26 獣の王その4
土煙、粉状になった石の床だったものから生まれたそれの中から姿を現した獣の王は、ロリンに猛攻撃を開始した。
殴り、蹴り、突き、叩きつけ、なぎ払う。
王の攻撃は、確かな技術に裏打ちされたものだったが、小細工はなかった。
どうすれば早く殴れるか、どうすれば強く蹴れるか、どうすれば鋭く突けるか、そういう計算をされつくした動きはしたが、フェイントを加えたりわざと隙を見せてカウンターを狙ったりということはしなかった。
まさに王者の戦いかた。横綱相撲である。
一撃必殺の攻撃の嵐を、ロリンはかわし続けた。さらには反撃さえ行っていた。
だが、効きはしない。
傍目から見れば拮抗しているようにも見えただろう。
実際集まった獣人の中でも過半数は、勇者とはいえ年端も行かぬ人間の少女の意外な健闘を称えすらした。
だが、実際の勝負はギリギリ、ロリンが負けるという方向に天秤が傾かぬよう何とか持ちこたえている状態であった。
攻撃があたらないものと、攻撃があたっても効かないもの。
どちらが有利かといえば一目瞭然である。
もしロリンが体力が尽きるか判断を間違えるかすれば、その瞬間終わりなのだ。ロリンの防御力ではかすっただけで大怪我を負いかねない。
時間が経てば経つほどロリンに不利なのである。
絶望的な攻撃の数々をよけ、適度に反撃しながらも、ロリンは頭の片隅で打開策を考え続けていた。
だが、勝負は更にロリンに不利になっていった。
王は大振りの一撃を放った。
ロリンはそれを簡単にかわし、生まれた大きな隙に反撃を加え更に距離をとった。
いまだにロリンは息切れ一つしていないが、それがいつまで持つかも分からない。
出来たわずかな時間を体力回復に費やそうとしたが、意外にも王は追ってこなかった。
先ほどまでは何をする暇も与えんとばかりに、ロリンが距離をとれば一息も吐かせずに追撃してきたというのに、今は肩を回して深呼吸をしている。
ロリンは非情にいやな予感がした。
何か大事な、とても重要なことを忘れている気がしてきたのだ。
ロリンが忘れていた何かを、王はすぐに思い出させてくれた。
肩を回し終わった王は、右腕を天高く持ち上げ、自らの足元に叩き付けた。
悪寒がしたロリンは、とっさにその場から飛びのいた。
瞬間、一瞬前までロリンが立っていた床が爆ぜた。
「ほう、地脈流しを初見でよけるとは」
冷や汗を流したロリンの耳に、感心したような王の言葉が聞こえた。
ロリンは、思い出した。
相手は未だ、技能を使っていなかったのだと。
そこから獣の王は、今まで使っていなかった分を取り戻すかのように、技能を連発した。
間合いの外から放たれたこぶしから不可視の衝撃が飛び、蹴りの射程は不自然に伸びた。
多様性の増した攻撃を、紙一重でロリンはかわしていく。
しかし、どんな技能が飛んでくるか分からないため慎重にならざるを得ず、反撃する機会はほとんどなくなってしまった。
防戦一方の状況の中でも、ロリンは必死に思考を巡らせた。
自分所持しているスキルを思い出し、使えるものを探す。
何かないかと。王を倒せるものはないかと。
この戦いの中で、王とロリンには大きな差があった。
それは、戦闘民族の頂点に立つ王と、少女の差。
いや、この世界に生きるものと、少し前まで日本の高校生だったものの差だった。
その差とは、覚悟の差。
その覚悟とは、殺す覚悟。
人を、殺す覚悟。
ロリンはユームと戦ったときも、十傑と争ったときも、相手を殺そうとはしなかった。
意識を失わせるに留め、手加減のスキルを使い、あまつさえポーションを使って気に入らないものすら助けた。
四肢の欠損などの、後遺症が残りそうなことも自分からしようとは思わず、間違えてもそんなことが起こらないように注意していた。
ロリンが元いた世界の、日本の、高校生なら当たり前ともいえる考えである。
だが、その考えが、当たり前が、ロリンと王の決定的な差を作った。
実際言ってしまえば、王を殺す気でかかればなんとかなるスキルなどいくらでもあったのだ。
だが無意識にロリンはそれらを選択肢から外していた。
対して王は、ロリンを確実にここで始末するつもりだった。
相手が女でも、子供でも関係なく、目的のため亡き者にせねばならなかった。
だから、どんな技能でも使った。
「あああああああ!!!千首一撃ぃいいい!!!!」
流れるような連撃のなか、王は初めて気合の掛け声と共に技能名を叫んだ。
王の拳が、岩さえ穿つ一撃が、一〇〇〇に数を増す。
一撃必殺の嵐が、かすりさえすれば重症になる猛威の群れが、一つ一つすべて違う軌道をとり違う瞬間に襲い掛かった。
壁のように迫り来るまさに必殺技と呼べるそれを、ロリンは発動より早く跳躍することによりかわした。
クーガが同じような技を使ってきたことが功を奏したのだ。
ロリンは千首という言葉を聴いた瞬間に、一つの牙の不発に終わった恐ろしい技能を思い出し、なかば反射的に射程から離れたのだ。
足元から紙一枚分ほどの場所を王の拳が通り過ぎるのを感じながら、ロリンは宙を舞い、必殺の一撃を放ち隙だらけの背後に降り立った。
相手の切り札をやり過ごせたことに、ロリンは胸をなでおろした。
だが、王は今までのロリンの戦い方からそこまで想定済みだった。
あたればもちろん良し、あたらずとも、問題はない。
ロリンは知らなかったことだが、技能には決定的な隙があった。
それは、決められたとおりの動きしかできないということである。
ツインスラッシュならばバツの字を描く一撃しか出せず、それを少しでも傾けてプラスの記号に近づけることは出来ない。
そのことが、手の内を知り尽くしたユームとクーガの戦いでは重要になった。
だが、技能の隙には、抜け道もあった。
アークトスが、スラッシュをよけられながらも、ユームを吹き飛ばせたように。
王は千首一撃を使いながら、技能の縛りを受けていない右足を持ち上げ、地面を全力で踏みつけた。
地が揺れ、その振動はロリンを襲った。
そしてその揺れを受けたロリンは、体が硬直した。
「なっ!?」
「千首一撃ぃいいいいいい!!!!」
王の技能、地縛りを受け動けぬロリンに、王が間髪をいれずに連続で必殺技を放った。
一〇〇〇に増した拳が、軋みながら呻る。
裏技とも言える必殺技の連続行使が、何のリスクもないはずがなかった。
だが、無理をさせた腕から伝えられる激痛をこらえる必要も、もはや王にはなかった。
技能は発動され、その強制力は既に働いているのだから。
迫り来る死の壁に、ロリンは目を瞑った。
そして、壁は通り抜け、後には何も残らなかった。
肉も、骨も、服のかけらも、二つのダガーも。
一瞬の静寂の後、闘技場を獣人たちの割れんばかりの歓声が包んだ。
一日一話。
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