33 豚王と先輩と後輩
立ちふさがるオークウォーリアーの壁を、ユームは切り裂きながら進んでいった。
血しぶきと共に崩れていく豚の戦士は、里の戦士相手なら二匹同時にかかればどちらが勝つか分からない勝負が出来るほどの力はある。
だが、そんなことは十傑五つの牙には関係ない。
十の牙でさえ五人の一般的な獣人に囲まれても勝利を収められるのだ。単純計算で一〇匹以上でなければユームを倒すことは出来ないだろう。
そして、オークが巨体であることもユームにとって幸いだった。
最低限相手になれる一〇匹で囲もうにも、ユームがすぐに距離を詰めて切りかかっていくため物理的に五匹程度でしか囲めないのだ。
切り払い、隙間を見つけては突っ込み、また切る。
進むことを優先しているため流石に死んだオークウォーリアーは少ないものの、着実にユームはオークメイジに近づいていった。
ユームが進行を優先している理由は単純だ。ほかの隠れ里の戦士たちは押されているからだ。
そもそも戦士全体で三十数人、現在はホォクを含めても二十人いないのだ。
ホォクの援護射撃で何とか死者は出ていないが、一人につき三匹ほどのオークウォーリアーに加えオークメイジからの魔法も飛んでくるので状況は最悪に近いといっていい。
時間は完全にオーク軍団の味方である。
「おおおおおお!!!!!流影!」
ウォーリアーの壁を食い破らんと突き進んでいたユームは、あと残り一〇メートル程でメイジの場所にたどり着く、といった所で技能を使った。
名前を声に出しながら発動させたユームは、まるで肉体がその形と質量を失い影になったかのようにウォーリアーの大軍をすり抜けメイジの待つ所へと一瞬にしてたどり着いた。
これは本当に影になったわけではなく、技能の援護で本当にギリギリ通れる隙間を高速で抜けただけである。
突如現れた敵に驚きを隠せない様子の目標の首に刃を滑らせながらユームは、自分の使った技能の名前からあの夜みたロリンの影走りを思い出していた。
自らを育ててくれた道場の一つの理想、真に影と同化することをロリンが成し遂げていたことを思い出していた。
あの時ユームは、自分たちより先に人間の少女がそれにたどり着いてしまっていたことに酷く動揺したのだ。
師範にしか伝えられていない奥義、影分身の存在をユームは知らなかったのだ。
一瞬自嘲気に口元を歪めながら、ユームはもう一体のメイジを葬った。
後衛に敵の侵入を許してしまったウォーリアーはあせった。
後ろに助けに行くべきか、それとも前の敵を先に倒すべきか考えてしまった。
もしウォーリアーたちの頭が通常のオークと同程度だったならば、迷うことなどなく目の前の敵に向かって行っただろう。
しかし中途半端に頭が回ってしまったため、逆に思考という隙を晒すことになってしまったのだ。
勿論それを逃す戦士たちではない。
ユームの対処に追われメイジの魔法攻撃もなくなり、ホォクの援護も続いている。
それは形勢を逆転するに十分であった。
勢いを盛り返した里の戦士たちはウォーリアーの数を着実に減らしていき、勢いづいていった。
だが、ユームとホォクはまだ油断などしていなかった。
当然である。
まだ、もう一つの問題は無傷で残っているのだから。
五体ほどメイジを倒したユームの体に、背後から影がさした。
瞬間、ユームは前に跳ぶ。
一瞬前までいた場所にめり込んでいるのは、大斧。
「ぶぶううるうううううぅぅぅ!!!!!」
猪頭のオークが振るう得物であった。
軍の隊長と思わしき猪頭と、十傑五つの牙であるユームのどちらが強いかといえば、ユームのほうに軍配が上がった。
腕力という点で言えば魔獣側に分があったが、それもアークトスほど強力無双というわけではなかった。
技術面ではユームが圧倒しており、一対一の決闘であれば一〇分とかからぬ内にその猪の頭は体とさよならを言うことになっただろう。
だが、実際には一〇分経っても首と体はつながったままであった。
それもそのはず、一対一の決闘などではないのだから。
