第1213話
「ほ、本当に………?」
あまりにも思いがけない再会だった。
だから、どう答えるかわかっていても、確認してしまう。
「ええ。そうよ」
よたよたと、母も元へにじり寄るハルバード。
恐る恐る母の手に触れ、肩に触れ、頬に触れた。
目も耳も鼻も、何もかもが母だと言っている。
そして何より、ハルバード自身がようやく、彼女がずっと探してきた母であると心の底から認めた。
——————なのに、ハルバードは泣くことも、声を上げることもなかった。
身も蓋もない言い方をすると感動シーンのはずだ。
しかし、感動以上に募った疑問が、全て塗りつぶした。
そう、そこにはあるべきものがなかった。
いや、在るべき者がいなかった。
それは、
「……………………お父さんは?」
探していたもう1人の両親。
これは、再会したばかりの母にかけるべき言葉ではない。
まずは喜ぶのが、お互いにとって最良のはずだ。
しかし、ハルバード尋ねずにはいられなかった。
ケンよりも年上のハルバードだが、人で言うところでは10歳やそこら。
彼ら長寿種は、外見が精神と繋がっており、精神もゆっくりと成長する。
故に、そんな気遣いは出来なかった。
実に子供らしい。
そして、その母親もまた、実に母親らしく、気丈に振る舞った。
「………ごめんね、ハル。お父さんは、ここにはいないの」
『ここには』 と母は言う。
そこに、ハルバードはどうしようもない絶望がない事を知り、内心胸を撫で下ろしていた。
だが、安堵することはまだない。
目的の半分は、依然として残っているのだから。
「………おい、女」
「!」
声の聞こえた方にパッとフリ向くハルバード。
そこには、自身を誘拐した奴隷の男が立っていた。
「少し早いんじゃないかしらツァリオ君。親子水入らずと言う言葉もあるのよ」
「知らん。どうする?」
「そうね、まずは事情を話そうと思っているわ」
ふと、違和感を覚える。
少し、会話が飛んでいると、ハルバードはなんとなく気がついた。
しかし、よく聞けば………否、聞かずとも、すぐにその理由はわからされることになる。
「あれ」
「奥よ」
「部屋は?」
「そうね、あなた部屋の隣を使ってもらおうと思っているのは」
「任せた」
「ええ。あとは私の方から説明と案内はしておくわ。お休みなさい」
男は話が絶望的に下手であった。
その意図を察するハルバードの母も凄まじいが、それ以上に口下手が過ぎるのではないかと、ハルバードは唖然としていた。
「待たせちゃったわね。それじゃあ、話を始めたいところだけれど………………その子、ぬいぐるみじゃないでしょう?」
「うん?」
一瞬すっとぼけようとしたハルバードだが、しかし向・こ・う・から指示をもらったエルは、ハルバードの手から離れ、頭の上に乗っかった。
「こんにちはなのです。エルの名前はエルなのです」
「あら珍しい。意思の疎通が出来る使い魔なんて、相当高位の魔物さんなのかしら」
「えっへん! 何を隠そうエルはバハムートなのです」
言いふらすな、隠しとけ、という注意は、念話可能なエルにしか聞こえていなかった。
「そう、バハムート………かの五色獣が一角。すごいじゃない。これからよろしくね、エルちゃん」
「よろしくお願いなのです。えーっと………お名前はなんって言うのです?」
素朴な質問。
とりわけ知られたくない事情がない限り、それは普通の会話であり、返事も当然望んだものが返ってくる。
そして、母に隠す理由はなかったし、隠さないといけない理由はない。
「………名前」
だから、ハルバードは妙に思った。
何故名乗らないのだろう、と。
信用できない、と言うことなら、彼らエル達が信用できる相手であると伝えようと思った。
が、
「えっ………!?」
何を聞く訳でもなく、声を上げるエル。
頭上でいきなり大声を出され、ハルバードはびくりと身をすくめていた。
それと同時に、母は察した。
「そう………まぁ、使い魔なのだから、主人が見えていると言うこともあるのでしょうね。エルちゃん、あなたのご主人様に繋いでくれる?」
「そのご主人様から質問があるみたいなのです、けど………」
「大体の予想はつくわ。おそらくその質問には、ないと答えることになるでしょう。確かに私は——————」
ケンがしようとしていた質問は、一つ。
今のアンタに、名前があるのかと言うもの。
そして、回答は——————ない。
つまり、
「私は、ネームレス。名前を奪われた、妖精の残りカス。そして、名前を奪われたから私はここの逃げ込むことが出来、名前が残っているから夫は捕まっている」
さぁ、と話を切り替えるように手を叩き、ハルバードの母はこう言った。
ー
「これから、私たちの話を語ります。それは、かつて集められた犯罪者たちの話であり、私がここにいる理由の話であり、私たちの敵についての話です」




