第1211話
少し雑談して、ビーは玄関に向かう。
この世界では珍しい、玄関で靴を履くという行為を済ませ、全員揃って見送った。
ハルバードは名残惜しそうにしていたが、ビーにも事情がある。
それをわかっていたので、仕方なさそうに引き止めるのを我慢した。
「ああ、ちょっといいかい? そのお三方」
「?」
大人の話だとハルバードを引き離し、玄関を出て少し扉から離れるよう、ビーは誘導した。
不思議そうにしているハルバードだが、なんとなく空気を読んで引っ込んだ。
子供離れした、と長寿種に言っていいものかわからないが、クールに去っていった。
まぁ家の中なんだけど。
俺はそのまま扉を閉め、ハルバードに聞こえないようにした。
「どうしたんだよ」
「いや、ちょっとハルバード君のいないところで聞いておかなきゃならないことがあってだね………」
言いづらそうにモジモジしているので、俺たちはなんとなく顔を見合わせた。
まぁ、こちらとしても丁度いい。
「なんでもいいけど、俺も一つ聞きたいことがあるんだ」
「? なにかね?」
そして俺は一度、くるりと顔をコウヤの方に向けた。
と、その前に聞くことがあったのだと、まずリンフィアの方を向いた。
そして、こう尋ねた。
「リフィ、いいのか?」
「“はい”」
「?」
訳がわからなさそうに、ビーは首を傾げた。
もう少しそのままでいてもらおう。
そう、もう少し、後3秒ほど。
「コウヤ、質問だ。この世界で、要人の殺しは可能か? 不可能か?」
「可能かも、だ。ただ、役者が減らないために管理者がお告げを設定してるから、やったら名前を失うけどね。その弱体化の結果失敗する可能性が跳ね上がるのは間違いないかな」
「——————!」
傾げていた首が、まっすぐになった。
そして理解したはずだ。
疑われている、と。
今俺が尋ねたのは、この世界の基本ルール。
犯罪抑制のお告げがあるから、そこらじゅうの街の留置所は空っぽだし、衛兵も暇なのだ。
まぁ、正確にはシナリオの邪魔にならない犯罪なら防いでいないと思うので、衛兵自体が必要ないなんてことは無いだろう。
しかし、どのみち人殺しができないのは確かだ。
民間人でも………いや、民間人だからこそ知っているルール。
「当然、領主なんか殺すってことは、その覚悟はあるよな?」
俺はにこやかにそう言った。
何故なら、疑っているから。
殺すとなんの気なく言ってることに、俺は違和感を覚えた。
まるでそのルールに馴染みがないかのような。
民間人ではないような。
殺し犯罪を許されているような。
そんな気がした。
「………………」
そこには、隠す気のない顔があった。
思ったより早いネタばらしだった。
すると、ビーはなんの悪びれもなく、かと言って言い訳をするつもりもなく、潔くこう言った。
全部言ってくれた。
「バレちゃったのか。あたしが領主様からのスパイだって」
そう言いながらの拍手は多分、本心からだった。
本当に感心していた。
そして、ワクワクしていた。
「いやはやすごいねぇ」
それで、と言って顔を近づけてくる。
興味深そうに。
楽そうに。
「殺しか………そうさね。確かに、ルール外にいる組織メンバーからすれば、そんなお告げは身に染みてはいないから、つい言ってしまったよ」
失敗失敗と、戯けて見せた。
案の定領主も管理者と関係があったということだ。
組織の奴がいるのなら、流石にそれが第三者とは考えにくい。
先程自分から領主のスパイと言ってたが、言わずともそこは疑わなかっただろう。
だからこそ、ビーはああ言ってばらしたのだと思う。
さて、会話を続けよう。
「よくわかったね」
「これでも頭は回る方でな。考えてたンだよ。多分、本当にハルバードを見守ってた奴はかなり用心深い。権力者相手に捕まらず、顔さえバレずにいるんだからな。だから安易に拠点に乗り込む真似はしねーと思ってさ。お前のいう通り、敵連中がうちを見張ってるなら尚更だ」
そしてよく誘い込まれてくれた。
あの時………昨日の夜、ルージュリアと話していた時に一緒にいた女奴隷相手に話をわざと聞かせた甲斐があった。
向こうが俺たちも情報を掴んでないと知ったら、間違いなく接触を持ってくると踏んでいたのだが、こうも上手くいくとは。
「俺から漏れた情報をもとにやってくるなら間違いなく真正面からだ。だとすると、警戒されない奴が適任だ。お前が領主側なら、絶対来ると思っていた」
「そこであたしが敵だって気づいたわけかね。こりゃまいった」
もっとも、ハルバードに簡単に顔を晒しているような奴がハルバードを守っていた奴だとは最初から思えなかった。
だから、ハルバードの元に通う正体不明の女として注意していたのだが、これが大当たりだった。
「計算づくか。怖いね」
だが、バレたはずのビーだが、至って余裕であった。
それこそ、好奇心丸出しの顔は相変わらず歪むことはなかった。
「気になるかい? なんで余裕か。そもそも、あたしがあんなに話を早めた理由はね、みんなをあまり待たせるわけにもいかんと思ってのことなのさね」
「みんな——————」
俺の呟きを聞くや否や、その薄ら笑いは崩れた。
余裕が崩れ、快感が溢れた。
崩れた後にできたのは、泣顔でも何顔でも怒り顔なく、これ以上ないほどの、満面の笑みであった。
「あたしの目的は達成だ」
扉を開けると、この宿では間取り的に真正面から窓が見える。
窓は空いている。
そして、その手前にあるカーペットが、不自然に踏み荒らされている。
そして、見えはしないが、俺たちは意識すればわかる事。
気配。
家の中にあるはずの気配が、一切ない。
言うまでもない事だ。
聞くまでもない事だ。
わざわざ見せつけるようにビーが扉を開いたのは、きっと俺たちにこれを——————誘拐の完了を見せつけるためであった。




