第1205話
つい先刻のこと。
両親の事をケンに話したと告げた途端、ルージュリアは血相を変えて飛び出して行った。
しばらく待っていると、いつも通り穏やかな表情になっていたルージュリアが帰ってきて、ハルバードに手紙を渡した。
そう、ケンから預かった紙切れだ。
「ケン君からです」
「………あの金色から?」
何もないような顔で、ルージュリアはええと返事をした。
先刻との様子の違いに戸惑いながらも、ハルバードはその手紙に目を通し始めた。
「………………!」
子供がするにはあまりにも苦悩に満ちた顔だった。
だが、それも一瞬のこと。
その目は、覚悟を決めていた。
内容は、短く書かれた断りの文章。
それは同時に、ルージュリアが怪しいという暗号の込められたものであった。
「………」
ここで感情的になってはいけない。
それくらいのこと、子供とはいえハルバードも理解していた。
しかし、子供というのはそんな理性よりも、あるがままの感情が出てきてしまうものだ。
だから、
「………………なんで、俺を騙そうとするの?」
気づいた時には、そう溢していた。
「………え——————」
心にも、表面張力のようなものがある。
一度溢れれば、落ちるのは、一滴だけでは済まない。
「お母さん達のこと、本当は何か知ってるんだよね。なんでいなくなったのか、どこに行っちゃったのか」
「いや、違……………」
「知ってるよね? 俺がずっと、墓に入れないで、あの辺をうろうろしてること。俺がどんな思いでお母さんとお父さんを待ってるのか、るーちゃんにはわからないんだ」
里親が決まり、孤児だった友達はみんな去っていった。
それでも、いつか帰ってくると信じているから、里親を探すことなく、1人で待ち続けている。
………だが、どこかでもう本当は会えないんじゃないのか、死んでしまったんじゃないかと思っているから、墓場に足を運んでいる。
そして、ふとそんなことで悩んでいる自分を振り返って、酷く惨めな気持ちになる。
信じきれず、けど諦めきれないという中途半端な立場のせいで、ハルバードはいつも1人だった。
「………帰ってよ。邪魔するんだったら………!!」
そして再び、自らの意思で1人を選んだ。
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「邪魔………」
トボトボと帰路につくルージュリア。
しかし、その表情はあまり暗いものではなかった。
背筋は伸びているし、心に大きな揺らぎはない。
あれだけ怒りをぶつけられて、だ。
側から見たら普通はこう思うだろう。
嫌われた、と。
だが、ルージュリアは、そう思えなかった。
彼女の想定している嫌われるはもっと酷いもので、同時にそうなる原因も、もっと………………いや、はるかにずっと最低と言っていいものであった。
要するに、これはマシな方なのだ。
もしも今抱えている事を知られてしまえば、嫌われるでは済まない。
これまでのツケが一気に膨れ上がり、憎しみへと変わるだろう。
だから、隠し通さなければならない。
ルージュリア達が背負ってしまった、その罪を。
「………………?」
珍しいものを見つけて、ルージュリアの思考が一時途切れた。
ものというか、人。
奴隷だ。
「どうしてこんなところに………」
奴隷と聞いて一瞬警戒を高めたが、よく見るとハルバードの言っていた女奴隷とは外見が違っていた。
それに、向かっている先はハルバードの家ではない。
………が、ルージュリアの警戒が解けることはなかった。
そもそも、こんなところに奴隷がいる事自体、妙な話だ。
しかも、主人を連れておらず、かと言って逃げている様子はない。
間違いなく、何かの命を受けている。
そしてそれは、最近ハルバードの周囲に奴隷の影が見えている以上、看過できるものではなかった。
気がつけば、ルージュリアの足はそちらの方を向いていた。
「………よし」
魔力を落ち着け、周囲に溶け込む。
今のところ、気づかれている気配はない。
息を殺し、相手の魔力を察知しつつ、可能な限り距離をとって追跡を始めた。
(さぁ、案内してもらいましょうか)
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追跡すること5分。
やはりハルバードのところに向かってはいない。
そのことには安堵しつつ、しかし、向かう方角には疑問を抱いていた。
(この先は特に何もない。ということは、誰も知らない何かが? いや………)
考えても、この先にそれらしい場所はない。
それなりにこの街の事を知っているルージュリアからしたら、それだけで妙に思ってしまうのだ。
だが、まだ気づかれてはいない。
せめて目的がわかるまでは、尾行を続行するつもりだった。
すると、
「!」
奴隷は、突然ピタリと止まった。
何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。
これまで止まることがなかったので、ついにバレたかとルージュリアは肝を冷やした。
だが、どうも何か特定のものを見つけた様子ではなかったので、ホッと胸を撫で下ろしていた。
しかし、その安堵は、すぐに崩されることになる。
「………………ぁ」
「?」
何かを言おうとしていることに気づき、ジッと奴隷を見つめるルージュリア。
同時に、誰かがいないかあたりを探るが、気配はない。
どういうつもりか——————
と、冷静だったのは、ここまでであった。
「ハルバード君、預かりますッ、ね——————」
破壊音と、そのほんの一瞬前に現れた、意思だけで殺せそうなほど大きな殺気に、奴隷は言葉を詰まらせた。
硬直は一瞬。
反応し、即座に硬直が解除したのは流石のものであった。
だが、その一瞬があれば彼女には十分であると、いつの間にか回り込んでいた彼女の目を見た瞬間、奴隷は理解した。
「っ………!!」
「吐け」
いつもの口調も忘れ、吐くか死ぬかを迫るルージュリア。
明らかに、冷静さを欠いている。
しかし、違和感に気がつくのは、そう遅くはなかった。
「………………!?」
かなり強めに締めているのに、まるで痛がっている様子はない。
いや、そもそも首を締めているような感覚ではなかった。
「選手は、大会の規定により攻撃禁止となり、同時に無敵になります。そして、権限によって重要なスタッフにもそれは適用されています。いくら貴方が強くとも、私には効きません」
「チッ——————」
無駄だと理解したルージュリアは、すぐに脱出してハルバードのところに向かおうとした。
その時だった。
そのハルバードの家のあるあたりから、黒煙が立ち上ったのは。




