が動転しているから、と言うことだってできる。
けれど、拭いきれない疑念のようなものが、脳裏から離れなかった。
「ん? 誰か来たようだ……ってああ、ズーグたちか。竜魔法を見せてもらうために呼んだんだよ。ちょうどいい、彼らにも話を聞いてもらおう」
アルメリアが訪問者たちを招き入れ、状況を説明している間も、俺は焦るように爪を噛むフェリシアをじっと見つめていた。
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「……なるほど、そうした状況ですか」
入室してきたのは、ズーグとトビー、カトレアとクリス、そしてアトラさんとホランドである。
説明を受けた面々の反応はそれぞれだが、ズーグが動揺も無くきっぱりとそう口にして、場は一つ落ち着きを見せるに至った。
「いずれにせよ、俺たちのやることは一つだ」
「ええ。これは想定した状況の一つに過ぎません」
俺の言葉にもはっきりそう答えてくれたが、少し含みがありそうに、ズーグは鼻から息を吐き出した。
恐らく俺が命を賭ける判断をするしかない状況に、忸怩たる思いがあるのだろう。
「いよいよっすね。やってやりましょう」
そしてトビーもまた、気合を入れるように拳を掌に打ち付ける。
ズーグともども、なんの衒いもない反応に少し安心する。
復活した邪神との戦いとなれば生死の保証なんて一切無いし、俺の死はほぼ決定している。
けれどこうして示される前向きの意思を見れば、戦いに向かう意気が高まってくるってものだ。
「それで、アタシたちは具体的にどう動く?」
「まずは方々に連絡してもらう必要があるな。俺も転移でいくつか向かうつもりだけど、俺だけじゃ説明に時間がかかりすぎる」
一次連絡をすれば後は何とでもなると思うが、少なくとも殿下・宰相・将軍には直接話をしに行きたい。
戦いだけでなく、状況的には避難も必要な可能性があるから、話は結構大がかりになってくるはずだ。
俺の言葉を受けて、誰がどこに行くかなど、各々がこれからの行動について相談を始める。
フェリシアの方を見ると、彼女は面々の後ろで表情を消し佇んでいる。
その姿は、先ほどの取り乱しようが嘘のようだった。
やはり……何かがおかしい。
確かにフェリシアの決戦における役割は、コールゴッド以外は少ないと言える。
けれどいつものフェリシアなら、率先して意見を出しているはずだ。
ならば、その違和感に対し俺はどうするべきなのか。
直接問いただすべきか。そして俺の「直観」が正しかったとして――。
俺は続きを考えるより先に、そのスキルを発動させた。
「……ステータス」
呟きは会話の中にあって、不思議とよく通った。
なぜ俺がそうしたのか。それに疑問符を浮かべる面々の中、フェリシアだけが強い眼差しで、こちらをじっと見つめている。
【ステータス画面】
名前:フェリシア・リンクス
年齢:1256
性別:女
職業:魔法使い(10)
スキル:神聖魔法(10)(SP残2)
ステータス画面に看破スキルの結果を映す。
フェリシアに対しては一度しか行ったことは無いが、その映し出された結果は以前と全く異なるものだった。
フェリシアは、被造物である俺のスキルは造物主の自分には影響を及ぼさないと言っていた。
事実、前に迷宮の底で行った看破では「――」のように結果は映し出されなかった。
アウェイクンなどの強力な魔法を得て俺の魂の位階が上がったのだろうか。
あるいは看破スキルのレベルが上がったゆえのことだろうか。
そうやって、言い訳はまだいくらでもできるだろう。
けれど、そうでないならば。
「お前……何者だ?」
この状況で、一つしか答えの無い問いを、俺は投げかけた。
フェリシアは口の端を吊り上げて、邪悪な笑みを浮かべ、
「大悪魔ネザーブラッド。……ご機嫌よう、下等生物ども」
フェリシアの声でそう答えた。
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