第1031話
搬送出来るよう広めに作られた廊下を通り、奥へ進む。
突き当たりには、大きな扉があり、そこを開けばいよいよ病人とご対面という事になる。
「患者の方達には一切近づけないよう、防壁を何重にも張っていますので、どうかその外から中を覗いてください」
「心配ないッピよ。彼らはもともと医者として来てるわけじゃないッピから、見ても見なくても調査に影響はないッピ。自分たちがこれから助ける患者を一眼見るためにここにいるんだッピよ。ね!」
「そういうこった」
なぜ俺たちが呼ばれたのはわからないが、医学を頼りに呼んだわけではないだろう。
というか、そもそも俺たちは疫病の治療をしにきた訳ではない。
領主側が調べた情報………疫病の原因となっている可能性のあるものを調査する役として呼ばれたのだ。
故にここは、本来ならば立ち寄らなくてもいい場所。
来るとすれば、ギルマスの言ったような理由くらいだろうか。
というのは建前だ。
普通はガラス越しだろうとそうでなかろうと、そもそもこれまでほとんど進展出来ていない疫病の調査をここで行うだけ無意味だ。
だが、俺は中でも数少ない例外だ。
何せ、知る力があれば対象の状態を事細かに見ることが出来るのだから。
「さて………一体疫病の正体はなんなのか………」
だれにも聞こえない声でそう呟き、神威の準備を整える。
そして、重い扉はキリキリと甲高い音を上げながらゆっくりと開いていった。
次第に見え始める病室。
何重ものガラスに隔てられた病人が少しづつ見え始め、そして——————
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空からはいつの間にか夕日が差し込み、うっすらと星の見える時間になっていた。
「………………」
結論から言って、原因は分からなかった。
あの後一通り見て回ったが、結局何も分からず仕舞い。
予定していた時間も過ぎ、これ以上は無駄だと見限った俺は、ミレア達と早々に退散した。
そして、執事の爺さんと一言二言交わし、領主が帰ってくる日程やそれまでに必要な準備、そして調査用の資料を受け取り、今は邸宅の入り口に立っていた。
「それじゃあ、調査頑張るッピよ。私はゲルニアと一足先に宿に戻るッピから」
ギルマス達は、調査の役目はないので、足早に宿へ戻った。
ということで、今はルージュリアを除く調査メンバー全員が集まり、自由時間もとい、調査の時間となった。
しかし、さてこれから調査に行こう! という気にもなれず、俺は入口で突っ立っていた。
「まー………元気出せよ。元々難病だ。原因がわからなくたって仕方ないさ」
バシバシと遠慮なしに背中を叩かれながら、コウヤに励まされた。
リンフィア達もなんとなく優しそうな目で見てくる。
——————違うんだ。
「………そうじゃねぇんだよ」
「ん? 何が?」
「元気付ける必要は無いってことだ」
というと、無理をしてると思われたのか、なんとなく優しい顔を向けれた。
平和な空気が流れるところ悪いが、今俺にとっては何より深刻な状況なのだ。
ついでに温度差を直しながら、しっかり現場を把握してもらおう。
この件が、俺たちの想像以上に厄介な件であるという事を。
「疫病の原因が見つからないで腐ってると思ったのか?」
「いやそうだろ」
「違うんだよ。落ち込んで無い。いや、落ち込み必要はないんだよ。少なくとも、疫病の事じゃねー。何せ………………………あの場に、病人は1人もいなかったんだからな」
「「「!?」」」
——————
———
その光景を、思い出す。
扉を開き、部屋に入ると真っ先気病人が目に飛び込んできた。
土色の顔と痩せ細った腕。
1人残らず苦悶の表情を浮かべ、中には身を捩り、悶えながら悲鳴をあげる者もいた。
病人特有の嫌な匂いが立ち込め、職員たちも相当気が滅入っている様子であった。
しかし、こういう他ないだろう。
あれが、隔離施設というものの形なのだ。
うめき声と啜り泣く声だけが延々に聞こえる地獄が、日常となっている場所なのだ。
まさしく、と言っていい。
治らない病の、終わらない地獄。
——————それでも俺の目は真実を告げていた。
妖精達の状態は、至って健康。
ああなるどころか、元気とさえ言えるほどに身体は健常であった。
ある、一つの部分を除けば。
———
——————
「——————あの中に、病人は1人もいなかった。でも、共通してある異常をきたしていた」
「異常………?」
疫病でなくとも、苦しんでいる事には変わらない。
つまり、苦しめているものがあるという事だ。
原因はもう、わかっていた。
「あそこの患者は、1人残らず魂に異常をきたしていた」
「「!!」」
ミレア達はビクッと身体をこわばらせた。
警戒もするだろう。
何せ魂と聞いてろくなことがないのは、先の戦争でも経験済みだ。
「魂………って、いわゆる魂か?」
「そうか。お前は知らなかったな。まぁそうだな、いわゆる魂だ。肉体とは別に存在し、俺の全てはそこに刻まれている。だから、肉体とは違って小さな損傷でも凄まじい負荷がかかるわけだ」
しかし、損傷は見当たらなかった。
だが、間違いなく魂自体が不安定になっていたのだ。
何かあるはずだ。
「………待てよ………………そうだ。G・Rは、疫病を嘘だっつってたな。あいつならきっと………!!」
地下で出会った謎のエルフ、G・R。
変わったネームレスの少女だが、地下で領主への反乱を目論んでいる。
そのあいつが、疫病は嘘だと最初に言ったのだ。
地下に行って、聞くだけの価値はある。
「地下に行くんですか?」
「ああ。けど明日だ。約束は明日の——————」
それは唐突に、俺の心臓を揺さぶりながら、耳に鳴り響いた。
微かに感じる熱風。
振り返ると、そこには黒煙が立ち込め、少し暗くなった里を炎が照らしていた。
「「「!?」」」
突然の爆発。
それは、俺たちのすぐ後ろで起こっていた。




