41 信者たち
クーガがここにいても仕方ないと客室を出たことにも気づかず、ロリンは豚太郎と念話していた。
『ホォクと名乗る獣人を助けたのですが、彼は隠れ里から国に来る途中で襲撃を受けたようでした。その彼から話を聞いたところ、隠れ里は危機的状況に置かれているとのことでした。この豚太郎は、我が主様は里に被害が出ることを望まないと愚考しましたゆえ、国の西側は新たに作り出した使い魔と吸血鬼で事足りると判断し、単身里に向かいました』
『げっ、それで里は!』
ロリンは、国が襲撃を受けているという状況で、里にまでオークが来ているとは想像もつかなかったのだ。相当な量のオークが国に攻撃を仕掛けていたということもあるし、そもそも国を狙っているものだと決め付けていたからだ。
ロリンの予想は実際間違っていなかった。北でロリンがオークたちの頭を潰すまでは、里に来るオークはただ何らかの理由で命令を逃れるかそもそも命令するのを忘れられるかして理由もなく偶然来ていただけだったのだから。
ロリンはまた椅子から立ち上がった。シャロの笑顔が頭に浮かび、考えなしだった自分に対する後悔と早く何とかしなくてはという焦燥感に駆られたロリンだったが、続く豚太郎の言葉がそれを消し去った。
『はい、既に里を捨て南に逃げていた所を救助させていただきました。真に遺憾ながら怪我人は出てしまったのですが、亡くなられた方は一人もいらっしゃらないようです』
「あーよかったー」
ロリンは脱力しながら崩れるように椅子に座りなおした。短期間で何度も激しく座ったり立ったりを繰り返されている椅子だが、アークトスや王の使用も想定された耐久力を持っているのでロリン程度の体重では軋む音一つ上げなかった。
ほっとしたロリンは、豚太郎を労った。
『本当にありがとう豚太郎。何かほしいものとかある?』
少し豚が何を食べるかと頭をひねって考え、トウモロコシとか、と続けようとしたロリンだったが、豚太郎の答えが頭に響くほうが早かった。
『いえ、そのお言葉だけで十分に過ぎます』
別に受勲とか金銀財宝とかあげようとしたわけでもないのに、というかすごい忠誠っぷりだなこいつ、と感じたロリンは吸血鬼の主従について色々と思い出していた。
吸血鬼の主と僕の間には、忠誠という名の状態異常のようなものが出来る。
これは正確には状態異常ではないため、精神異常耐性がある吸血鬼にも問題なく作用するのだ。
この忠誠というものは命令を聞くようになったりするものなのだが、同じような効果を持つ支配とも魅了とも違う特殊な状態である。
支配や魅了の場合、基本どんな命令にも忠実に従う。
支配と魅了で違う点は、その主に対する害をなす命令が下された場合にある。
支配の状態異常にあるものは、その支配の主にナイフを突き立てろ、と言われれば何のためらいもなく実行に移す。主の命令が全てであり主の命自体はどうでもいいのだ。
魅了の場合は、その様な命令は一部の例外を除いて実行しない。大好きな主を傷つけるなど持っての他と言うことである。一部の例外とはアンデットモンスターなどの主が死ぬことに何の問題もないと考えているものたちのことである。
今回問題となる忠誠は、このどちらともかなり違う。
忠誠は命令を聞くか聞かないかどうこうの状態異常ではないのだ。
忠誠状態にあるものは、自分がその主のためになると考えた行動を行う。命令をしてもしばしば無視することがあるのだ。今回の豚太郎のように、拡大解釈をすることもよくある。
先の主にナイフをどうこうの命令を忠誠状態のものが受けた場合、その命令に従うかどうかはその状況によって変わるのだ。主にナイフを突き立てることが主にとって益となると判断すれば実行するし、しなければ、である。
実際にはソードマジックファンタジー内でモンスターを僕にした際は、忠誠AIと呼ばれる特殊なAIに切り替えられていると考えられていた。
モンスターごとにその行動が変わるため、吸血鬼を実装したアップデートでどれだけ運営側ががんばったのかと忠誠AIに気づいたものは驚愕することとなった。
また、プレイヤーも吸血鬼化させることは出来るのだが、その場合は支配や魅了と変わらないただの命令絶対聞くマシーンと化すだけだった。因みにセクハラ命令をするとアカウントが消えて該当する法律に照らし合わせて法的に処分される。
それに吸血鬼から元の種族に戻るために必要な労力が半端ではないため、辻吸血などしようものなら掲示板にアバター名と特徴がアップされ一種の指名手配犯になることがほとんどであった。
