27 瞳
人は、どうして人を殺すのか。
殺せるのか。
理由はいくつも考えられるだろう。
もとから殺人に忌避感を持たないから、感情が激しく高ぶったから、仕事だから。
理解できるかは別として、考えることはできるだろう。
殺人などどんな理由があっても絶対に許せない、という人は多いだろうが、この理由ならば許せるという人も比較的多いのではないかと思われる理由を一つあげる。
殺さなければ、自分が死ぬから。
所謂正当防衛である。
日本の道徳観念を持つロリンにとって、それは一つの大きな壁を越える理由になりえた。
歓声に包まれる闘技場の中で、王だけは険しい表情をしていた。
それは、感触のなさ。
何かを殴った感覚が、一切しなかったのだ。
攻撃のあたらぬ相手に無理やり必殺を当てるため、無茶をさせた腕を見る。そこには血も、衣服のかけらも、敵を示す何かは一切ついてはいなかった。
果たして、王の懸念は的中する。
先ほどまでロリンがいた場所に、黒い霧のようなものがどこかから集まりだしたのだ。
それは段々と人の形を取っていった。
それに気づいた観客たちが、一人また一人と言葉を失っていった。
闘技場が静まり返るころ、そこには無傷のロリンが立っていた。
王の必殺を受ける前と、変わらぬ姿をしたロリンが立っていた。
先ほどまでと違う点を上げるとすれば、それは瞳。
今のロリンの瞳は、両方とも血のように赤く真紅く深紅く輝いていた。
両の瞳を真っ赤に光らせる少女の可憐な顔に、表情はない。
思わず、といった様子で王は聞いた。
「お前、何者だ…?」
彼女は答えた。
「わたしはロリン。ロリン・コロリン」
王は名乗りには返さず、更に訊ねた。
「それは、なんだ?」
ロリンは答えた。
「課金」
ソードマジックファンタジーのある時のアップデートで、追加された種族が二つあった。
その一つが、吸血鬼。
恵まれた身体能力と、吸血を筆頭とした最初から持っている特殊なスキル。そしてそれを補って余りある大量の弱点。
それが吸血鬼といわれる種族だった。
ソードマジックファンタジーには、なかなかの数のサーバーがあった。
サーバー毎にキャラを作ることは無料だったが、キャラを違うサーバーに移動させるには多少の、同じサーバーに複数のキャラを作るにはそれなりの課金が必要だった。
故に古参のプレイヤーたちは、新しく追加された種族を仲間のいるメインとしているサーバーで使うには少なくない金額を払わなければならないことに不満を持った。
そこで運営が考え出した救済策といえるか怪しいものが、ある課金スキルである。
結果として、そのスキルはバランスの観点から相当高額になってしまい、挙句にさまざまな問題点から使えないという烙印を押された。
そのスキルの名前は、魔眼。
吸血の魔眼。
問答を終えた二人の間に、静寂が訪れる。
王は、攻めあぐねていた。
一撃当てれば倒せるだろう。倒せなくとも均衡は傾くだろう。そう思い無理をして連続で技能を発動した。
しかし結果はこの状況である。
当てても倒せないどころか、脅威度が何段階も増してしまったように感じた。
先ほどの必殺の連撃をかわしたカキンという謎の技能か何かを、相手がもう一度使えるのかどうかはわからない。
だが、もし何度も使えるのであれば、無理をするだけこちらが損をするのではないか。
そこまで考えて、王は一度大きく息を吸い、吐いた。
そして無理やり顔に余裕そうな笑みを浮かべた。
先ほどの思考は、王の思考ではない。相手が霧になるというなら、その粒の全てまで消し飛ばせばいいではないか。
自らを叱咤激励した王が、静寂を破った。
「がるぅああああああああああああ!!!!!」
自分を奮い立たせるための咆哮に、おまけとばかりに聞いたものを萎縮させる技能を乗せ、強敵をめがけ突っ込んだ。
しかしロリンは眉一つ動かさず、王が勢いそのまま放った貫き手を背を向けるようにしながら少しだけかがんでかわし、その腕をつかみ自分の肩を支点に投げた。
一本背負い、ではない。
相手のひじの外側を支点にし、投げながらひじ関節を破壊しようとするそれは、柔道のそれとは似て非なる危険な技である。
「ぬおおおお!?」
自分の勢いを逆に使われ、あわや右の手を使用不能にされそうになった王は、しかし非現実的とすらいえる筋肉の力によって関節は守った。
利き腕を破壊される事態は避けられたものの、三メートル近い自らの巨体を地面に叩きつけられた王は、直後に悪寒を感じ横に転がりその場を離れた。
そのまま流れで立ち上がった王は、ついさっきまで自分がいたところに突き刺さるものを見て冷や汗を流した。
それは赤黒い刀身を持つ細身の曲刀だった。
その曲刀は、自らの刃を半ばまで石造りの床にめり込ませていた。
明らかに、変わっていた。
それは力ではない。確かに当初はあれほどの力はなかったと思うが、それが問題ではない。
変わったのは、躊躇のなさ。
人間特有、もしくは強者特有の驕りともいえるものが、感じられなくなったのだ。
クーガの報告を聞いたときから感じていた、不殺という名の傲慢が見えなくなったのだ。
王はだれにも聞こえぬように舌打ちした。眠れる龍の尾を踏むとは、正にこういうことを言うのか、と。
王に睨みつけられながら、ロリンは赤黒い曲刀を片手で無造作に抜いた。
先ほどまで振るっていた黒と白の相反する色を持つダガーはいつの間にか消えていた。
王には、無表情で得物を肩に担ぐロリンの瞳から、感情を探ることができなかった。
それはその瞳の奥に感情がないからではない。混ざりすぎているからだった。
一歩後ずさりそうになった足を、意志の力でとどめる。
剥がれかけた笑みを、無理やり貼り付ける。
王は生まれて初めて、勝てぬかも知れぬと考えてしまう相手に出会った。
「ぬぅ…どうなっておるのだ…?」
控え室近くの特別席で決闘の様子を見ていたクーガは呻った。
王の無茶な行動で、ロリンが跡形もなく消し飛んでしまったのかと思い一時は心臓の止まる思いがしたクーガだったが、今は困惑していた。
黒い霧のような姿になって戻ってきたかと思えば、突然王を圧倒し始めたのだ。
すばやさも力も一段階上がっているように見えた。
今までは王の強固過ぎる毛皮に全て阻まれていた攻撃が、確実に通るようになっていた。
突然現れた武器のお陰なのか、それとも突如上がったように見える力のせいなのか、両方か。
とにかく勝負の流れは逆になった。
今までは自らの防御力で攻撃を寄せ付けなかった王が圧倒していたが、今度は当たっても煙のように一切堪えた様子のないロリンが圧倒している。
先ほどまで手を抜いていたのかと思うほどの変わりようであった。
「ぬ?」
王が距離をとった。
動きを止めはっきりと見えたその姿は血まみれで、観客席からいくつもの悲鳴が上がる。
傷ついた王は長期戦を不利と見て、次の一撃にかけるようだ。
対するロリンも、それを受けるつもりのようで、曲刀で肩を叩いて待っている。
どうやら決着は近いようである。
今のロリンには、自分と戦っていたときのような甘さのようなものが感じられなくなっている。
考えたくはないが、王がもし負けた場合、命はないだろう。
王にはまだ世継ぎがない。
この勝負の決着がついたとき一つの牙たる私は――。
「ぬぅ…」
クーガは何度目か分からないため息を吐いた。
一日一話。
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