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第1082話



 「うわああああああああああ!!!」




 屈強な冒険者達は、芯から恐怖し、プライドも何もかもかなぐり捨て、敵に背を向けたまま情けない声をあげていた。


 しかし、絶対に勝てない怪物を相手に、誇りも何もあったものではないだろう。



 一瞬にして、もう数人が殺された。

 その間、1秒にも満たない。


 その絶望的な字面と、それさえ飲み込む程に濃厚な死の気配が、余計冒険者たちの恐怖心を煽った。

 犠牲者の千切れた身体が宙を舞い、悲鳴と破壊音が響く。


 そんな地獄絵図のなか、たった1人だけが怪物に立ち塞がっていた。




 そう、『ノーム』だ。



 しかし、この最強の男を以ってしても、状況はあまり芳しいものではなかった。





 「チッ………出鱈目に強ェな」




 言語とは思えない支離滅裂な声を発しながら、その黒い生物は暴れている。

 あの『ノーム』をして防戦一方。


 幸いと言うべきか、より強い『ノーム』を見つけた瞬間、敵の興味は完全にそちらへ移っていた。


 しかし、興味が移ったところで、せいぜいこれ以上死人を出さないよう時間を稼ぐのが関の山であった。





 「ォ——————」


 「!!」




 巨体に見合わぬ高速移動。


 デバッガー擬きは、縦横無尽に駆け回り、虎視眈々と『ノーム』の首を狙っていた。





 「明確な殺意………自我があんのかァ………?」




 獣とは思えない正確な動き。

 確実に殺すための動作は、人間のそれであった。


 だが、幸いデバッガー程に捉えられない動きではない。

 『ノーム』はなんとか目で追いつつ、そこら中から聞こえる激しい足音に耳を澄ませ、攻撃のタイミングを図る。


 そして、




 「!!」




 真後ろ——————死角を狙い、一直線にデバッガー擬きは突っ込んで来た。




 『ノーム』の口角が上がる。

 攻撃に合わせてカウンターを差し込もうと、『ノーム』は振り返り様に棍に魔力を込め、威力を高めた。



 いざ——————










 と、意気込んで振り返った『ノーム』だったが、振り返ったそこには、何も残っていなかった。

 その途端に、一気に背筋が冷えていく。




 ——————マズい、完全に見失った、と。




 探そうとするも音は聞こえず、魔力に関してはそもそも探知が出来ない。


 隙が、生まれてしまった。



 その瞬間、





 「がッ!?」




 後頭部から、強烈な痛みが走る。

 咄嗟に気配を感じ、直撃と急所へのダメージは防いだが、凄まじい衝撃は、『ノーム』の意識を大きく乱した。




 「て………めェ………………油断させるためにッ………わざと速度を………!?」



 「ィ————————————ォ-\*%#|*」





 言語は通じない。


 しかし、嘲りは感じ取れる。

 どことなく感じる知性は、やはり人間のそれであった。





 「くそッ………………」














——————————————————————————————














 「マズいな………………あのおっさん、かなり強いけど、あのバケモンはそれ以上だ………けど、弱体化した俺たちじゃ助けに行っても………」




 そう言っている流だが、当然流もウルクも、ここにいる以上白紙化の影響を受けている。

 弱体化した現状では、サポートもままならない。




 「でも、あのままじゃダメだよ。あのおじさまじゃないと、多分あの黒いのには勝てない」




 ウルクの言う通り、ノームがダメな場合は誰が向かっても確実に殺される。


 だが、その『ノーム』も防戦一方だ。


 このままでは、じわじわと痛めつけられ、やられてしまうのがオチであろう。





 「ケンくん………その」




 言葉を濁し、煮え切らない態度で何かを伝えようとしているG・R。

 何が言いたいのかは、大体わかっている。

 しかし、




 「この前の超強化は無理だぞ。まだそれが出来るほど回復してない」


 「っ………じゃあもう………………………折角、ケンくんがここまで領主を追い詰めてくれたのにこんな………」





 あらゆる手を考えるが、それもこれもが先のないどん詰まり。

 時間を稼いだところで、あの『ノーム』よりも強い者を見るけることも、あれを倒せる軍勢を揃える目処もない。


 万事休すかと、皆が思っていた。












 ——————答えは、否だ。




 それは、この場で俺だけがわかる。

 あいつからの声が聞こえた、俺だけが気がついた。






 『お待たせしたのです、ご主人様。今、降ろすのです!』




 「!!」





 来た。

 俺は慌てて窓の側により、身を乗り出して上を見上げた。


 




