37 殲滅と
王樹から飛び降り、何事もなかったように屋根の上を駆けていくロリンを呆然と見送ったクーガは、直ぐに我に返り階段を駆け下りた。
ロリンほどではないが相当な速さで闘技場に戻ってきたクーガは、勢いそのまま医務室へと入った。
医務室には、どうしたらいいのかわからないと言った様子で未だ目覚めぬ王を見つめる狸族を薬師と、眠る王を守るように囲んでいる熊、牛、ライオンの三匹の獣がいた。
クーガはまず狸男に事情を聞いた。
どうやら、男もオーク襲撃を知り王を起こそうとしたらしいのだが、何をしても目覚めないらしかった。
ためしにクーガも三匹の獣に見つめられながら肩をゆすったり軽く叩いたりしたが、それでも王は眠ったまま何の反応もしなかった。
「ぬぅ…」
困ってしまったクーガに、薬師は自分の見解を語った。
「我らが王は何らかの技能を使って急激に姿を変えられました。今まで負っていた怪我も完治していましたし、その反動か何かなのではないでしょうか…?」
「そう、だな」
観客席より近い場所で戦いを見ていたクーガには、たまに王とロリンの会話が微かに聞こえていた。
いわれてみれば、王が姿を変え始める直前に、確か反動がどうと言っていたような気がするな、とクーガは思い出した。
ならば、何をしてもしばらくは起きないだろう。
そう考えたクーガは、最早ここにいても仕方ないと判断し、狸族の男に一言礼をいい自らも戦場に向かった。
空はもうじき、その色を変えようとしていた。
動く。滑らかに、力強く、繊細に、動く。
ロリンが去ってから少しの間、豚太郎はひたすら周りのオークを斬っていた。
そして、以前とは比べ物にならないほどよく動く体に感動し、ロリンへの忠誠をよりいっそう深めた。
「さて、これでは埒が明かないな」
かなりの数のオークを一太刀の下斬り伏せた豚太郎だったが、自分たちオークの量はその程度では減っている内に入らないことを理解していた。
故に、豚太郎はトゥルーヴァンパイアとしての力を解放することにした。
豚太郎はつい先ほどまでただのオークウォーリアーだったが、ロリンによって吸血鬼に変えられたそのときから、生まれたての馬がその場で立ち上がり歩き始めるように自らが扱える能力を把握していた。
「使い魔召喚」
自らの左の手のひらを手にもつ剣で切り、血を己の影に垂らしその言葉を口にした。
たちまち豚太郎の体格に見合った大きな影が蠢きだし、血のような赤色をした一〇匹の狼に姿を変えた。
ブラッドウルフ。
ロリンがいたならば、現れたそれらがそう呼ばれるソードマジックファンタジーのモンスターだと分かっただろう。
しかし、豚太郎の周りにはそんなことを知っているものはいなかった。
というより、オークしかいなかった。
生まれた一〇匹のブラッドウルフに、豚太郎は通常種のオークは殺し、ウォーリアーやメイジなどのオークは生かしたまま捕らえるようにと心の中で命令を下した。
その瞬間、豚太郎によって一種の空白地帯になっていたこの場所に雪崩れ込もうとしていたオークたちに向かい一〇匹の使い魔が踊りかかった。
血しぶきをあげる元同胞たちを一瞥し、豚太郎は中心街のほうを見つめた。
豚太郎の任されたこの場所の獣人たちは、よく戦っているようである。
ここで自分が倒し続けていることによって、後続が絶え非常に有利に戦闘を進められているようだった。
豚太郎は考える。
主には獣人を守れと言われたが、戦列に加われと言われたわけではない。
もし獣人たちが戦っている場所に向かえば、自分は強化されたオークウォーリアーだと思われいらぬ争いを生むだろう。
ならば、自分はこのまま更に西に向かい敵の本隊を蹴散らすべきだ。
豚太郎はそう判断し、西へと歩を進めた。
新たな僕を生み出すのは、使い魔を召喚するのとは訳が違う。
つまりMPの消費が激しいのだ。
ということでロリンはまたマナポーションを飲んでいた。
継続回復の効果はまだ続いているが、今からやろうとすることはまとまった量のMPを使うため、直ぐ回復させなければならなかったからだ。
今度は浩太製のやはり不味いマナポーションを飲み干したロリンは、北方面に着いた。
森と中心街の間の辺りを、オークに挨拶しながらロリンは北に向かっていたので、獣人たちが戦っている前線とも言うべき場所よりも奥に来てしまっていた。
「よっ」
一度跳躍して獣人たちの戦いの様子を確認し、ロリンは満足そうにうなずいた。
国民たちはきちんと戦い町への侵入は許していなかったのだ。
ロリンは全く知らないことだが、ホォクが懸念していた村ごとオークに囲まれて何も出来ずにやられる、などということは決闘騒ぎのお陰で起きておらず、きちんと五桁が五桁として機能していたのだ。
このままなら何とかなりそうだ、と思ったロリンは、回復したMPで早速スキルを使用した。
「使い魔召喚」
ロリンの血を吸った影が、激しく蠢きだす。
そしてその影から這い出してくるのは、蝙蝠などではない。
シャドウバットはただの吸血鬼が最初から召喚できる使い魔なのだ。
ロリンは使い魔召喚のスキルを極めており、先の決闘ではただひたすら数をだして王を見返したいという外見にふさわしい子供じみた考えで量なら出せる蝙蝠を召喚していたに過ぎないのだ。
今回は、そんなことは考えていない。
ロリンはお気楽に見えるが、きちんと人死にが出る可能性について考えており自重する気などないのだ。
そんな割と本気なロリンが今回召喚したのは、ロリンの小さな影からでは絶対に出てこれないであろう怪物だった。
それは、地獄の番犬。
全身を赤黒く染めた三つ首の犬。
ブラッドケルベロス。
それがロリンの出せる最強の使い魔の名前だった。
そのブラッドケルベロスが、次々とロリンの影から這い出し、最終的に一〇匹現れた。
ゲームのときと同じ、大量にMPを消費したときに感じる疲労感を覚えながら、ロリンはただ一言命令した。
「ここは任せた」
そのまま北に向かったロリンは、後に語り継がれることになる蹂躙劇を見ることは出来なかった。
続々とオークが向かってくる北に向かい、首をぽんぽんと二本のダガーで飛ばしながらロリンは今日何度目か分からないマナポーションを飲んだ。
使い魔は召喚しているだけでMPを消費するので、自然回復と課金ポーションによる継続回復をあわせても消費と釣り合うだけで回復はしないのだ。
このまま時間をかければ、首を自分の手で飛ばしていくだけでもいつかは殺しきれるとも思ったが、それでは怪我人最悪死人が出てしまうかもしれない。
魔眼を使わなければ、ロリンはそもそも火力を出せるようなスキルの取り方ではない。
つまりMPを消費しないことにはオークを殲滅することは出来ないのだ。
雑草を頬張ったような青臭い味のする浩太製ポーションを飲みきり、ロリンはふと疑問に思った。
獣人は絶対に殺せないし傷つけるのも嫌だ。
それなのに、オークは豚の顔以外太った人間といっていい姿なのに、何のためらいもなく殺せている。
何か得体の知れない凄まじい違和感がロリンを襲ったが、首を一度振ってそれを振り払った。
今は、それをよかったと思っておこう。
もしオークを殺すことにためらいを覚えていたら、獣人たち、というかシャロを助けることも大変だっただろうから。
悩むのは殺した後、と血なまぐさい結論を出したロリンは、右目を一度瞑った。
ロリンの双眸が、黄金の輝きを放った。
一日一話。
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