32 オークと巣と
用を足し終えたホォクを元の小屋に返したユームは、里に今いるものを集め、オークについて自分が抱いている懸念を伝えた。
里のものたちも言われてみれば、というように最近のオークの集団化と出くわす頻度について覚えがあると口々に語った。
対策を立てることは急務であるようだった。
その後空が赤くなり始めたころ、十傑からホォクとフォウを含めた里の戦えるものたちで会議を行った。
会議の結果、戦士たちの半数が明日の朝一でオークの目撃が多い北方面へ重点的に巣を探しに向かうこととなった。
残った半分は何かあったときのための防衛戦力である。
ロリンに何故か心酔しているフォウとアークトスは残りの十傑の見張りもかね防衛側に、ユームは近接戦闘ならば一人でも抑えておけると言うことでホォクを連れてオークの巣の捜索へ向かうこととなった。
明日の確認を終えた戦士たちは、普段より早く床についた。
ユームも会議が終わり、家に帰って夕飯を食べすぐに寝ようと考えていたが、シャロにも説明すべきだと思い肉を喰らいながらシャロに今里が置かれている状況と明日のことを子供に理解できるような内容で伝えた。
半分も理解していない様子のシャロだったが、一つだけ疑問に思ったことがあった。
なので、父に聞いた。自分の記憶が正しいか少し不安に思いながら。
「お父さん、オークって魔獣だよね?」
「そうだ、オークは緑の小人や木登り狼と同じ魔獣だ」
父の答えを聞き、疑惑が確信に変わったシャロは、小首をかしげながら尋ねた。
「じゃあ、どうして巣があるの?魔獣って勝手にどこかから生まれて、お父さんもお母さんもいないって…」
シャロの真っ当な疑問を聞き、娘の成長を喜ばしく思いながら、ユームは教えた。
「そうだ、確かに魔獣はどこかからひとりでに生まれてくる。よく覚えていたな。だが、オークはシャロと同じようにお父さんとお母さんから赤ちゃんとして生まれることも出来るんだ」
「へぇ~」
それを聞いたシャロは、少しの間上を向いて何か考えた後、ユームに満面の笑顔を見せ言った。
「オークにもあいがあるんだね!」
「そう、だな…」
夫婦は愛し合ってなるもの、子供は夫婦が愛し合って生まれるものとシャロに教えていたユームには、口が裂けても他種族の雌をさらってきて犯すとは言えなかった。
楽しそうに鼻歌を歌い、オークの家族について想像をめぐらせながらそれと知らずオーク肉を食べる娘に、ユームはあと一〇年は早いと決断を下した。
その夜、ユームは成長したシャロをロリンが連れてきて娘さんをわたしに下さいと言う悪夢にうなされ夜中に飛び起きた。
ユームは寝不足で朝を迎えた。
夜が開け、隠れ里を朝日が照らした。
十傑たちの見張りはアークトスとフォウが交代で一応行った。
ユームにとってはほとんどの十傑とは元は顔見知り以上の存在で、更に問題を起こしそうな二人はロリンによって何故かあんな感じになってしまったので、あまり夜中まで見張っておく必要性を感じなかったのだが、ユーム以外の里のものは十傑など雲の上の存在といった風なので快適な眠りのためにもしておいたほうがいいということもわかっていた。
目を覚ました戦士たちは、肉を貪り体を清め、北へと向かった。
シャロはお隣さんの犬頭リチャードの家で待機である。
北へ向かった一行は、難なく立ちふさがるオークたちを蹴散らしていき、正午に達する前に目標を見つけた。
その巣は、天然の洞くつの内部に作られているようだった。
何故外からは見えない洞窟の内部にあるとわかったかといえば、簡単である。あまりにもオークの数が多すぎて内部だけでは足りず、外の景色を肌色に染めていたからだ。
その数は、数百。
外にいる分だけでそれである。洞窟の規模によっては、とんでもないことになるだろう。
巣の存在に一番最初に気づいたのは、ホォクだった。
当然ともいえる。彼は一キロ以上の距離を精確に弓矢で持って狙撃できるのだ。
弓術師の技能による補正もあるとはいえ、そもそも見えていなければ当たりはしない。
一キロ先の様子を精確に見通す彼が、森を染める肌色に気づかぬはずがなかった。
ホォクによる巣の規模の予想を含めた情報を共有した戦士たちは、圧倒的な数の差を前にしても怯えず、むしろ猛り口元を歪めた。
