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25 獣の王その3

遅くなり申し訳ありません。

 太陽が中天に座し、その猛威を最も振るう時間となった。

 ここ三日ほど森の中という日差しを直に浴びない場所にいたため、ロリンは久しぶりに肌をさすようなその光を受けた。数多の、観客席を埋め尽くす獣人たちが見守る闘技場で。

 闘技場を見たロリンは、ローマのコロッセオに似てるな、と思った。円形の闘技場をそもそもコロッセオしかロリンは知らないのだが。

 そう、ロリンがコロッセオを思い浮かべたことから分かるように、この闘技場は石造りなのだ。

 ロリンが見た中で、唯一の木造でない建築物であった。

 ロリンが普段どおりなら、闘技場だけやるきだすとかやっぱり脳筋のあつまりだな、と評しただろうが、今のロリンはそんなことを考えている余裕はなかった。

 なぜなら、視線がすごいからである。

 約束の時間までを闘技場の控え室で過ごしたロリンは、時間を置いたことにより所謂キレた状態から多少冷静になっていた。

 怒りややるせなさのようなもの、いろいろなものが混ざった感情は胸の内に確かに燃えているが、既に激してはいなかった。

 そんな状態で闘技場のメインステージとも言える場所に立ち、いまだ王が来ないことにより国中から来た獣人たちの視線を独り占めすれば、緊張するなというほうが無理というものである。

「まだか…まだこないのか…」

 ざわつく闘技場で、内心の緊張を押し殺して直立不動を保ちながら、誰にも聞こえぬ呟きをロリンが発したとき、ついに王は現れた。

 瞬間、いままでの雑多な観衆たちの声が、爆発するような歓声に変わった。

 ロリンとは反対側の入場口から国民たちに手を振りながら現れた王は、真紅のマントで身を隠してはいなかった。

 ロリンは、驚愕に目を開いた。

 それも仕方のないことである、鬣の立派な獅子の顔をもつ王の体は、獅子のものではなかったからだ。

 しかしそれは顔以外が人間のものというわけではない。人の体の部位は一切見当たりはしない。

 ロリンは王の姿を見て、一言でそれを表す言葉を思い浮かべた。

 それは、合成獣(キメラ)。

 王の顔と胴体はライオンだが、腕は熊のもののようであった。

 黒い毛皮に、肉を切り裂けそうな鋭い爪の伸びる手。人間のように細く長い五本の指を持ってはいるが、もつ力は熊のそれと見て問題ないだろう。

 その猛獣の腕は、金色に輝く無骨な大剣を軽そうにもっていた。

 王は、ライオンの体に顔、熊の腕を何で隠すこともなく晒していた。

 対して足は、一応仕立てのよさそうな黒いズボンを履いてはいた。

 だが、そのズボンは盛り上がる筋肉でパンパンになっており、いつ弾けてもおかしくなさそうだった。

 またズボンから覗く足は、牛か馬のようなひづめを持っていた。

 しっぽはライオンのもののように思えたが、ここまでくれば何だか分かったもんじゃないなとロリンは思った。

 強さを求めて生み出されたサラブレッドのようなその肉体を惜しげもなく見せつけ、観客たちの歓声を一身に受ける王は、ゆっくりと近づきついにロリンと一〇メートルほど距離を開けて相対した。

