36 襲撃と下僕
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」
とは国の中心街に迫らんとするオークの大軍を王樹の上からみたロリンの第一声であった。
「何でこんなに近づかれるまで気づかないの気づけないのねえ!」
隣で呆然としているクーガの肩を激しくゆするロリン。
現実に戻ってきたクーガは、らしくないたどたどしさで語った。
「恐らくは、本当に、誇張でもなんでもなく、周りの村や里も含めて、国民全員が観戦しにきておったのだろうなあ…ぬぅ」
「馬鹿かよ!」
クーガを突き飛ばしたロリンは、口の中でぐちぐちと文句を言いながらアイテムボックスから高級マナポーション税込み五五〇円を取り出し飲み干した。
そして左目を一度瞑り、両目を赤く光らせた。吸血の魔眼である。
吸血の魔眼の問題点、それはMPの消費の多さにある。
ソードマジックファンタジーでは、ステータスをきちんとした数値で見ることは出来なかった。
力も早さも体力もMPもである。
特に体力とMPは見えないと非常に困るのだが、感覚で覚えるしかなかった。
そんなMPを吸血の魔眼は大量消費してしまうのだ。
吸血の魔眼を使用して吸血鬼状態になっているだけで消費するわけではないが、最初から吸血鬼のキャラと比べて種族固有のスキルを使うのに消費する量が多くなっているのだ。
霧に変化するのも蝙蝠などの使い魔を召喚するのも莫大なMPを消費してしまう。それが吸血の魔眼の致命的な問題だった。
MPは時間経過による自然回復を待つか、マナポーションなどのアイテムを使う以外に回復手段がなかった。
それなのに、種族固有のスキルを伸ばそうとすればそれを何度も使うしかなく、ポーションジャンキーにでもならなければまともなスキル上げが出来ないのだった。
ポーションも勿論無料ではない。
特にマナポーションは体力回復のポーションより高めなのだ。
自分で作る、という手もあるが、生産系のプレイヤーが吸血鬼になるメリットはほとんどなく、戦闘系のプレイヤーが普通に使用できるレベルのポーションを作れるほどに生産スキルを上げるのは莫大な時間がかかってしまう。
ロリンは浩太という生産系まっしぐらの友達がいたからこそ、吸血の魔眼を実用レベルにすることが出来たのだ。
以前までは無味で、こちらの世界に来てからは何故か非情に青臭く不味くなってしまった浩太製でない課金ポーションの後味に顔をしかめながら、ロリンは後どれだけ回復薬の類が残っているか数えていた。
浩太製作ポーションはまだ各種九九九近くあるが、課金専用高速回復効果持続回復効果付きのものはあと各種五つほどしかない。
絶対これ終わったらあのライオン王に代金請求してやるぞ、と決意を固め、苦々しくこちらを見つめるクーガに向き直った。
「ライオンヘッド起こしてきて、わたしはあれ出来る限り何とかしてくるから」
そう言うなりロリンは王樹から飛び降りた。
「お、おい!」
後ろからクーガの心配するような声が聞こえたが、ロリンは気にしなかった。
流石のロリンもここから普通に落ちれば無事ではすまない。真っ赤な花を一輪王樹の根元に咲かせることになる。
だが、勿論ロリンは投身自殺を図ったわけではない。
落ちる途中で幹を蹴り、一番近くの建物の屋根に向かった。
そして、その屋根に激突する直前で空を蹴り、ふわりと着地した。
二段ジャンプを使った着地法である。
実際に現実世界で二段ジャンプが出来たとしても、こうはいかない。
地面に激突する寸前に空中に足場を作り、それを蹴って上に跳ぼうとすれば、潰れる場所が地面から空中に出来た見えない足場に変わるだけである。
ただ二段ジャンプのスキルは発動した瞬間に下への移動速度を運動エネルギーなどを完全に無視してゼロにするというそういう仕様だったためこんな使い方が出来ただけなのだ。決してまねしてはいけない。そもそも二段ジャンプは現実では出来ないが。
物理法則を無視した着地を決めたロリンは、自重することのない速さで中心街の端に向かった。
国はニ方向から攻められているようだが、ロリンはまずオークの数が比較的少ない西側へ向かった。
ロリンは方角など分からないため西に向かった、という認識ではなく自分が来たほう、という考え方だったが。
数秒で端にたどり着いたロリンは、そこで既に激しい戦闘を繰り広げている獣人たちをひとっとびで跳び越え、オークが密集する地帯へと跳び込んだ。
