28 王と終わりと始まりと
遅くなり申し訳ありません。
「なあ、俺の職業、何だと思う?」
体中を己の血で赤く染めた王が、不敵に笑いながら聞いた。
王を染め上げたにもかかわらず一切返り血を浴びていないロリンは、無表情を保ったままぶっきらぼうに答えた。
「王」
「そうだ、その通りだ」
ロリンの態度に気を悪くするでなく、王は更に笑みを深めた。
それを見て、ロリンの無表情が多少不服そうな顔に変わった。
赤黒い刀身を持つ細身の曲刀を肩で弾ませるペースを増したロリンに、王はまた笑った。
「俺は王だ。それは国を仕切っているからだけじゃねえ。ステータスの職業も、王なんだよ」
王の言った職業とは、即ち技能と密接に関係するほうのことである。
職業は成人したときに決まる、ということを覚えていたロリンは、そんな生まれで決まってしかもあんなに強いとか卑怯じゃないの、と思った。
ロリンは、少し前までただ目の前の危険を排除しなければという焦燥感にも似た激情に駆られて動いていたが、時間が経ち、自らが優位に立つ状況になったため、多少普段どおりの思考を取り戻していた。
しかし、生まれて初めて感じた明確な死により心に灯った一種の覚悟の炎は、未だ燃え盛っている。
王もそんなロリンの変化を感じ取れていたのか、悪い笑みに浮かべる笑いの質を変えて言った。
「ま、王は王でも獣拳王、獣人の戦士系統の上級職の一つだがな」
ロリンは獣拳王も戦士系統も上級職も分からなかったが、からかわれたことは分かった。
結果、曲刀を肩に叩きつけるペースと激しさが増した。
王はひとしきり笑った後、急に真剣な表情になった。
それに気づき、ロリンも曲刀を弾ませるのをやめた。
ロリンが貧乏ゆすりにもにた行動をやめたのを確認し、王は語った。
「これから見せるのは、奥の手って奴だ。効果の分、反動もでかい。だから」
そこで一度切り、真剣な瞳だけはそのままに口元を凶悪に歪めた。
「ちゃんと死ね」
「断る」
決闘の終わりが始まった。
「ぐらああああああ!!!!!!!」
最後の問答を終えた王は、突如叫びをあげながら自らの左腕を右手で持掴んで引っ張り始めた。
自分の腕を引き抜こうとしているようにしか見えないその光景に、ロリンは眉を寄せた。
何してるんだ、と呆れそうになったとき、ロリンは驚愕に目を見開くことになった。
本当に、抜けたのだ。
ずるずると、獅子の体から熊の腕が引きずり出された。
「があああああああ!!!!!!!」
上げる声は悲鳴か気合か。
ゆっくりと、しかし確実に熊の腕は体外に引きずり出されていき、やがて肩が見えた。
そこまでくると勢いは加速し、熊の顔が見えたころには王とは別の自分の意思を持つかのように這い出してきた。
姿を現したのは、熊。
二足歩行をする熊、即ち熊族の獣人ではなく、四速歩行をする猛獣の熊であった。
驚愕で固まるロリンと、静まり返った観客たちをよそに、王は今度は足を引っ張り出した。
いつの間にか獅子のものとなっていた腕で牛か馬か分からぬ足を引き抜く王。
「ががががっああああああああ!!!!!!」
仕立てのよさそうな黒いズボンはもはやどうしようもないほどに粉々になり、王の脚部を成していた獣の姿を晒していく。
後ろ足は全て抜け、胴体も出きり、前足と角を持った頭部も露出した。
鼻息荒く立ち上がったのは、立派な体格をした牛であった。
たくましい角を持った牛は、大人しく待っていた熊と並んだ。
ようやく脳が現実を受け入れたロリンは、曲刀を両手で刀身が地面と水平になるように顔の前で構えた。
残るのは完全に裸になった、二足歩行をする獅子の姿をとっている王のみ。
ならば戦いが再開するのだろうと得物を構えたロリンだったが、王はその想像を裏切った。
「はあああああああ!!!!!!」
やはり叫び声をあげながら、立派な鬣を持つその頭部に両手をかけたのだ。
一体これ以上何が起こるのか、ロリンは期待と警戒が半分ずつの気持ちで見守った。
観客席の獣人たちも、何が起こるのかと息をのんで食い入るように王の挙動を観察している。
「ぐるらあああああああああああ!!!!!!!!」
今日一番の大声を上げた獣たちの王は、ついに最後の殻を破った。
その光景に、みな目を疑い言葉を失った。
現れたのは、顔。
長めの金色の髪を持ち、やはり金色の瞳を持った、人間の顔だった。
整った容姿を持ち、肌を健康的な黄金色に染めた人間の男の顔が、獅子の後頭部を突き破って現れたのだ。
「はああああああ!!!!」
先ほどまでの地の底から響くような獣の声とは違う、人間の男性が出すような低い声で叫びが上がった。
そして現れた男は、獅子の体をきぐるみでも脱ぐように綺麗にはがし、何千、いや万いるかも知れぬ観衆にその鍛え上げられた裸体を晒した。
