29 数
王の技能名が間違っていたので修正しました。申し訳ありませんでした。
「キシャーッ!」
「おおっ!?」
奇声を上げながら飛び掛り、切りかかったロリンの刃を王はギリギリで状態をそらしかわした。
「ちっ」
舌打ちを隠そうともせず、有り余る速さに物を言わせて容赦なく幾度も細身の曲刀、刀を振るうロリンだが、その悉くを王は紙一重でよけ続けた。
ライオンメインのキメラ獣人だったときは当たっていたはずの攻撃が、今はかすりもしないことにロリンは苛立ちながらも、冷静に相手の戦闘能力の向上を感じていた。
ギリギリでかわし続ける王だが、別に余裕があるわけではない。実際何とかよけられているという状態なのだ。
その証拠にロリンは
「シネェ!」
やら
「スッゾォ!」
など叫んでいるが、王は必死の形相で無言である。
ロリンの斬撃は形も何もあったものではないが、徒手空拳で戦い厚い毛皮も硬い爪もなくなった人間状態の王には受ける手段はなく、状況は一方的であった。
何とかかわし続けてはいるが、時間の問題と思われた。
そして、当然のようにその時は訪れ、赤黒い刃が王の柔肌を裂こうと近づく。
が、ロリンは途中で刀を止め、飛び退った。
一瞬前までロリンがいた場所に現れたのは、熊。
王の奥の手、原初の型で腕から分離した黒い熊がその鋭い爪を振りかざし飛びかかってきたのだ。
決定的なチャンスをつぶされ舌打ちするロリンに、今度は牛がそのたくましい角を向けて突進してくる。
それに対してロリンは角を叩き切ってやろうと刀を振るったが、その硬さはもはや生物のものとは思えぬほどで、傷をつけることしか出来ず逆に突進の勢いを受け宙に飛ばされた。
空中で即座に体勢を整えたロリンに次に向かってきたのはライオン。
人間と化した王にきぐるみのように脱ぎ捨てられたはずのライオンの体が動き出し、四つの足を巧みに使い跳躍して襲い掛かってきたのだ。
ロリンは空中にいる。故に今までのように身軽にかわすことはできまいと考えたのであろうか、大きく口を開き鋭い牙を見せ付けるように一直線に向かってきた。
「なめんなよネコ科生物っ!」
よくわからない叫びを上げながら、迫り来るライオンを睨みつけ刀の切っ先を突きつけ、ロリンは凶悪に笑った。
刀を向けてくるロリンに対し、たとえ貫かれようが牙を突き立てる覚悟なのか、ライオンに怯えの類は一切見えない。
空中で交差するかに見えた一人と一匹は、しかしそうならなかった。
ロリンの足が空を蹴り、ライオンの頭上を取る位置に空中で跳躍したのである。
二段ジャンプだ。
こうなれば最早相打ちする覚悟も何もあったものではない。ライオンには空中で軌道を変える手段は持ち合わせていないのだから。
まずは一匹、と刀を振り下ろしたロリンは、途中でその軌道を大きく変えて空を切った。
着地を決めるライオンとロリン。
決定的なチャンスを今度は自らふいにしたように見えたロリンは、少し離れた場所で右手を前に突き出している王を睨んだ。
ロリンは空を切ったのではない、王のこぶしから飛んできた不可視の衝撃波のようなものを切り裂いたのだ。
こぶしを戻し、自然体になった王の前に陣取る三匹。
苛立たしげなロリンを見ながら、王は楽しそうに笑って言った。
「岩を砕く拳も力、敵を欺き思い通りに戦局を進める知も力なら、数もまた力だろう?」
「ちっ」
舌打ちを返答としたロリンに、王は笑みを深めた。
「まさか俺の奥の手を卑怯とは言わんよな?」
楽しそうに、優越感に浸るように笑う王に、ロリンも突如不敵に笑って返した。
「もちろん、卑怯なんて言うなよ?」
二転三転する戦況で、現在優位に立っている王は、表情とは裏腹に油断など一切していなかった。
突然霧になって攻撃をかわすような奴だ、何が起こって逆転されるかわからん、と考えていたからだ。
不敵に笑い始めたロリンを見て、王はやはりか、と思った。
相手は何かこの数の暴力をひっくり返せる策を持っている。それは一体何か。
と考えだした王の前で、ロリンは突然虚空から青い液体の入ったビンを取り出した。
