34 予感
「がッ!…恩に着る」
「いえ、そもそも僕がやってしまったんですから…」
「お前の判断は間違っていなかった、結果もついてきただろう?」
「…はい」
ユームの右肩の止血は終わった。
大怪我をおった状態で更に技能まで使ってしまったため、しばらくは右腕を動かせそうになかった。
だが、もう問題はないな、と周りを見渡すユーム。
猪頭のオーク、オークキングと暫定的に名づけたそれを二人が倒すと、オークの軍隊は大混乱し意外なほどあっけなく壊走した。
今は負傷したものの応急手当と、残った無事なもので巣になっていたと思われる洞窟を探索を行っていた。
ユームが左腕だけで小太刀を振っていると、洞窟に行ったものの一人が足早に戻ってきた。
「どうした?」
ユームが帰ってきた犬耳の女に声をかけると、女は沈痛な面持ちでユームの耳元で言った。
「獣人族ではないようですが、やはり女が…」
「そうか、お前は下がっていていいぞ、鼻がいいと辛いだろう。俺が行かなければな」
「…はい」
「僕も行くよ、助けられなかったのは僕たちの責任もあるからね。前からオークが多いとは気づいてたんだから…」
「わかった、着いて来い」
犬耳の女の真剣な瞳に見つめられながら、ユームはホォクを伴って洞窟に向かった。
「くっ…」
「これは、くるね…」
洞窟に入った瞬間、なんともいえぬ獣臭さが二人の鼻を襲った。
服の袖で鼻を押さえながら、奥に向かう二人。
それでも突き抜けてくる独特な匂いが、二人を目的の場所に迷わずに向かわせた。
洞窟があまり入り組んだ構造になっていなかったことも、理由の一つだろうが。
ほとんど光は入って来ないが、獣人の優れた夜目で迷うことなく洞窟の広間ともいうべき開けた場所にたどり着いた。
突如、更にきつくなる匂い。
二人はここが目的の場所だと悟った。
そこには既に何人かの獣人がおり、見るに耐えないものを片付けていたのだが、壁の端にあるそれは放置されていた。
そう、彼女ではなく、既にそれだった。
獣人の戦士たちが放置していたのも仕方ないことだろう。
別に彼らも悪気があったわけではない、どう対処するのが正しいのか、どうするのがこのように亡くなった死者に対してもっとも礼儀ある行為なのか、分からなかったのだ。
二人は目を瞑り頭を下げ、魂の平穏を願い、懐から取り出した布で体を拭き、ユームが脱いだ上着をかけた。
それは、獣人族の女ではなかった。
頭に耳はなく、尻尾もなかった。
それはどちらかといえば、ついこの間隠れ里にやってきた彼女に似たものだった。
髪の色も、瞳の色も違い、ロリンとは似つかぬところも多々あったが、その年齢は同じくらいだと思われた。
ユームはきつく己の手を握り締めた。
それを見つめる未だ子供のいないホォクには、正確には先輩の気持ちはわからなかったが、深い憤りと無力感を覚えた。
ユームはしばらくそうしていた後、それを抱きかかえて外に出て、近くにあったもっとも高い木の根元に彼女を埋めた。
その直ぐ後に洞窟は完全に掌握され、戦士たちは里に戻った。
時は夕刻。怪我も多く、沈痛な面持ちで戻ってきた戦士たちに、里に残っていたものたちは敗北したのかと勘違いしてしまった。
自分の右肩を見て、心配そうな表情で駆け寄ろうとしてからゆっくりと近づいてきたシャロの頭をユームは左手で撫でた。
そして大きな声で巣の発見と制圧、オークの壊走を伝えた。
喜びに湧く里にいたものたちをよそに、ユームはシャロをリチャードに預けてフォウとホォク、それに比較的頭の回るものたちを集めて会議を開いた。
「捕らえられていた者は、俺たちが巣を制圧したときには既に死んでしまっていた」
開始早々のユームの一言に、フォウ以外はみな言葉を失った。
唯一表情も変えなかったフォウは、ユームに顎で先を促した。それだけじゃないんだろ、と。
ユームは厳しい表情で頷いた。
「捕らえられていたのは獣人族の女ではなかった。どちらかといえば人間に近いように俺には見えた。…どう思う?」
真剣な表情で語られたユームの質問の意味を、理解できたものは少なかった。
