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第1212話



 「うぅ………」



 ひどい頭痛と共に、ゆっくりと目を開けるハルバード。

 寝起きのように思考はブレ、視界もブレていた。


 厳密には寝起きではないのだが、寝起きだろうが気絶だろうが、ハルバードには関係のない事だった。




 黙ってついてこい




 ボロのローブを着た男はそう言った。


 気を失う前に聞いた最後の声だったので、ぼんやりしている頭でも、比較的簡単に思い出せた。


 ただ、ついてくるも何も、気絶して寝かせているじゃないかというツッコミをしないのは、やはりそうは言ってもまだ頭がぼーっとしているからだ。


 しかし、思考も少しずつ明瞭になっていく。

 数分と言わず、十数秒で意識は完全に覚醒した。




 「——————………!?」



 声が出せない。

 口の周りをガチガチに固められていたからだ。


 何もできない。

 何をしても無駄。



 そんな状況が、かえってハルバードを冷静にさせた。



 「………」



 抱えられたまま、じっと男を観察するハルバード。

 見覚えはない。


 しかし、誰なのかは何となく察しがついていた。

 この男は、以前ルージュリアがハルバードの家に来た時に現れた謎の男だ。


 そしてその予想は、当たりだった。

 そう確信したのは、



 「ようやく捕まえられた………あのウンディーネにさえ邪魔されていなければ今頃とっくに終わっていたのに………余計な手間を増やしやがって………だいたい何で俺がわざわざこんな事を………こんなのは剣闘士の仕事じゃないだろうが………全く………」




 何も聞いていないのに、男が延々と独り言を言っていたからだった。


 延々に。

 誇張なく永遠に。

 歩みを止まるまでは止まる事なく喋り続けていた。


 別段言い聞かせているわけでもないと言うのが、かえって不気味だった。




 「あいつらよくも…………………む、ついたか」




 着いたと聞いて、ハルバードはここでようやく視線を男から周囲に逸らした。

 今の今までここがどこなのかわかっていなかったのは、冷静になったと言っても、こう言う状況に慣れていないと言う未熟さゆえだった。


 しかし、周りを見たところで、何が分かるわけでもなかった。


 あたりは薄暗くカビ臭い一本道だった。

 人の声も気配も一切ない。


 ただ、この先に何かが待っている事は間違いなかった。




 「………っ………」




 ハルバードはギュッと抱き抱える。

 そのまま抱いて来た、クジラ状態のエルを。


 すると、




 「おい、子供」


 「!」




 エルのことが気づかれたのかと思い、びくりと肩を振るわせるハルバード。


 しかし、男はエルには見向きもせず、抱えていたハルバードを雑に下ろし、扉の鍵を開けてこう言った。




 「しばらくここで過ごせ。家財一式は揃ってる」


 「………え?………いや、ちょっ………」





 雑な説明だけを終え、乱暴に扉の奥へ放り込むと、男は扉を閉め、鍵をかけた。



 あまりにも言葉足らず。

 意図はわからない。


 しかし、ハルバードには拒否権がないことは確かだった。




 「過ごせって………」




 進行方向は、一方しかない。

 身体は自然とそちらを向き、ふと気がついた。


 扉一枚隔てたその奥から、あかりが見えている、と。



 心細かったハルバードは、まるで吸い寄せられるように、徐に歩き出した。


 そして、扉に手をかけた。













——————————————————————————————














 ハルバードが誘拐された。


 俺たちがビーに連れ出され、外に出ている隙を狙って、侵入者がエルごと攫った。


 緊急事態だ。



 ヒジリケン一生の不覚と言っていい。



 故に、取り戻すには、コケにされたプライドとハルバードを取り戻すには、即座の行動が必要だ。

 敵がハルバードを狙う理由がわからない以上、猶予はない可能性も考えなければならない。




 「全ては、無能な俺のせいであるぅ、っ、でぇッ!?」




 と、ここまで勝手にモノローグを読み出したコウヤの頭を、俺が思い切りぶん殴った。




 「何すんだこの無能がァ!」


 「無能君に言われたくない。子供に負ける無能君に言われたくない。洗濯物一つまともに畳めない無能君に」


 「何もそこまで言わんくていいじゃん………」




 膝をついて項垂れるコウヤ。


 


