39 大将首と
「お?」
日本における一日の豚の屠殺数に迫る勢いでオークを葬りながら北へと進んだロリンはスキルによって、大量のそれも強いオークが集まっている場所を発見した。
もしや敵の本陣か何かか、と考えたロリンは、見敵必殺状態を止め、隠密スキルを全開にして擬似透明人間状態になった。
別にそのまま殲滅しながら進んでもよかったのだが、頭を倒せば終わるようならそれで終わらせたかった。
なぜなら、もうマナポーションでおなかがたぷたぷしていて吐き気もしているからだ。出来ればもう魔眼を使いたくなかった。
敵の集まっている場所に近づいてみると、そこは村のようになっていた。
獣人のもののような木の上に建てられたものではなく、人間のもののような地に足をつけて建っているログハウスのような建造物の集合だった。
ロリンの素人目による判断だが、非常に新しいものに見えた。建てられて数日、もしくは一日経っているかどうかというほどの。
そして、村のようなものを作るために森が切り開かれていた。
なにより、村を守るために簡易的ではあるが木を使って高さ三メートルほどの壁が作られていた。
ロリンが、もしかして獣人より頭いいんじゃないのかオーク、と考えたのも仕方ないかもしれない。
ぐるりと周りを見てくれば、入り口があるのかもしれないが、ロリンは面倒だったのでぴょんとひとっとびで壁を跳び越えた。
無音で着地したロリンの目の前に、猪顔をしたオークがいた。
敵との接触があると、隠密系のスキルは大抵効果がなくなってしまう。
幸いそのオークはそのままロリンに触れることなく通り過ぎたが、少し無用心すぎたかな、と反省した。が、やはり面倒なので適当に進んだ。
目指す場所は、最も強いと思われるオークがいる家である。
何度もロリンが目の前を通り過ぎても、守っている扉を勝手に開けて入っても、ロリンは気づかれない。
オークからしてみれば、今のロリンは路傍の石ころのようなものなのだ。
目に見えても意識のうちには入らない。
たとえロリンが視界に入っても、それを生きている何かだと認識できず、直ぐに記憶からも失われてしまうのだ。
ソードマジックファンタジーでは、ただ探知系のスキルがない人からは透明に見えるという処理を行われるだけだったこのスキルたちは、この世界ではそういう形で作用していた。
透明化というスキルを持っているのではなく、気配遮断などの複合効果で透明人間と化しているのでこちらのほうが正しいのかもしれない。
そんなことをロリンは知らないが。
スキルを使用しているロリンは、透明人間状態で楽々村の中では大きめの家に侵入した。
中は特に部屋がいくつもあるわけでもなく、床も地面むき出しのままだった。
中にいたのは、二匹の猪顔をした体格のいいオークと、一匹の身長が三メートル近い白髪の猪の顔を持ったオークだった。
白髪のオークは、猪の顔をしながらも歴戦の勇士のような貫禄をかもし出していた。身にまとう全身鎧も他のオークより一段豪華で、それでいてちゃんと実用性に優れており、ロリンはこのオークが今回の大軍の親玉だと確信した。
二匹のオークは、椅子に座り机の上の何かを眺めている白髪オークを守るように後ろに立っていた。この二匹も今まで見たオークより脅威を感じたが、やはり白髪オークの影響で霞んで見えてしまった。
部屋の内装と中にいるもののざっとした確認を終え、もう一度よく古強者然とした白髪オークの顔を見たロリンは
「お、おっ○とぬしさま…」
とついうっかり声を漏らしてしまった。
それはごく小さな呟きだったにもかかわらず、三匹のオーク全員がロリンのほうを向いた。
びくり、と体を震わせ硬直したロリンだったが、三匹は三つ子のように同時に首をかしげると、元の体勢に戻った。
どうやら、無音の効果を引いてもロリンの隠密スキルを超えることは出来なかったようである。
ほっとしたロリンは一つ大きく息を吐こうとし、止めた。流石に間髪開けずにやらかすほど間抜けではなかった。
声のように意図的に発する音――手を叩くなど――でなければ無音の効果が発動するのだが、それでも少し心配になったロリンは忍び足で息を止めながら白髪オークの背後に向かった。
きちんと気づかれることなく背後に回ったロリンは、漆黒のダガーを振りかぶったが、獣人の王のことを思い出して止めた。
目の前のオークから感じられる強さは、王と遜色ないように思えた。
ならば、弾かれることもありえるのでは、と考えたのだ。
念には念を、ということで二本のダガーをアイテムボックスにしまい、一度左目を閉じて両目を赤く輝かせてから、赤黒い刀身を持つ刀を取り出した。
この刀の名前は、妖刀血い吸い君。
かつて四年生の一人がお遊びで作り出した魔の一振りである。