 「………おい、お前ら………………勝ちだぞ」






 上空に見える人影。

 金髪の、派手な縦ロールの少女が、巨大な羽を広げて真っ直ぐ下にいる『ノーム』のところへ向かっていた。






 「チェックメイトだ」











——————————————————————————————












 「やるだけやってみるかァ………」





 限界まで酒を入れるべく、瓢箪を持つ『ノーム』。

 これで勝てるとは彼自身思っていないが、やるだけの事はやってしまおうと、少しばかりやけになっていた。


 すると、





 「………………!? なんだ!?」





 ネームレスの影響で、魔力を感知できない『ノーム』でも、はっきりとその気配を上空から感じ取った。


 デバッガー擬きに注意を向けつつ、上を確認する。

 するとそこには、




 「あの嬢ちゃんは、金髪坊主のとこの………!? だが、随分と様変わりして………」




 ミレアが上空で、2人を見下ろしていた。

 間違いなく加勢にやってきたものだ。


 しかし、ミレアではやはり勝てる相手ではない。

 そう思って『ノーム』は止めようとしたが、何故か踏み止まった。

 そして、直感した。



 「終わる」 と。







 「ェ——————ァ、あォ@“*^#_<>+€」






 デバッガー擬きは、グッと身体を伸縮させ、ミレアに狙いを定めた。

 これは流石に見過ごせないのか、『ノーム』は大慌てでミレアに叫んだ。





 「逃げろ嬢ちゃん!! こいつらとんでもない強さ——————」





 カッ、と。

 周囲を一瞬で飲み込む閃光がミレアから放たれる。



 得体の知れない光。


 単なる目眩しではないであろうその光が何を意味するのか、『ノーム』にはわからなかった。


 しかし、混乱するというよりは、妙に落ち着いていた。




 「この光は………」





 正体はわからない。


 ただ、悪いものではなかった。

 それは、この場にいる誰にとってもそうだった。


 たった一体を除けば。





 「………………………」





 呻き声が止み、デバッガー擬きは動かなくなった。

 何かに囚われたように、意識が沈んで消えている。


 そこに、ゆっくりと余裕を持って着地するミレア。

 羽をたたみ、目の前の化け物に歩み寄る。

 依然、圧倒的な強さは感じない。



 だが、妙な圧迫感と存在感は、不思議とあたりを支配していた。

 この状況で、悪い意味でなく目立っている。



 そして、ついにミレアはデバッガー擬きの前に立った。


 



 「そうですか。貴方が、領主なんですね」


 「何ッ!?」





 突然明かされた化け物の正体に、『ノーム』は絶句した。

 しかし、話は進んでいく。





 「これ以上、貴方に誰かが苦しめられることも、貴方が苦しむこともないでしょう。ここから先は “完全なる無” 。貴方はもう、()()()()()()()




 踵を返し、羽を消す。

 武器を納め、無防備な背中を晒したまま、『ノーム』のところへ歩いていった。


 当然戦意はない。

 必要なかった。


 もう、敵はいないのだから。




 「お疲れ様です。終わりましたよ」


 「………じゃあ、もう」


 「こうなる以前に、領主自身が亡くなっていたんでしょうね。異常が正常へ返った今、あるべき形に戻ったんです」





 光に飲まれた時から、すでにデバッガー擬きは領主となり、既に息絶えていた。


 異形は人に。

 生は死に。


 異常を正常に変える力は、たった一瞬で、この状況をひっくり返したのだ。





 「戦いは、もう終わりです」




 一月に及ぶ長い戦いは、ようやく終わった。


 ケン達はミッションをクリアし、ミレアは力を会得した。

 そして、悪しき権力欲は、光に飲まれて消えていったのであった。

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