唖然とするロリンに向け、現れた男は男らしい野性味あふれる笑顔を浮かべ、親指を立て、白い歯を光らせ、低く通る甘い声で言った。
「これが奥の手、原初の型だ」
ロリンは、いろいろなものが吹き飛んでいく音を頭の中で聞いた。
そして湧き上がった獣人たちの歓声か悲鳴か分からぬ声にかき消されるようなか細い声で呟いた。
「シリアスを返せ…」
ロリンの心で燃え盛っていた覚悟の炎、日本人の倫理観を焼き尽くそうとしていたその猛火はあっさりと消えた。
その代わりに、やり場のない怒りと虚無感に似た何かがふつふつと湧き上がってきた。
肩を落として俯くロリンの姿をどうとったのか、人間に姿を変えた王は嘲るように笑いながら言った。
「どうした?俺のこの秘儀に恐れをなしたか?それとも、まさか惚れたか?」
言い切りすぐにはっはっはと笑い出した王の姿は、ロリンの中の大事な何かをぶった切った。
「ひひ…」
「ん?」
肩を震わせ、何か呟いたように見えたロリンに王は眉根を寄せた。
「うぇひひひひ…」
「なんだ?笑っているのか?」
突如笑い出したロリンに、王は眉だけでなく表情自体が怪訝になる。
「うぇひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「どうしたというのだ…?」
ついに顔を上げ、気持ち悪い笑い声を上げ始めたロリンを見て、流石に気味が悪くなった王はロリンに一歩近づいた。
その瞬間ロリンは笑うのをやめ、憤怒の炎が燃え滾る瞳を王に向けて叫んだ。
「死ねやあアアアアアア!!!!」
覚悟の炎は消えた。
ただ、違うスイッチが入った。
決闘の終わりは、まだ始まったばかり。
太陽の光が最もその力を発揮するころ、三つの牙ホォクは用を足すために小屋からの外出を許可されていた。ユームの付き添いありでだが。
「お前に言うことでもないと思うが、妙な気は起こさないでくれよ」
「勿論だよ。自分は敗者だ、わきまえているさ」
一応、といった風に注意したユームに、ホォクは笑って返した。
ホォクとユームの関係は、悪いものではない。
というより、基本十傑同士は仲が良かったのだ。
アークトスやフォウなどの例外を除いて。
臣民等級制度など存在しなければ、お嫁さんと娘さんも合わせて家族ぐるみの付き合いをしていたはずなのにな、とホォクはどうしようもない思いを抱いた。
せめてアークトスの性格がまともだったら、と考えていたところで、ちょうど十数匹のオークを引きずりながら満足げに帰ってくる二つの牙を見つけた。
見つけた、といっても出会ったわけではない。
ホォクのその類稀なる視力が数キロ先のアークトスの姿を偶然捉えただけであり、すぐに木の陰に隠れて見えなくなった。
「どうかしたのか?」
足を止めてしまったホォクに、ユームも止まって聞いた。
その顔は咎めるようなものではなく、純粋に心配しているようだった。
本当にあの制度さえなければ、と再び無為な思考に陥りそうになったホォクだったが、頭を軽く振って振り払いこちらも笑いながら答えた。
「ごめんね、ずっと向こうに大量のオークを引きずっているアークトスが一瞬だけ見えてね」
「そうか」
その答えを聞き、納得したように見えたユームは再び歩き始めたが、少ししてまた止まってしまった。
「どうしたんだい?」
今度はホォクが聞く番だった。
ホォクの言葉を聞いても、少しの間考え込んでいたユームは、すまないと断りを入れてから言った。
「やけにオークの数が多いと思ってな」
「そうかい?…確かに多いかもしれないど、そういう時もあるんじゃないの?」
「いや、そうではない。ロリンがなんというか濃かった所為で印象が薄れていたが、ついこの前俺の娘も五匹のオークに襲われたのだ。里周辺でな」
「五匹か、それに今回も…となると」
「あぁ、オークの巣ができている可能性も十分ありえる。対策を練らんとな」
ユームは歩き出したが、その表情は先ほどとは違い真剣になっていた。
まじめなのはユームの利点だけど、過ぎるときもあるからな、と思ったホォクは良いことを思いついて笑顔でユームに言った。
「だったら運がいいじゃないか」
「どうしてだ?オークの巣が出来るなど――」
「そうじゃないよ、僕たちがいるときに発覚したんだ、運がいいじゃないか」
友の頼り甲斐のある言葉に、ユームは表情を緩めた。
「そう、だな」
少し気持ちは軽やかに、しかし真剣に思考をめぐらせながら歩くユームを見て、ホォクはやはり無意味な想像をやめられなかった。
一日一話、次回から正午に予約投稿となります。
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