 数時間前は混乱していてロリンには分からなかったが、今はっきりと見える王のその巨躯は三メートルに迫ろうかというものだった。

 一二〇センチあるかどうかのロリンと比べれば、大人と子供という形容すら生ぬるく感じるほどだった。

 言うならば、巨人と小人。そこから考えられる結末は、蹂躙劇に他ならない。

 仕事も訓練も放り出して集まった獣人たちもそう考えたようで、人間の勇者という不倶戴天の敵を確実に下してくれるだろう王に一層の声援を送った。

 耳が痛くなるような彼らの歓声は、王が制止するように大剣を持っていないほうの片手を上げると、ぴたりと止まった。

 凄まじくアウェーな環境に、胃が痛くなりかけていたロリンも、目の前の王が何か言うのだろうと少しだけ居住まいを正した。

 闘技場が静寂に包まれたのを確認した後、みなの予想通り王は口を開き、腹の底から爆音を響かせた。

「お前ら!良く集まってくれた!」

 オオォォ、と空気を震わせる叫びが返る。

「何故俺が人間の勇者と突然決闘することになったか、気になる奴もいると思うが、それは俺が勝ってからでかまわないな?」

 返答は、割れんばかりの歓声と拍手で以ってなされた。

 ロリンは、恐れを抱いた。

 王は国民たちの返事に満足すると、少ししてから再び片手を挙げて制した。

 やはり、一瞬で静まり返る闘技場。

 それを確認し、王は国中に響くような大声を上げながら、金色に鈍く輝く大剣を真上へ放り投げた。

「では!剣が地に戻ったときが始まりだぁ!」

 何度目か分からない歓声に包まれる闘技場で、凄まじい力で投げられ点のようにしかもはや見えない大剣を見上げながら、ロリンは恐怖した。

 これ、勝っても生きて帰れないんじゃないか、と。

 黄金の大剣は、ロリンが予想したより大分時間をかけてから闘技場の石造りの床に深く刺さった。

 戦いの始まりである。


 大剣が地に触れた瞬間、覚悟を決めたロリンが音をも置き去りにするような速さで王に迫った。

 右手には漆黒の刃を持つ、左手には純白の刀身を持つダガーを持って。

 反応できなかったのか敢えてしなかったのか、超高速で王の背後に回ったロリンの一撃を、王はまともに背中に受けた。

 観客たちはロリンを見失い、一瞬静まり返った。

 だが、戻ってきた歓声たちは何倍にも膨れ上がっていた。

 なぜなら

「あっだぁぁぁああああ!!?!?」

 ロリンの振るった刃は、王の厚い毛皮に阻まれ傷をつけることが叶わなかったからだ。

 すさまじい速さで、渾身の力をこめて放った一撃は、ロリンの手のひらに痺れとなって帰ってきた。

 驚愕の叫びを上げるロリンを、王は無造作に右手で振り払った。

 それを難なくかわしたロリンは、再び距離をとり、未だしびれるダガーを持った右手を王に突きつけた。

「お前の体どうなってんだよ!?」

 歓声に飲まれそうなその悲痛な叫びを、王は聞き取った。

 そして猛獣の笑みを返した。

「これが獣人の王だ」

「答えになってねーよ!」

 怒りをこめた声を上げた直後、ロリンは再び目にも留まらぬ速さで接近し、今度は足に刃を滑らせた。

 だが、結果は同じであった。

 反撃に放たれたけりをよけ、ロリンはまたも距離をとった。

 そして、額に浮かんだ汗をぬぐった。王は余裕そうな表情をして突っ立っている。

 ロリンは焦った。

 もともとロリンに、いわゆる力はない。

 力はないが、その代わりに有り余る速さで相手が反応できぬうちに接近し、スキルにより看破した弱点に精確に一撃を叩き込みその一撃で倒すというやり方でいままでやってきていた。

 今回も、ロリンの瞳に光って見える肉の薄い部分を攻撃したはずなのである。

 だが、通じなかった。

 これは想像以上にやばいかもしれない。ロリンは獣たちの王をなめていたことを悔やんだ。

 獣人の王に対する警戒度を上げ、対策を考え始めたロリンに、今度は王から向かってきた。

「こないなら、ゆくぞっ!」

 その巨体からは考えられないほどの、一つの牙クーガに迫るような速さで持って王はロリンに突っ込んできた。

 そして勢いそのまま握りこぶしをロリンに叩き付けた。片手アームハンマーである。

 意外なスピードに驚きながらも、ロリンは容易くそれをかわした。

 だが、自分の代わりに攻撃を受けた床をみて、表情がこわばるのを感じた。

 石造りの床は、砕けるでもひび割れるでもなく、粉になっていた。

「どうなってんのよ…」

 まきおこった土煙から姿を現す笑顔の王を見て、ロリンも無理やり笑みを浮かべた。

 戦いはまだ始まったばかりである。


一日一話。

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