目を丸くする王を見て勝ち誇るように笑った後、ロリンは妙に間延びした声で言った。
「高級マナポーション税込み五五〇円~」
眉根を寄せる王を一瞥もせず、ロリンはビンの中身を飲み干した。
喉をごきゅごきゅと鳴らしながら勢い良く飲んだそれがよほどまずかったのか、ロリンはなんともいえぬ悲しげな表情になった後、無理やりにっこりと笑った。
「目には目を、歯には歯を、右頬を打たれたたら右頬を打ち返せ。知ってる?」
「…いや、知らぬ」
突然微妙に間違った何かを言い出したロリンに、王は一応答えた。
相手が何をしてくるのかは分からない。今から襲い掛かって突然何かを発動されるよりは、ヒントをくれそうなので対応したほうが良いと考えたからだ。
知らぬと答えた王に、ロリンが嘲るような笑みを向けた。知らなくて当然だというのに。
少しカチンときた王だったが、情報のため我慢した。
多少表情を険しくしながらも黙っている王に対し、ロリンは続けた。
「要するにやられたらやり返せってことだ!」
にっこりと笑いながら言い切ったロリンに、王は何が言いたいのかを理解した。
目には目を歯には歯を、そして――
「数には数を、ということか」
「正解、では答えあわせです」
刀を握ったままの右手を左手のひらとポンとあわせて手を打ったロリンは、口元をその可憐な顔がそうは見えなくなるほど歪ませた。
そして、自らの指を刀で切り、血を一滴自分の影に垂らして愉しそうに囁いた。
「使い魔召喚」
ロリンの影が、主の声に反応するように蠢きだした。
「ぬぅ…一体何なのだ…」
ロリンの豹変に驚き、王の奥の手に驚き、そしてまた驚かされているクーガは本当に何度目か分からないため息を吐いた。
しかし、少し前までと違い、クーガは多少安心していた。
躊躇や情けといったものを完全に失っていたように見えたロリンが、怒りで躊躇はなくなったままではあるものの自分を取り戻したように見え、王の命は保障されたように思えたからだ。
未だ世継ぎのいない王が崩御などされたら、国が混乱するなどという騒ぎではないからだ。
最悪王に継ぐ実力者ということで自分が担ぎ上げられる可能性も考えていたため、クーガの緊張はかなり緩んでいた。
鍛えるのは好きで得意だが、政などはからっきしなのだ。フォウを除いたほかの十傑よりはましだろうが。
割と不謹慎なことを考えていたクーガは、とにかくロリンが元に戻ったことに安心した。
王も王で、自分と互角どころか勝るやも知れぬロリンとの戦いを楽しんでいるようにクーガには見えた。
全く楽しめない戦いをしているときの王は、こんなに笑わないことをクーがは知っていた。その笑みがどんな種類であれ。
実際体がなまるからと適当な十傑を見繕って非公式非公開で戦っていたときは、こんなに笑っていなかった。
もし王が勝ったとしても、ロリンも生き残る可能性が出てきたのではないか、とクーガは考えた。
王は獣人の中の獣人、今は人間の姿になってしまっているが戦闘狂である。
アークトスなどとは違い、圧倒的勝利よりも自らの命を削る全力の戦いを好むのだ。
その王は、最近色々なことで戦う暇もなく政に明け暮れていた。
そこでこの戦いである。
王がロリンを失うには惜しい相手だと考えてもなんらおかしくはない。
王も死なずロリンも死なない。
それに――戦いを見守る獣人たちは非常に楽しそうである。
もはやちらほらとロリンを応援するものさえ見える始末だ。
だとすれば、まあ何とかなるだろう。
二日ほど前から色々と考えすぎていたためか、投げやりな結論を出したクーガは、とにかく目の前の戦いを楽しむことにした。
今、ロリンは謎の技能を見せようとしている。
それを迎え撃つのは我らが最強の王。
獣の血の濃いクーガが心惹かれぬはずがなかったのだ。
悩みから開放されたクーガは、どちらを応援するかという次の悩みを抱えた。
一日一話。
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