 茶番だ。


 しかし、生憎俺たちには余裕がある。

 何せその嘘モノローグもまた茶番であるからだ。


 余裕たっぷりの俺たちは今、優雅に朝食を取っていた。




 「そうだリフィ、リルに礼を言っといてくれ」


 「肉で手を打つそうです」


 「へいへい」




 リル………たまにしか浮上しない、リンフィアの使い魔であるフェンリルだ。

 こいつには、ベランダにやってくる可能性があった、というか実際にやってきた敵の見張りを頼んでいた。


 そして、そこにもう1人の人物が来るかどうかの監視も頼んでいた。


 これは、さっきの話と繋がるのだが、俺たちはあらかじめ決めていたことがあった。


 それは、とある人物が来た場合、素直にハルバードを引き渡そうと言うことだ。

 それに際して、そいつが領主側の妖精を蹴散らして部屋に侵入するかどうかの確認用に、リルにベランダを見張ってもらっていたのだ。




 ビーの正体を暴くときに、俺がリンフィアに『いいのか』と尋ねたのは、目的の人物がやって来たかどうかを確認するためであった。


 Yesなら来ている、Noならいないと言う簡単なサインだ。


 まさか、初日から俺たちの事を見張って、やってくるとは思わなかったが、おかげで何日も張らずに済んだ。




 「今頃、失敗に気づいたビーは罰でも食らってんのかな。はは、ざまー見やがれ、ゴミクズが」




 放置された敵の部下も、男だったので服をひん剥いて路上に捨てておいたので、そのうち逮捕されるだろう。


 と、ちなみにその見張っていた人物というのは、




 「それにしても、来てくれてよかったですね。ハルバード君の保護者さん」


 「そうだな」




 そう、保護者だ。


 リンフィアの言う通り、その人物………ローブの男こそ、ハルバードを長年にわたって領主から守り抜いた人物である。




 「………ていうか、さ」


 「ん?」


 「確証はあるのかよ」





 確証………コウヤの言う確証は、攫った男がその保護者であるかと言う確証のことだろう。


 それについては問題ない。




 「エル越しに見てたから間違いない。ハルバードを寝かせる手つきは、これ以上なく丁寧だった。悪人のそれじゃない。と言うか、エル通して会話もしたしな」


 「「したの!?」ですか!?」




 そこは知らなかったようで、2人とも驚いたように起き上がった。




 「まーな。いや、警戒されてるのか自分のことは一切教えてくれなかったけど、あいつが白だってことは確かだった」




 しかしやはり、徹底ぶりは流石のものだ。

 だからこそ、俺たちが失敗しないように部屋を見張っていたのだろう。


 そしてのこのこ侵入者を家にあげた時点で信用ならないと思い、重い腰を上げて誘拐までしたわけだ。

 ハルバードを守るために。



 「んで、俺も丁度エルと視界をリンクさせて——————………………おい、マジか」




 予想外のものを見た。

 いや、これは俺も驚いた。


 出てくるとしても、このタイミングとは。


 2人は見えていないのでポカンとしている。




 エルの前、つまり、ハルバードの前に、あまりにも意外な人物が待っていたのだ。





 「そんなところにいやがったか………」







 その人物というのは——————














——————————————————————————————






















 あまりにも、唐突な再会だった。

 予期せぬなんてものではない。


 そもそも、ハルバードの中ではもう半分ほど、会うという行為ができない人物になっていたのだから。





 だからこそ、固まっている。


 嬉しさ以上に、疑問と驚きが勝っていた。



 しかし、そんなものは一瞬のことだ。


 抑えていたものは、氷のように固まったハルバードを、瞬く間に溶かしていき、すぐに言葉を零させた。


 彼女を、呼ばせた。




 「………お母さん」


 「!? へっ、えっ!?」




 ぬいぐるみのフリをするように黙っていたエルも、つい声を上げていた。


 扉を開いた向こう側にいた人物の以外すぎる正体に、クジラながらに鳥肌を立てていた。




 「………なん、で………」




 女は、何もないように、にこやかに微笑んだ。


 そして、こう言った。




 「元気してた? ハル」




 と。



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