第1209話
翌日。
早朝。
「というわけで、みんなこいつの面倒見てやってくれ」
なんとなく、ハルバードの頬をつまみながらそう言った。
多分はるかに年上なのだが、完全に触り心地は子供のそれだ。
めっちゃ柔らかい。
「よろひく」
おや。
あまり嫌がらない。
てっきり嫌がって腕を引っ叩かれるくらいのことを想定していただけに肩透かしを食らった気分になる。
えらく従順でやりやすい。
いいことだ。
では、きっとこれも聞いてくれるだろう。
「みんな喜べ。サボり要員であるあの馬鹿野郎が一時離脱して、代わりに即戦力が投下された。仕事が減るぞ」
「え゛」
「「Yeahhhhhhhhhh!!!」」
コウヤとリンフィアは勝利の舞を踊っていた。
特に、サボりのルージュリアと、家事全般無能のコウヤのせいで仕事が増えていたリンフィアはだいぶ喜んでいた。
「それでは早速俺の仕事を贈呈しよう、ちびっ子くん」
そう言って、俺が押し付けた洗濯物を、さらにハルバードに押し付けた。
「はぁ………………じゃあ、はい」
ふわり、と。
魔力が揺らぐ気配を感じた。
そしてふわり、と。
洗濯物が宙に浮かんだ。
ひとりでのライン工場。
魔力で浮かび、魔力で畳まれ、魔力で整理される。
まとまっていた洗濯物は、一瞬で畳まれていった。
「おぉ………」
「これは………………大戦力です」
家事をする組である俺とリンフィアはすっかり感心していた。
しかし、余裕の笑みというか、勝者の笑みを浮かべていたはずのコウヤは、あんぐりと口を開けていた。
「はい、じゃあどうあればいい? 俺、リビングだけとはいえ一人暮らししてたから、一応家事全般こなせるよ」
「お、おう………」
コウヤは危機感を感じていた。
仕事が出来ず、下手に動けない今、俺たち一行の間でみんなの役に立つには家事ぐらいしかない。
その家事が不得意なコウヤからすれば、こんな大戦力の登場は、まさに晴天の霹靂であった。
俺は、そんなコウヤの肩にポンと手を置いた。
「わかるぜ」
「き、金髪………!」
自身のヒエラルキーの危機。
それを理解してもらえて、コウヤは感動していた。
安心していた。
「コウヤ………いや、無能」
「言葉を慎めよ!!」
「おまえこそ慎め。いや、謹め。そしていい加減家事を覚えろ」
「逃げ道を残せよ!!」
コウヤは泣く泣く残った家事をしに台所へ向かうのだった。
「よかったなガキんちょ。お前はうちのヒエラルキー最上位だ」
「よこ一本なんでしょ」
「正解。あんなのでも、他の役には立つし、俺たちはそもそも下も上もないからな」
ハハハと軽く笑う俺を、ハルバードはじっと見つめていた。
視線………で、思い出したが、こいつには監視と保護ができる奴が必要だろう。
そして、丁度いい奴がいる。
「エル、出てこい」
「?………………」
ゆらゆらと俺の影が動き出したのを見て覗き込むハルバード。
少しタイミングが悪かった。
「さんじょッッ、う………ッ!?」
「うがっ!?」
跳ね上がってきたエルの頭とハルバードの頭が思い切りぶつかった。
まるでアッパーカットを食らったようにハルバードは仰け反り、撃墜されたエルもまた、ポテっと床に倒れていった。
「しばらく寝るとき以外はこいつのそばにいてやってくれ。仲良くしろよ」
「うぅ………はいなのですぅ………」
エルは頭を押さえて倒れ込むハルバードのところに駆け寄った。
怒られないだろうかと恐る恐ると言った様子で顔を覗き込む。
すると、
「いったぁ………………」
「ご、ごめんなさいなのです」
「もう! 急に飛び出たら危ないだろ………って、こいつ確かるーちゃんが持ってた………これ生き物?」
以前、ルージュリアにつけて家に着いて行かさせた際、ハルバードの前で喋らなかったせいか、ぬいぐるみか何かだと思われていた様だ。
まぁ仕方ないといえば仕方ない。
クジラのデフォルメなのはなんと無くわかるだろうが、よくよく考えると、デフォルメな時点でおかしな生物なのだから。
「今日からこいつと行動しろ。俺と通信できるから、困ったときはエル伝いで呼んでくれればいい」
「見張り?」
「ってよりは警護だ。今のお前は見守る必要があっても、見張る必要はない。まぁ、嫌だっつってもそばに置かせるからな」
そう言ったのだが、ハルバードとしては特に嫌だという様子はなかった。
「俺は気にしないよ。変な生き物が一緒でもいい」
「むむむ! エルは変な生き物じゃないのです! おかーさんの意思を継ぐ誇り高きすーぱーバハムートなのです!」
「へー」
乾いた返事をしながら、ハルバードは洗濯物を抱えた。
興味はなさそうだ。
「むきーっ!! だったらこれはどうなのです!」
「これもどれも、変な生き物は変な生き物なんだ、か………ら………………」
俺たちにとってはよく見る光景だ。
変身——————青髪の少女へと、姿を変えた。
エルの能力というか、生態?
すっかり見慣れたものだ。
しかし、ハルバードは初見。
流石に驚いたのだろうと、洗濯物をバタンと落とした瞬間思った。
が、どうやら驚いたわけではないらしい。
いや、ある意味驚いたのかもしれない。
驚くほど可愛いと思ったのだろうか。
とにかく、丸わかりなほど顔を真っ赤にしていた。
「ほー」
「わぁ〜」
俺もリンフィアも、どこか和んだ様子でそんな声を出していた。
「ケンくんケンくん! あれって、あれですよ! 私楽しくなってきましたよ!」
「落ち着けリフィ。確かに恥ずかしいくらいあれだ。だがそっとしてやろうぜ」
「う、うるさい!! お前もさっきの変なのに戻れよ!」
ハルバードは、そのままグチャグチャになった洗濯物を抱えて、クローゼットの方へ向かった。
エルは渋々元に戻りながらハルバードについていくのだった。
「心を開いてくれるか心配でしたけど、あれなら大丈夫そうですね」
微笑ましげにハルバードを見つめるリンフィアは、優しくそう言った。
「まぁ、今ンとこはな………………ん?」
コン、コン。
賑やかだった部屋が、一瞬で静まり返った。
空気が一気に張り詰め、俺も、リンフィアも、コウヤも、それぞれ警戒を強める。
朝っぱらからの来客。
一体誰だろうか。
「強い気配なのは確かだ。気は抜くな」
「はい」
ここまで警戒する必要はないかもしれない。
しかし、昨日の今日ではそれは無理というものであった。
俺は警戒心そのままで玄関に向かい、そして扉の前に立った。
そして、そっとドアノブに手をかけた。




