第1083話
戦いは終わった。
しかし、患者が待っている今、俺たちに休んでいる暇はなかった。
元々治療は、ミッション達成のために必要な手順だったが、もうそれは関係ない。
今はとにかく、助けられる命を助けようと思う。
そんなわけで俺は、魂を移したG・Rと、治療の術を持っているミレアと共に領主の別宅へ急いだ。
馬車で4日はかかる距離だが、強化魔法を使って本気で走れば、2日でたどり着く事が出来た。
別宅に着いてすぐ、患者の保護を頼んでいた領主の召使い達に治療をする旨を伝え、ミレアに頼んで治療を開始した。
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視界がやや悪い暗がり。
乱れた呼吸と、苦痛の声が部屋中にこだましていた。
この疫病——————全てが明らかになった今、疫病と呼ぶのも変な話だが、それはともかく、病でない異常感染のリスクはゼロだ。
しかし、必ずしも安全というわけではない。
病むことのない苦痛が放つ悲鳴は、やはり耳障りのいいものではない。
患者には悪いが、やはりここは精神衛生上、だいぶよろしくないと言える。
領主を信じて彼らの看病をしていたここの召使いたちには本当に頭が下がる。
「………凄い………………苦痛が………」
「無理に見るな。倒れちまったら元も子もない」
「はい………」
感情を視認できるミレアに、この場所は少しきついだろう。
俺には想像もつかない悍ましいものが見えているはずだ。
「すぐにでも解放してやろう」
「ええ」
部屋の端、全体が見渡せる位置に移動する。
はっきりっとわかる。
今回力を会得したことで、ミレアは完全に神威をものにしていた。
しかも、縁を結んだ神がまさかラビと同じ神とは。
妖精も生物迷宮も、故郷は同じくこの国。
なんらかの因果はあるのだろう。
何せ、ラビは生物迷宮の正当な王の血族であり、ミレアも妖精王になる資格を持った存在なのだから。
と、考えているうちに、神威の用意が出来たようだ。
凄まじい力が、ミレアの中で渦巻いている。
「G・R、子供の魂を肉体に戻した方がいいんじゃねーのか?」
「そう………しましょう」
位牌を取り出すG・R。
それをスッと高く掲げ、ふと目を細める。
そして、
「やーっ!!」
叩きつけて壊した。
「うわぁ………思っていたよりも豪快ですね」
「これでいいらしいので」
「なんつー罰当たりな………」
しかし、魂はスッと持ち主のところへ帰っていった。
遠目からだがわかる。
確かに子供だ。
そして、ぶっちぎりで顔色が悪い。
これは正直、かなり酷い。
急がなければ。
「さっきの光を出せば、体の異常が消えるんだよな」
先の戦いで、あのデバッガー擬きに放った閃光が、ミレアの得た能力なのだろう。
「はい。あらゆる異常を正常へと帰す力です。この仮の肉体に巣食っている異常も、多分………」
本人の力量を声、異常を強制的に正常へ変換する力………『裁定』といったか。
なかなかの反則。
こうしてまた1人、俺の仲間は凄くなっていくわけだ。
「それじゃあ………行きます」
合図と共に、ミレアは能力を発動した。
周囲に染み渡る様に、光が広がっていく。
柔らかく、温かい光だ。
暗かった部屋は隅まで照らされ、影すら作らないほどに光は部屋を満たしていく。
不思議と、引き寄せられるような存在感を感じる。
神威のせいであろう。
すると、早速変化が突如生じ始めた。
「!! 身体が………!」
患者達は、部屋を満たす光を、少しずつ身体へ吸い込ませ始めた。
不思議な光景だ。
吸われた場所に暗がりが生まれ、無くなっていくのを感じる。
光という目ではっきりと存在を視認できないものの存在をはっきりと感じた。
すると、
「………………あ!」
部屋中に響いていた声が、次第に静まっていく。
心なしか、表情も柔らかくなっていくのがわかった。
確実に、何かが変わっている。
「よし………」
出した光は、全て吸われて消えた。
暗がりに戻る頃には、聞こえるのは静かな寝息だけ。
「………流石に、長い間眠り続けていたんですから、完全に良くなったとは言えませんが、もう大きな苦痛は消えています。成功です!」
俺は大声で歓声を上げた………………と言いたいところだが、流石にそういうわけにもいかないので、小さくガッツポーズを取った。
「これで………………本当に終わったん………ですね」
「ああ」
ぺたん、と地面にへたり込むG・R。
長い間張っていた糸が、ようやくここで切れたのだ。
まだ少しやることは残っているが、こいつはここで休ませてやろう。
「それじゃあ、早速ここの連中に知らせてくるな」
「それなら、私も行きます」
ミレアも、ここはそっとした方がいいと思ったようだ。
カイト市民への連絡、加えて患者達のアフターケアをするために、すぐにでも作業に取り掛かるつもりだ。
俺たちは部屋を後にし、薄暗い廊下を足取り軽やかに進んでいった。
しかし、
「「!」」
見知った魔力が、部屋に近づいている。
その人物は、特に周りに警戒されることなく、こちらに向かって来ていた。
一応、俺たちは武器を取って廊下の真ん中で待機した。
奥の扉の真ん中が、光に割られていく。
やけに重々しく、ゆっくりと扉は開かれ、そこには、
「お前………」
すっかり戦意を失い、呆然と立ち尽くすベルドランドの姿があった。




