35 飛翔と
本日二話目です。
クーガさんを勘定に入れるのを忘れていたためその部分を変更しました。
申し訳ありませんでした。
森を埋め尽くすような肌色の大波は、隠れ里からまだ数キロ先の位置を進んでおり、そもそもそこに向かってきているわけではなかった。
先の軍隊とは違い通常のオークがほとんどのその大軍は、ホォクには国に向かって進んでいるように思えた。
だが、魔獣たちは完全に意思を統一できているわけではないらしく、別にこちらが分かっているわけではないのだろうが里に向かう方向に進路をとっているものもいた。
それらは本隊からしてみれば少数といえるかもしれないが、もともとの分母が桁違いである。
何千か何万か、ホォクには分からなかった。
自分が得た情報をその場にいた全員に伝えた後、ホォクは迷ってしまった。
「ど、どうしたら…」
ホォクは三つの牙、十傑で上から三番目、つまり獣人の中で四番目に強い獣人であるが、精神面が成熟しきっているほどの大人ではなかった。
そもそも遠距離という特性からユームやフォウに勝っているだけであり、純粋な強さとでも言うべきものはフォウはともかくユームには劣っていると自覚していた。
まだ彼は若かったのだ。
後輩の不安を感じ取ったユームは、男らしく笑った。
「早く国に行くんだ。こっちには十傑が八人も残るが、むこうの強者は王とロリン、それにクーガだけだろう?このままでは王とロリンは決闘をする可能性が高い。流石のあの三人でもこの数に手負いで真っ向からぶつかれば勝てない…はずだ」
最後は多少自信をなくしてしまったユームだったが、言いたいことはホォクにしっかりと伝わった。
ホォクは何も言わずに頷き、今度こそ飛び立った。
「さて」
ホォクが去った後の残った全員をユームは見渡した。
「王かロリンがこれを何とかしてくれるまで、生き残るぞ」
皆が力強く頷いた。フォウは少し楽しげであった。ロリンが助けに来るのを心待ちにしているようだ。
覚悟を決めた様子の皆を見て満足げに頷いたユームは、今後の方針を相談し始めた。
まず、撤退戦とすることを決めた。
といっても国に逃げるわけではない。国は敵本隊の狙いと思われるため、逃げる途中で本隊にぶつかることになれば、戦えぬものや怪我を負っていて早く動けぬものを最悪見捨てなければならなくなるからだ。
フォウのことだから一部は切り捨てろ等文句を言われるか、ともユームは思ったが、何も言われなかった。どうやらロリンに里のものを守るように何らかの技能で命令されているらしい。
全員で打って出る、ということも勿論出来ない。敵の総数は未知数である。耐え切ることが目的であり殲滅など望むべくもないのだ。
というわけで、攻撃部隊が打って出て敵の足止めをし、その間に里の全員が南に下がる。
一定時間経ったら攻撃部隊を入れ替え、また足止めをする。
そうして時間を稼いでいるうちに王とロリンとクーガと国民たちが敵を押し返すのを待つ。
想定される期間は最低三日、最高は不明である。
ホォクが休まず飛んで国まで一日ほど。それから国の者たちが破竹の勢いでオークを殲滅していって二日。なんの確証もない適当な計算である。
とにもかくにも、そういうことになった。
やることが決まったユームは細かいことの決定はフォウに任せ、自分は里の皆に状況を説明するべく外に出た。
既に獣人の鋭い聴覚には遠くから地鳴りが聞こえてきていた。
ホォクは国に向かい夜の森を飛んでいた。
上空から見れば分かるその圧倒的な敵の数。
六桁に届こうかという数のオークが国に向かって進んでいたのだ。
北から雪崩のように国へと向かうその魔獣の軍勢は、明日の昼にも国に到達しそうであった。
獣人の国の人口はギリギリ五桁ほど。そのほとんどが戦えると仮定しても、一〇倍である。
さらに、国の所謂中心街に住んでいるものは半分にも満たない。ほとんどが中心街の周りに小規模な村か里かを作って生活しているのだ。
一人ひとりはオーク五、六匹に匹敵するとしても村ごとオークに飲まれるような大群に囲まれ、さらにウォーリアーやメイジでもいればどうしようもなくなる。
要するに実際に五桁が五桁として戦えるかどうかは不明なのだ。
ホォクの翼を動かす力も強まる。
夜通しホォクは飛び続けた。
明くる朝もホォクは飛んだ。飛び続けた。
ホォクには人間の肉体部分はない所謂一等臣民であった。
身体能力は人間の比ではなく、持久力も高く睡眠時間も少なくても問題なかった。
実際の獣が人より持久力に優れているかといわれれば、体温調節機能等の問題もありどうとはいえないが、とにかくホォクは優れていた。
故に一睡もせずに飛び続けることが出来た。