そして着地地点にいた豚の首を純白と漆黒のダガーで瞬きする間に落とし、更に奥へと進んだ。
ロリンが目指しているのは、跳んだときに見えた一匹だけ部分鎧と剣を装備していたオークの元である。
ロリンは、流石に自分ひとりでこの何万いるのかわからないオークを倒しきれるとは考えていなかった。
なので、比較的敵が薄いこちら側は協力者を創って任せることにしたのだ。
ほんの数秒で目指す鎧オーク、オークウォーリアーのところにたどり着いたロリンは、それを残し半径五メートル圏内のオークの首を次々に落としていった。
そして一人取り残されぽかんとしているウォーリアーの首に後ろから抱きつき、その首筋に牙を立てた。
「ぶるるぶうう…あ、ああ…」
オークウォーリアーは、抵抗することなくその醜い豚顔を恍惚に染めながら、血を吸われた。
吸血鬼が血を吸う意味は何か。
食事としての吸血、では今回はない。
もう一つの意味、新たな吸血鬼の創造である。
ロリンに血を吸われているオークは、段々とその瞳の色を血のような赤色に変えていった。
そして、ついに完全に吸い尽くされ解放されたオークの戦士は、肌を少し青白くし、目を赤と知性の色で輝かせ、ロリンの前に片膝をつき臣下の礼をとった。
それを見て、前に試せなかったスキルがこちらの世界のオークに対しても通用したことを確信し、満足げにロリンは命令を下した。
「顔上げて、君の名前は豚太郎、獣人を守りながらオークをぶっ殺していって。あとちょくちょく豚吸って仲間増やしておいて。そのほうが楽でしょ」
コロセ、クラエ、オカセ。
彼の行動原理はそれしかなかった。
魔獣としてその姿のまま誕生した彼は、その三つにただ従い生きた。
オーク以外の動くものを殺して喰らい、雌なら捕らえ犯す。
幸い彼には他のオークよりも恵まれた力があった。
元から武器や鎧を持っていたし、知能も多少は高かった。
そのため、三つに従い生き残ることが出来た。
生まれてからずっと、そうして生きてきた彼は、ある日突然頭の中に声を聞く。
その声は、強制力を持って彼を動かした。
声のとおり今までの三つの原理を捨て、他のオークと合流し、食い物がたくさんいるところの近くでただ静かに潜伏した。
声に従うことにより、彼は前よりも強く、賢く行動できた。
しかし、本質的に彼は何も変わってなどいない。
三つの行動原理から、頭に響く声に従うものが変わっただけだ。
そして、そのときが訪れた。
食い物がたくさんいる場所への突撃を、声が許可した。
そして、久しぶりに三つの原則にしたがってよくなった。
コロシ、クライ、オカス。
そのために彼は進んだ。
だが、三つのうち一つも行う前に、彼の周りのほかのオークが突然死んだ。
あまり回らない頭を回して何が起こったかを理解しようとした彼を、幸福が包んだ。
それは、多幸感であり、充足感であった。
彼は生まれて初めて、満ち足りると言う感覚を味わった。
いくら殺しても、喰らっても、犯しても、乾き続けていた何かが潤った。
段々と思考もクリアになっていく。
今までの自分の行動原理が、どれほど愚かだったのかが理解できる。
ただ殺し、喰らい、犯す。
そんなことのために生きて、なんになると言うのか。
だが、分からない。それ以外の何をするべきなのかはまだ分からない。
しかし、彼の悩みは直ぐに解決することとなった。
欲望のフィルターがはがれ、クリアになった視界で、見たのだ。
彼女を。
その瞬間彼は理解した。
彼女こそ、自分の飢えを、心の飢餓を消し去ってくれた人。
彼女こそ、獣に過ぎなかった自分に、考えられる頭を与えてくれた人。
彼女こそ、自分の生きる意味、使えるべき主。
彼の頭に、すでに彼を縛る声は聞こえなかった。
彼を動かすものは、唯一つ。
「イエス、ユアマジェスティ。この豚太郎、この命に懸けてその使命を果たさせていただきます」
顔を上げた豚太郎の、その凄まじい忠誠のこもった言葉と表情を真正面からくらったロリンは
「お、おう。じゃ、オタッシャデー」
と引きつった顔で言って即逃げた。
北側に逃げつつオークの首を落としながらロリンは
「現実だとこういう感じになっちゃうのか…やべえ…。てかしゃべれるのかよ…」
とぶつぶつと呟いた。
ロリンのスキル吸血下僕創造:トゥルーヴァンパイアによって、デイウォーカー豚太郎が誕生した瞬間であった。
一日一話。
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