言葉が足りなかったか、と思い付け足そうとしたユームをフォウの言葉がさえぎった。
「巣は北にあったんだろう?妙だねえ」
「ああ」
ユームはフォウが自分のが言いたかったことに気がついたことを確信した。
しかし集められた少数の里のものとホォクはまだ何が妙なのか分かっていないようだった。
そんな面々を一瞥し、ため息を吐いてからフォウは語った。
「あのねえ、人間の国はここよりずっと西にあるでしょう?オークがわざわざこんなところまで人間の女を連れてくるかい?」
フォウの言葉に、ようやく皆がユームの疑念を理解した。
全員が同じ疑問を共有したところで、ユームはつい先ほど戦った異様なオークの軍隊について説明した。
大量のウォーリアー、メイジ、そしてキングについて。
それを聞いた全員は、ある恐ろしい予想をせずにはいられなかった。
言葉にしては真実になってしまうかも、と皆がためらったことをフォウは簡単に淡々と口にした。
「これで終わり、じゃないだろうねえ」
「…そうだ」
そう、これで終わりではない。
何かもっと大きなものが動いている予感を皆が感じ取ったのだ。
人間をもし西からわざわざ連れてくるのだとすれば、それは西側に本拠地でもありこちらに出来ていた巣はいわば前線基地とでも言うべきものだということなのだろうと考えたのだ。
そしてフォウは、更なる疑問を抱いた。
「それに北ねえ…。ねえユーム、それは本当に人間だったのかい?」
「そうだな…俺には人間の少女にしか見えなかったが、すまない。そもそも人間と獣人以外種族を知らないのだ」
ふーん、と鼻を鳴らし、フォウは少し何かを思い出すようにした後、ユームに更に尋ねた。
「ねえ、そのこヒゲ生えてなかった?」
その疑問を聞き、ユームは首を傾げてから答えた。
「生えていたが?」
「はぁ~」
「むっ」
フォウは全員に聞こえるほど大きなため息を吐いた後呆れた顔で言った。
「人間の女には、ヒゲは普通生えてないのよ、獣人じゃないんだから毛皮じゃないのよ」
フォウ以外のみなは、俯いた。
だが、仕方ないだろう。ロリン以外の人間を見たことがあるものはこの中にはいなかったのだから。
獣人の姿は人によって正に千差万別である。
他は全て人間の顔なのに鼻だけ猫、なんてものもいるのだ。
たかだかヒゲのあるなしは些細なことと思ってしまっても仕方がないだろう。
フォウはざっとみなを見た後、確信をついた。
「それ、多分ドワーフね。ずっとずうっっと北にドワーフが住む山があるって書物で読んだことがあるわ。オークは大軍確定ね」
会議の場は静寂に包まれた。
戦士の総数は十傑を含めても四〇ほど。
対して相手の本隊は珍しいはずのオークウォーリアーにメイジ、キングを前線の一部隊として使えるほどの巨大な軍である。
皆が絶望に包まれそうななか、ユームが決断した。
「ホォク、国に今から飛んで戻って王にこのことを伝えてくれ。お前が一番速いはずだ」
「えっ!でも…」
ホォクのためらいも最もである。
ユームは王に恨みがあるはずだし、そもそも自分は捕虜のようなものなのだ。
そんなホォクに、ユームは真剣な目で言った。
「最早これは、獣人族全体の問題だ」
「…分かった、任せて」
先輩の瞳と言葉に宿るいろんな気持ちを読み取ったホォクは、自らも覚悟を決めた。
相手は人間ではない、だが十傑と王の存在意義がいま試されようとしているのだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
小屋の扉を開け、ホォクは今正に飛びたたんとした。
が、その動きは直前で止まった。
「どうし――」
「来た」
どうしたのかと尋ねようとしたユームの言葉をさえぎり、ホォクは震えそうな声で呟いた。
「何…?」
「もう、来たみたいだ」
ホォクの瞳には、数キロ先の肌色の軍勢が見えてしまっていた。
本日もう一話投稿を予定しています。
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