それはさておき、豚太郎である。
豚太郎はロリンにこの世界における忠誠という状態がどういうものであるか教えてくれたのだ。
ロリンは吸血はよっぽどのことでない限り封印することにした。ロリンが考えたよっぽどのこととは、死に掛けの人がいてポーションでもどうしようもなくて一刻を争う事態で吸血鬼化させれば助かるというような状態のことだ。
今回は豚の戦士っぽいやつだったからよかったもののクレイジーサイコレズとか死生観ぶっとんでる宗教家とかを吸血鬼にしちゃったらあなたのためだからとかいって何されるかわかんないしな、という判断に基づく決定であった。
さて、それで豚太郎をどうしたものかな、とロリンが考えていると、申し訳なさそうな声が念話で飛んできた。
『本来ならば、そのお言葉だけで十分なのですが…もし我が主様のお手を煩わせることが許されるならば、一つこの豚太郎の願いを聞いてはいただけないでしょうか?』
頭に響いた声は、申し訳なさと共に切羽詰っている感覚をロリンに届けた。
里の人は助けたと言っていたのに、また何か問題でも起こったのか、とロリンは真剣にことを考える頭に切り替えた。
『いってみなさい』
それっぽく言ってみたロリンの言葉に、豚太郎の悲痛な声が返った。
『アークトス様とフォウ様に、この豚太郎が悪いオークではないと信じていただける方法はないでしょうか?』
ロリンは悟った。
もともとこのために念話を飛ばしてきたんだな、と。
ユームとシャロは、絶大な力を持った赤目のオークウォーリアーが申し訳なさそうにアークトスとフォウに詰め寄られているのを黙ってみているしかなかった。
凄まじい数のオークの大軍を容易く破り目の前まで来た赤目のオークの集団に、最初はユームも警戒していた。
が、ロリンの僕と言われたことで全て納得した。
味方であるはずのオークをばったばったと倒していき、さらには戦いが終結した時点で武装を解除したため絶対に何かある、不意を突こうとしているのかと警戒していたのだが、その何かがロリンだと言われてただただ納得したのだ。
オークが何故かしゃべっていることも、ロリンの力と考えれば納得である。十傑を退けたことやアークトスとフォウを豹変させたことを既に体験していたユームは、もはやロリンが何をしても驚かない自信があった。
そもそも、自分たち、というよりシャロが危機に陥っていると知れば必ずロリンが何かをしてくれると信じていた、ということもあった。
実際は豚太郎の判断だったのだが。
相手の一言で警戒をやめてしまったユームに、里の戦士たちも割と直ぐに順応した。
戦士たちは流石にロリンの僕の一言だけでは信用しなかったが、そもそも自分たちは助けられた立場であるので、疑い続けるのは失礼だと考えたのだ。
獣人は家族思いである。ユームのような最悪の予想をしてしまったものもかなりの数いたのだ。その未来を消し去ってくれたものを悪い目で見ることなどできようもなかった。
またロリンという人間なのにシャロを助けたものという前例があったのも大きかったのかもしれない。
とにかく里側の人間はかなりの早さで豚太郎たちを受け入れたのだが、そうでないものが二人だけいた。
それがアークトスとフォウである。
吸血鬼の固有スキルによりロリンに魅了されている二人は、里の人を守れと言う命令に忠実に従ったと言える。実際簡単に受け入れてしまっている里側はかなり無用心なのだから。
それよりも、ロリンの名前を出したことが二人にとっては一番の問題だったのだが。
「お前らよぉ!ロリン様の名前を騙ってただで済むと思うなよぉあぁ!」
「オークの分際でロリン様の名前を口に出すなんてどうかしてるんじゃないの?」
里の人を守れと言う命令は二の次だった。
ゲームではなく、現実となった魅了の状態異常は非常に面倒くさい作用をしていた。
ロリンのため、が忠誠ならば、ロリンに好かれるため、が魅了だった。
結果二人の代わりに里を救ってしまった豚太郎は嫉妬を受けることになってしまったのだ。
戦いが終わったことを知り、ユームの元に駆け寄ってきたシャロも、そんな醜い二人の様を見ることになってしまった。
豚太郎の災難は、ロリンの許可を得て二人を気絶させるまで続いた。
一日一話。次から一話が長くなるかもしれません。
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