現在ユームは敵軍の真っ只中で孤立無援の状態である。
生き残ったメイジは火炎の球や氷の針を飛ばして妨害してくるし、隊長がピンチとなればウォーリアーが身を挺して守りに来る。
対してユームは一人。
一人で魔法をよけ、大斧をかわし、さらには肉盾を潜り抜けて反撃しなければならないのだ。
流石は十傑というべきか、それを確かにこなしてはいた。
少しずつだが猪頭に傷を負わせていたのだ。
しかし、ユームも無傷とはいかない。
直撃こそ全て避けてはいるが、火炎の余波や大斧の一撃によって弾け飛んだ予測不能の小石などまではよけきれなかった。
時間ごとに増える負傷の数は、ユームのほうが多かった。
そして、里の戦士側もまた押され始めていた。
隙を突き、何匹ものウォーリアーを倒せはしたものの、開いた穴はすぐに塞がって行った。
そもそも数が違いすぎたのだ。
魔法の援護がなくなったとはいえ、三匹で獣人一人にかかれば有利に立てると学習したウォーリアーたちは強かった。
ホォクの援護もあるが、矢は無限ではない。
このままではジリ貧であることは、誰の目に見ても明らかであった。
ホォクは今、決断を迫られていた。
残る矢は後五本。既に限界ギリギリであった。
今まで危機に陥った里の戦士を見極め、助けるために矢を放ってきたが、このままではそれもままならなくなる。
ホォクの考えた選択肢は三つだった。
一つは、今のままの戦線の崩壊を防ぐ作業を続けてユームが敵将の首を獲るのを待つこと。
これの問題点は残る矢の数である。あとどれくらいの時間を稼げるのかは全く不明だった。次の瞬間には五人が同時に危機に瀕するかもしれないし、そうでないかもしれない。ユームがその間に勝てるかどうかは全く未知数だった。
もう一つは、残る五本で強力な技能を使いウォーリアーの数を減らすこと。
こちらの問題は、そもそも確実に多数を一度に葬れるような技能はないということである。遠距離という利点がある分威力は他の武器を用いたものと比べるとどうしても劣ってしまった。うまくいかなければ適当な五匹を倒すだけで五本を撃ちつくしてしまう可能性すらあった。
最後は、敵将を獲るサポートをすること。
問題は、誤射の可能性である。十分に時間をとって動きを観察すれば、一キロ先から飛びながらでも敵のみを撃ち抜ける自信があるホォクだが、今はその時間をとれば戦線が崩壊する可能性があった。一つ目の選択肢以外を選ぶのであれば直ぐに始めなければならないのである。
ホォクは一瞬だけ目を閉じ、決断した。
選んだのは、最後の一つ。
信じることにしたのだ。
里の戦士たちと、先輩を。
「ペネトレイト!」
放つ一つ目の矢に乗せるは、絶対の貫通。
例え岩があろうと鎧があろうと、一定の距離を飛ぶまでは絶対にその軌道を変えることなく突き進む矢だ。
目ざとく自らの隊長を狙う矢に気づいた何匹かのウォーリアーがその身を肉の盾に変えんとした。
しかし、そんなものは存在しないとばかりに矢は進む。
無駄だと理解していないのか理解していながらそれでもやっているのか、何度も肉壁は立ちふさがる。
だが、それでもその矢は止まらない。
そういう技能なのだから。
そして、立ちはだかる全ての障害を食い破った矢は、大斧の一撃をかわすために急激に動いたユームの肩と、猪オークの足を貫いた。
信頼する味方からの誤射に、しかしユームは一切動じなかった。
むしろ全てを悟った。
「千首一閃ッ!」
技能の強制力が、ユームに無理やり必殺技を使わせる。
だが、敵も一つの軍の頭。
「ブルるるううううううるるるるうううぅううう!!!!」
下半身を細切れにされながらも、ユームの頭を粉砕すべく大斧を振りかぶった。
そして
「カルテットアロー!」
尊敬する先輩を撃ち抜きながらもやはり一切動揺しなかったホォクの四つの矢が頭と胸と両腕を貫いた。
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