鋼鉄すら熱したバターのように容易く斬り裂くが、妖刀の名は伊達ではない。
この刀を手にしたものはあるバッドステータスにかかってしまうのだ。
それは、狂戦士。
敵だろうが味方だろうが中立NPCだろうが視界に入れば見境なく敵対行動をとってしまう状態異常である。
しかし、ロリンはこの刀を決闘騒ぎのときに使用したが、観客を斬り倒しになど行かなかった。
それは、吸血鬼が最初から持っているスキル、精神異常耐性大を鍛えあげた結果進化したスキル、精神異常無効化大のお陰である。
このスキルにより、恐怖、激怒、混乱などの精神に起因する状態異常は無効化されるのだ。
狂戦士も精神異常扱いなので、吸血の魔眼を開眼させていればロリンは問題なく血い吸い君を扱えるのである。
この刀を見るたびに、ロリンは思い出す。
街中で装備してみてね、というお願いにしたがってこの刀を手にしたことによって起こった痛ましい事件と、スキル精神異常耐性を上げるために何度も細切れになった貴のことを。
少しの間感傷に浸った後ロリンは、特にためらいもなく白髪オークの首を刎ねた。
何の抵抗も問題も呆気もなく、大将は討たれた。
そして、そのまま流れるように自らが守っていた主の首がぽーんと飛んでいくのを目を丸くして眺めていた二匹の首も飛ばした。
その様子を見て満足げにうなずいたロリンは、二匹が見ている目の前で敵対行動をとった結果剥がれた隠密系スキルを張りなおし、周りの状況を探るため探知系スキルを使った。
ロリンはスキルを発動してから、別に周りのオークたちまだ大将死んだって気づいてないから探っても意味ないじゃん、ということに思い至り、スキルの無駄打ちをしたか、と何が減るわけでもないのにもったいない気分になった。
が、ロリンの予想に反して、オークたちは一種の恐慌状態に陥っていた。
首を傾げたロリンだったが、テレパシー的なサムシングでつながってたんだね、と勝手に納得した。
そして、隠密系スキルで隠れながら強そうなオークだけを間引いて国への帰路に着いた。
空はもう直ぐ暗くなりそうであった。
「スラッシュスラッシュスラッシュぅううう!!!」
夜の森に、アークトスの歓喜に満ちた叫び声が響いた。
目的地なき撤退戦をしていたユームたち隠れ里の住人たちは、特に問題なく行動できていた。
夜が訪れるまでは。
ある程度南に下がってからは、オークの襲撃は最早なくなっていた。
そのため、警戒は続けながらも、南進の速度は下げ、休憩も多めにとっていた。
もしや予想よりもずっと早くロリンか王かが事態を収束させたのかと思われ、非戦闘員たちの間には笑顔も見えていた。
特にシャロは、お姉ちゃんが助けてくれたんだ、とずっとご満悦の様子であった。
しかし、夜を迎えて事態は急変した。
まるで恐ろしい何かから逃げるように、恐慌状態に陥ったオークたちの大軍が鬼気迫る表情を豚の顔に貼り付けて迫ってきたのだ。
今まで襲撃してきたオークは、流れ者らしさはあれども集団として行動していた。
だが、そのオークたちは数はいるが統率などと言うものはなかった。
ただ我先にと逃げ出した結果一緒になっただけ、といった集団だった。
量は多いが、きちんとした隊列を組んでいるわけでもないオークなど敵ではない、と思われたが、そうもいかなかった。
相手は背後を異様なまでに恐れており、意図せず背水の陣のような状態になっていたのだ。
死を恐れずにひたすらに迫ってくる大軍は、十傑八人を擁する里の戦士たちにも苦戦を強いた。
敵の中にウォーリアーやメイジ、果てはキングまでいたことも苦戦の原因の一つだっただろう。
夜が深まるころには、威勢のいい声を上げられるのはアークトスだけになっていた。
最早戦士たちに交代も何もなく、疲労や怪我は蓄積するばかりであった。
このままでは近いうちに死人が出る。
そうユームが考えたとき、それが見えた。
それは、大軍の背後から迫る、オークの集団だった。
今襲い掛かってきているオークたちとは、比べ物にならないほどの脅威を感じさせる、魔の援軍だった。
そのオークたちの一匹一匹が、下位の十傑に並ぶほどの力を持っているように思えた。
ユームの頭に、全滅の文字が浮かぶ。
オークは他種族の雌を攫い犯す。
もし自分たちが負ければ、娘は。
ユームは最悪の未来を想像しかけた。
しかし、そうはならなかった。
彼らは、魔の援軍。
真っ赤な目を持つオークの援軍。
「獣人たちを守れ!一人でも死人を出せば命はないと思え!」
『おおおぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!』
援軍は援軍でも、獣人側の援軍なのだから。
一日一話。
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