第1006話
「いっ、つつ………流石に調子に乗り過ぎたな………」
脇腹がぱっくり割れるほどの深い傷。
筋肉を絞め、魔力で出血を抑えていたが、最後少し暴れたことで傷口が開き、立っていられないくらいの眩暈がし始めた。
勝負は終わったので神の知恵で回復魔法を使ったが、それでも少し疲労は残った。
「………………久々に………痛かった」
傷の塞がった脇腹をさする。
さっきのように、肉を切らせて骨を断つ策を取ったことは何度かあった。
今回は比較的マシな方だ。
でも、今回が一番痛かった。
悪意ではなく、正当な恨みの篭った一撃。
あいつの人間性が、怒りが、ここへ至るまでの苦悩が、全て乗った一撃であった。
正直、あいつのした事は許せない。
だが今回ばかりは、俺は裁ける立場に無い。
中立より、少し悪に寄ってしまった以上、資格はないのだ。
「………こいつ、結局死ぬんだろうな」
こいつはどの道羽を取り込んでいる。
殺さなければ、ミレアは王になれないだろう。
カーバンクルが殺さないと決めたら、その時は俺が殺す。
「ん………来たか」
いつの間にか、通報が入ったのか、衛兵らしき気配がこちらに向かって来ていた。
正直、連中は領主の犬だから見つからない方がいいだろう。
だが、このまま逃げてしまえば、多分しばらく手は出してこない。
手配書が配布されている時点で、衛兵の全てが領主側というわけでもないだろう。
権限が限られている以上、向こうも下手に動くまい。
「よーし、他の連中もとっとと落として全部終わらせるかな」
重い身体をなんとか持ち上げ、なんとか立ち上がった。
そして、出口に向かって、一歩。
前に足を進めた——————その瞬間。
「——————」
反射的に、身体は戦闘体制に入っていた。
疲労しているのもお構いなしに、全力の警戒をしている。
自分が、何かの………それも、只ならぬ何かの間合いに入った頃を瞬時に察知した。
「勘弁しろよ………!!」
これはマズい。
今感じる気配は、確実にガージュよりも強い。
連戦はしたくないところだが、そうもいかなそうだ。
気配は確実に迫っている。
音が聞こえないが、確かに気配は感じる。
俺は念のためアイテムポーチにしまった剣を取り出し、剣を構えた。
そして、その数秒後。
気配の正体は、姿を現した。
「………………失敗したッピね」
「!!」
聞き覚えのある語尾。
しかし、聞き覚えのない声で、そいつはそう言った。
そう、声の主は、目の前にいる白いピクシーであった。
「まぁ、ゴーレムの方はまだ終わっていないようだし、咎めるつもりはないッピ」
ピクシーという事とその独特の語尾以外、何もかもが違った。
言葉を吐くたび、動く度に体が強張り、目が離せなくなっている。
難敵だ。
全くもって嫌になる。
それと、近づいてはっきりと分かったのは、間違いなく、俺よりも強いという事。
「………………へぇ? どういうカラクリか知らないけど、よくこの白紙化した世界でそれ程までの技巧を得たものッピね」
「そりゃどーも………………出来ればこのまま帰って欲しいんだけど」
「ああ、いいよ。今君と戦っても変に長引きそうだし、ギルドの連中に見つかるのは正直好ましくないからね」
こいつとの気配とは別に、衛兵や冒険者の気配は元々感じていた。
それがくれば帰ってくれるだろう。
しかし、逆にいえばそれが来るまできっとこのピクシーは暴れるつもりだ。
でなければ、こんなところに来た意味がない。
つまり狙いは、当然にガージュだ。
「どうせ君も敵対していたんだ。身柄の確保くらい許してくれるッピね?」
「………………」
確かに。
つい今まで殺し合いをしていた。
片や仇討ち、片や仲間の同族の仇討ち。
俺は殺さなかったが、結局のところお互い望むのは、お互いの死。
であれば、殺してくれると言っているのだから問題はない筈だ。
問題は——————
「………待てよ」
俺はそのまま通り過ぎようとしているピクシーの前を遮るように剣を上げた。
「何かな?」
「そいつ、どうする気だ?」
「そりゃ始末するよ。俺達が何なのか知ってるッピから」
ふむ。
なるほど。
大体状況はわかった。
だとすれば、俺が取るべき行動は——————
「はぁ………………もう一戦か、よ——————」
「ふふ………………愚かだね」
初動。
ここで確実に仕留める。
で、有れば当然に用いるのは神の知恵。
しかし、通常モードでは足りない。
力がいる。
もっと濃い力が。
あの時、あのノームと戦った時のような、より純度の高い力が——————
3分。
それが神の知恵の限界。
しかし、この力にはある種の裏技があると、以前の戦いで気が付いた。
それは、消費時間を増加することで、よりレベルの高い力を使うことが出来るという事。
思考はより加速し、魔法もより効率良く、より早く発動できる。
体術のレベルはその瞬間だけ比肩することのないレベルへと昇華し、大抵のステータス差であればひっくり返す。
だから——————
「………………おい………………何の冗談だ………!?」
その攻撃を、軽々躱された俺は、悪い夢でも見ている気分であった。
ただ躱したのではない。
軽々躱したのだ。
圧倒的という他ないその実力。
これは、手を出すべきでは無かったのかもしれない。