しかし全く以って楽ではなかった。
そもそも昼ごろに大規模な戦闘を行ったのだ。
直接体をぶつけ合ったユームら里の戦士たち程肉体の疲労は感じていないが、針の穴を通すような精密な射撃を可能とさせる集中を延々と続ける精神的疲労は凄まじかった。
今は王樹を目印に飛んでいるが、それもまた精神的に来るのだ。
王樹は巨大すぎて、近づいている実感が持てないのだ。
ホォクは東に東に飛んでいる。
オークは国から見るとやや西よりの北北西あたりからやってきている。
昨日と今日との敵が進んだ距離を考えると、自分のほうが早く国に着けることを確信できた。
自分は昼過ぎには国に到着し、敵が来るのは夕刻である。
間に合う。
その油断ともいえぬような本当にかすかな油断が、明暗を分けた。
「何っ!?がッ!」
突如眼下の森から氷で出来た槍が精確に心臓を打ち抜かんと飛んできたのだ。
とっさに横に回避したホォクだったが、右の翼を貫かれてしまった。
バランスを失い落ちていくホォクに、更に魔法で出来たと思われる炎の球や氷の針が殺到する。
「があああああ!!」
墜落しながらも、肩にかけていた弓を手に取り技能を乗せた矢を放ち魔法と相殺させていった。
枝を折りながら、片翼で制動をかけ何とか地面に着地したホォクは、自分を襲ったものの正体を知った。
それは、オークメイジ。
国を西側から攻めんとしていたオークメイジ一〇匹と、猪の頭をしたオークの魔法使いであった。
黒いローブをまとい杖を持った一一匹は、着地してバランスを崩したホォクに再び魔法を殺到させた。
それをかわし、相殺し、逆に敵を撃ち抜きながら、ホォクは叫んだ。
「三つの牙をなめるなあああ!!!」
斜めになった太陽が、森を赤く染めていた。
その森を、自らを自分の血と敵の血で赤くしながら歩くのはホォクである。
普段ならば、彼が返り血を浴びるなどということはない。
なぜなら彼は弓術師だからだ。
その彼がこうなっているということは、そういうことである。
既に矢はなく、己の肉体のみで進んでいるのだ。
メイジとその上位種とも言うべきオークたちを皆殺したホォクは、そのまま徒歩で国に向かった。
しかし、オークたちはどうやら西からも国に攻めるつもりだったようで、北から来る大軍ほどではないがそれなりの数がホォクの道を阻んだのだ。
多少補充しただけだった矢は早々になくなったが、それでも彼は十傑三つの牙である。
通常のオークなど歯牙にもかけぬといった風に蹴散らしていった。
だが、数の差は恐ろしいものである。更に稀にウォーリアーもいた。
結果として、今ホォクは既に限界を超えているといってもいい状態になっていた。
最早時は夕刻、北からの軍勢も国に届いているころだろう。
それでも、十傑の矜持が彼の足を動かしていた。
「ちくしょう…」
そんな彼の前に、一〇匹ものウォーリアーが現れた。
西から攻める部隊の本隊が近いのだろう。
ホォクは顔に無理やり笑みを貼り付けた。
これはユームやクーガのまねだった。
負けそうなとき、心が折れそうなとき、それを顔に出せばなめられる。
相手は調子付き余裕を持つ。
だから、笑うのだ。
劣勢の相手が浮かべる笑みは、しばしば恐怖を抱かせる。
そして、笑えばこちらの心に余裕が生まれる。
何故辛いときに笑うのか、とずっと前に二人に聞いたときに言われたことだった。
実際ホォクは絶対絶命だった。
近接戦闘も普通の獣人より勿論強いが、十の牙と同じくらいである。
そして既に満身創痍なのだ。
万全の状態でも一〇匹相手にどっこいどっこいなのに、満身創痍なのだ。
笑みを更に深め、ホォクは拳を握った。
最早生き残ることすら考えていなかった。
ただ、国のためにオークの数を減らすことだけを考えていた。
「僕は…俺は十傑が三つの牙ホォク!覚えておけ!」
「ぶぶぶううう!!!!」
ホォクの名乗りに答えるように、ウォーリアーが叫びを上げた。
体に残る最後の力を振り絞り、地面を蹴ろうとしたそのとき――
「ふんっ!」
一〇匹の首が体から離れ地面に落ちた。
一瞬にして二桁の命を奪ったその斬撃は、意識も朦朧としているホォクには見えなかった。
ただ、その剣を振るったものが残した、赤い二本の軌跡だけが見えた。
それは、真っ赤に光る瞳の残した軌跡だった。
「危ないところだったな」
ホォクに向かって手を伸ばしたそのものの双眸は、血のように赤く真紅く深紅く輝いていた。
「あ、ああ。ありがとう」
困惑しながらもホォクが手を握ったことを確認したそのものは、醜い豚の顔を笑みの形に歪めた。
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