数の暴力は恐ろしい。だが、一定以上の実力差があると、それは関係なくなることも多々あるのだ。
優秀な指揮官などによって統率され、集団戦の修練をしているならばまた違うが、オークにはそんなものはない。
更に、平均的な里の戦士たちでも数匹のオークを相手にして勝てるというのに、こちらには十傑が二人もついている。
戦士たちの脳裏に敗北の文字など浮かびようがなかった。
何をするでもなく森の地面に寝そべる数百の豚たちに、獰猛な獣たちの牙が迫っていた。
戦いの進行は、戦士たちの予想通りだった。
ホォクの強力な一撃で幕を上げた戦いは、戦士たちが押しに押した。
数匹切り払えば剣などは使い物にならなくなるため、装備は棍棒のようなものがほとんどだったが、元より身体能力の高さで戦う獣人たちには関係がなかった。
最初の一撃で完全に統率と戦意を失った外のオークたちは、一〇倍ほどの戦力差がありながらも驚くほどの短時間で壊滅した。
一人一〇匹倒せばいい、という言うだけは簡単だが実際にやるのは大変、ということを実際に獣人たちはなしたのだ。
オークも残るは数十匹。戦士たちの獰猛な笑みはその質を変え、もっと純粋な笑いに近づいていった。
そんなときだった。
「ッ!?があッ!」
オークの一匹の頭を叩き潰そうとしていたロビンソンが突如何かを感じ取り、兎族特有の健脚で横に跳んだ。
その足元で火炎で作られた直径五〇センチほどの球体が爆ぜたのだ。
直撃こそかわしたロビンソンだったが、近くで炸裂した炎の熱波は彼の足の皮膚を多少焦がした。
球体が飛んできたのは、洞窟の内部からだった。
残党オークの殲滅をやめ、戦士たち全員が入り口を注視した。
そこから出てきたのは、オークの群れ。
数こそ一〇〇に達するかどうかというところだが、脅威度は段違いだった。
まず、装備が整っている。
戦士と思われる前衛は金属製の部分鎧をまとい、つくりがいいとはいえないが十分生物を容易く殺しえる直剣を構えていた。
そのオークのことは、戦士たちも知っていた。
ごく稀に出現する武器を持ったウォーリアーと呼ばれる、通常のオークよりも強いオーク。
その数が、凡そ九〇。
その後ろには、黒いローブで身を包み、ねじれた木でできた杖を持ったオークが不適にその豚顔を歪ませていた。
ほとんどのものがそのオークを見たことがなかった。
しかし、火炎の球を放った油断できぬものがそれであることは全員がわかった。
その数が、凡そ一〇。
そして、それらの背後に、二メートル近いオークたちの背よりも一つ頭が出ている大きさのオークが一体、無骨な全身鎧を身につけ戦士たちを睥睨していた。
その顔は、最早豚というよりも猪だった。
一種異様なオークの群れ、いや軍隊の登場に、里の戦士たちは表情を引き締めた。
獣人ならば誰でも理解できた。
奴らは強い、と。
「あれは、メイジだ…僕も一回しか見たことがないけど、厄介だよ」
見張りという役目があるため、戦闘にも参加せず隣にいたユームにホォクが呟くように言った。
それに対しユームは、不機嫌そうに返した。
「知っている。アレを狩ったのは俺とクーガだったろうが」
ユームの答えに気まずそうに縮こまるホォク。
それを無視してユームは、淡々と告げた。
「あれは近づけさえすればどうと言うことはない。問題はそこまでと」
ユームはメイジと呼ばれたオークの前に並ぶウォーリアーたちを見た。
「それからだな」
そして、軍の背後で仁王立ちしている猪オークを睨んだ。
気まずさを感じている場合ではない、と隣で気合を入れなおした様子のホォクに、ユームはギラリと笑った。
「だがこちらには十傑が二人いる。だろう?」
そう言うなり、ユームは誰よりも早くオークの軍に突っ込んで行った。
ホォクはユームより十傑での位は上だが、後輩でもあった。
戦士たちの士気を限りなく高めながら二振りの得物を振るう先輩の背は、非常に大きく見えた。
「全く見張りはどうするんですか…背中から撃たれても知りませんよっ…と」
呆れたようにそうこぼしながら、放たれた矢は精確にオークの眉間を撃ち抜いた。
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