第1210話
ドアノブに手をかけたところでふと俺は思った。
ああ、強いな、と。
気配、魔力、その他諸々、知識と経験が警鐘を鳴らしていた。
デジャブ——————と言っても、俺の記憶ではないが、かつてルージュリアから聞いた話と状況がよく似ている。
見知らぬ強者が、ハルバードもいるところを尋ね、今俺はその時のルージュリア同様に扉一枚挟んで相対している。
開けていいものか。
そんな思案を、とある一言がぶち壊した。
「ハルバード君、開けちゃあくれんかね」
笑顔になる音がした。
ぱぁあ、と、警戒が解けるのは、わざわざ後ろを見ずともわかることであった。
そのじじくさい喋り口調の女の一言は、まるでひらけゴマという呪文のように、流れるようにすーっと扉を開かせようとした。
ハルバードをそのように動かした。
しかし、
「待てクソガキ」
「うぎゃっ」
俺はハルバードを引っ張って後ろに投げ飛ばし、しかし知り合いだと確認が取れしまったが為に、渋々扉を開けた。
「………」
「ほほほ。こんにちは人間君。よく開けてくれたねぇ」
誰かが知らない。
しかし、そのボロ服は絶対に奴隷のそれだった。
それ故に、こいつが誰なのかは、なんとなく察しがついた。
こいつは多分、例の——————
「そう。あたしがハルバード君のところに入り浸っていた奴隷。そして、領主からその子を守り続けた保護者さね」
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朝食を食べていないという女奴隷は、無遠慮に俺たちの朝食を根こそぎ食って行った。
お陰で俺は朝っぱらから二度も料理をさせられると思ってウンザリしていたのだが、ハルバードが思いのほか優秀で助かった。
教えたレシピ通りに全部作ってくれる。
天才かもしれない。
と、こちらは問題なさそうだ。
下唇を噛んでものすごい顔をしてハルバードを睨んでいるいるコウヤを縛りつつ、俺は女奴隷の前に座った。
「さて、俺はアンタの名前も知らないわけだが」
「名前かい? 名前はビーさ。覚えやすいだろう? ついでに自己紹介を済ませるとだね、あたしは奴隷で剣闘士っちゅうわけさ」
適当すぎる自己紹介の後、俺のことは聞いているとさらっと流された。
話が早いので本題に入ってしまおう。
「んじゃビー。わざわざ接触してきたってことは、昨日の騒ぎは知ってんだな」
「もちろんさ。おたくらが来なかったら、あたしがあの子を守る予定だった。だからその点に関してはお礼を言わせておくれよ」
ありがとう、と。
ビーは深々と頭を下げた。
「差し当たっては、あたしがあの子を守る理由と目的を説明したいんだけども、時間の方はよろしいかね?」
「本当に話が早いな」
色々と、話をすっ飛ばされている。
自己紹介や問答が、飛ばされている。
まるで、何かに急かされているかのように。
一体何をそんなに急いでるのだろうか。
と、思っていると、やはり、またこちらがする質問をすっ飛ばし、ビーは答えを述べた。
「あたしは追われててねぇ。これまでも何度か領主の邪魔をしてたから、一家の留まるのはちょっと危ないのさ。ちゅーても、顔はバレてないからまだまだいけるとは思うがね」
「………なるほど」
そこは連中が言っていた通りらしい。
顔が割れていないから、俺たちがハルバードを守った、もとい今まで邪魔をしていたと勘違いされたのだ。
「そんじゃまぁ、本題に入るかね。と言っても、あたしの要件は一つ。あ、一つじゃないのか。いくつかの忠告さね」
「忠告?」
「そう。大会までの残りの数日どう過ごした方がいいのかって話」
ああ、いや、とビーは手を振りながら、こう続ける。
「無理強いはしないさね。参考程度に聞いてもらえたらめっけもんくらいの感覚で勝手に言うだけだよ」
とりあえず、聞くだけ聞いてみた。
「当然だけど、一つは監視の目。権力者相手に顔が割れた以上、監視は当然強まるし、ごろつき相手じゃない以上、正当性は向こうに引っ張られちゃうってことかね」
「まぁそうだよな」
当然だとビーが言う通り、それはあまりにも当然だ。
「気をつけてね」
「それも当然だ」
ここは予想できる。
しかし、他の忠告というのは何だろうか。
「もう一つは、忠告というかお願いになっちゃうんだけどね、なるべくハルバード君を外出させないでほしいんだな」
「あ? なんでだ?」
「いや、最近妙なのが彼の周りにうろついててね。これが領主の勢力かどうかもわかんないんだよ。だから、万が一のためにガチガチにしておいて欲しい。少なくとも、ことが片付くまで………あたしが、領主を殺すまで」
「「「!」」」
それは、なんとも過激な発言だった。
だからこそわかった。
こいつが、一体どういうやつなのかということを。




