24 キレる少女と
本日二話目となります。
謁見の間から出たロリンとクーガは、無言のまましばらく階段を下りていた。
残り半分ほどになったとき、クーガがぼそりとつぶやいた。
「お主、勇者だったのだな」
「らしいです」
「ぬぅ?」
クーガは、謁見の間から出るときまでうんうんと呻ってなにか考え込んでいたロリンが、すっきりとした声で返答してきたので戸惑った。
すぐに解決できる類の悩みではなかろうに、と思ったが、顔を見てみればもはや悩んでいた面影も見当たらなかった。
不思議に思ったクーガが何かを聞く前に、ロリンが口を開いた。
「黙っていたことはごめんなさい。でもユームさんに言わないほうが良いといわれていたので、黙っていました。獣人が勇者に並々ならぬ思いを持っているのは聞いていたので、無駄に感情を逆なでする必要もないかと思ったんです」
やはり悩んでいたそぶりも見せずにはきはきと言葉をつむぐロリンに、クーガのほうがどんどん困惑して行った。
クーガは未だ、答えを見つけられていないのだ。
五年前に一度は犠牲を払うことを決意したクーガだったが、一途にシャロのことだけを考えるロリンを見て、人間をそこまで危険視する必要が本当にあるのか疑問に思ってきていたのだ。
そもそも数百年前までは獣人と人間は友好な関係を築いていたのだ、勇者襲撃という真新しい出来事でみなの目が曇ってしまっただけなのではないのか、と考えていたのだ。
獣人にも、アークトスのような弱者をいたぶるのが趣味の下衆はいる。だがそれは特殊な例であって、そしてそれは一〇〇年前の勇者にもいえることではないのか、と気づいたのだ。
そんな時に、王のあの決断であった。
一部を切り捨て、多くの未来を救おうとする非情の決断だった。正直クーガは、王をあのときまで見誤っていた。もっと考えなしの象徴的な王だと不敬にも思っていたのだ。その王は自ら考え、血を伴うつらい決断をしていたのだ。
だが、その前提が間違っているとしたら、人間に備えて国を維持しなければならないという根底が意味のないものだとしたら、犠牲は払わなくてもすむのではないか。
しかし、もし人間の主流が残酷なものたちであって、過去とロリンが特殊な例だったとしたら、と出口の見えない迷路のような思考にクーガは囚われていた。
そして、自分が全く解決の糸口も見出せていないこの難問を、どうやら目の前の少女は解いてしまっているようなのだ。
何故。
「ごめんなさい、やっぱり勇者だと黙っていたのはまずかったですよね」
クーガの沈黙を、許せないのかと受け取ったロリンの言葉を受け、クーガは自分で問いかけておきながら答えられたのに別のことを考えて何も返答をしないという失礼極まりない行為をしてしまっていることに気づいた。
あわててクーガは取り繕った。
「いや、すまぬ。お主が勇者だなんだというのは、もはや大きな問題ではなかったのだ。言い分も分かる、謝ることではない。それよりも、教えてくれぬか?お主は…答えを出せたのか?」
ロリンは一度首をかしげた後、ポンと手を打って、純粋な笑顔で答えた。
「はい、とりあえずあのライオンヘッドはぶっ飛ばします。それで隠れ里の人たちに仕事のことを頼みます。あと差別を続ける人もぶっ飛ばします。それと人間の国がやばそうだったらぶっ飛ばします」
「ら、ライオ…」
少女の無垢な笑顔から放たれた暴力的な極論に、クーガは面食らった。
ロリンは良い笑顔のまま続けた。ただしよく見れば瞳の奥は笑っていなかった。
「大体獣の血の薄いものは頭が回るとか言っておきながら強制的にやらせるって結論が出るのが謎です。きちんと説明して割の良い報酬だすとかして頼めばいいんです。ていうかどうせ強制的にやらせるなら国民全員で当番制とかにすればいいんですよ、わざわざ少数派にずっとやらせる必要ないじゃないですか。てかもう引けぬのだーみたいな空気出しやがってましたけど引いて別の手段考えやがれって感じですよ。今回強引に収めてもまたユームさんみたいなのが出てくるの確実でしょそういう人たちなんだから獣人って。あと最終的な結論が暴力的過ぎるんですよ数年前にしろこの前にしろこれからにしろ。力に頼るにしろ人選を考えろよあの狼男とか快楽殺人鬼の思考してんじゃねーかよ。それに勇者がそんなに怖いなら人の国の実情を探りに行けよ。一〇〇年前の話から人間を見に行ったみたいな話ユームから全く聞いてねえぞどうなってんだよ。まあなによりも」
ロリンは一呼吸おき、笑顔を消して地獄の悪鬼すら裸足で逃げ出すような憤怒の表情をその可憐な少女の顔に貼り付けた。
「シャロを簡単に犠牲にするとかいってんじゃねえぞ。子供の犠牲の上に成り立つ国に未来なんか歩ませねえからな」
それだけ言い切ると、ロリンは再び笑顔に戻った。
「以上です」
「お主、口調が…」
クーガの言葉をロリンは完全に無視した。
クーガは悟った。
ロリンは答えを見つけたのではない。悩んだ末にキレただけだ、と。スッキリしていたのは、きっとこれから怒りの元凶を殴りにいけるからに違いない、と。
クーガは一人、階段をおりきるまで獣人族全体の未来について悩み続けた。
王樹の根元に着くと、大量の獣人たちが闘技場に向かっているのが見えた。
まだ正午までは時間があるというのに、彼らは王が勇者と戦うというビッグイベントが待ちきれなかったのだ。
王の強さは、広く獣人全体に知れ渡っていた。
王の引継ぎは闘技場で行われる。
先代の王を新しい王が決闘の末下すことで、王が決まるのだ。
王は確かに初代王の一族が代々勤めてきたが、世襲制ではないのだ。ただ、王の一族が群を抜いて強いというだけの話なのだ。
それはもちろん、十傑一つの牙よりも。
国民は闘技場で王の雄姿を見て、国への信頼を強めた。
王は、強い。圧倒的なまでに。
故に、戦いを望む獣人でも挑むものはほとんどいない。自分では挑むことすら不敬と考えてしまうのだ。
何年も前に前一つの牙が先代王に挑んで破れたことがあったが、そんなことは本当に稀だった。
それゆえ、王が戦う姿を見れるのは代替わりの時だけだった。
それが見れるとなっては、仕事も投げ捨て国にいるほとんどすべての獣人たちが我先にと集まるのも納得できるものである。
王の姿は知れ渡っているが、ロリンの顔は割れていない。
人の大河が王樹を超えて生産地帯にぽつんと存在する闘技場に向かっていっても、ロリンは目立たなかった。
注目を一切集めない注目の的は、ただニヤニヤしながら人ごみの中で腕を振っていた。
十傑最強で、一つの道場の師範であるクーガにはその動きが王の急所をことごとく狙っているものだと気づいてしまった。
クーガはこめかみを押さえた。
王が勝っても、ロリンが勝っても必ずこの先獣人族は大きななにかに見舞われる。
濃い獣の血をもちながら理性的でもある男は、熱狂する国民たちに反比例するように冷静になっていった。
「オラぁ!しねやぁ!」
二メートルを越す巨体から振るわれた、その体とほぼ同じ大きさの大剣が容易に二匹のオークの命を奪った。
その行為をなした狼が二足歩行をしているようなと形容できる大男は、嗜虐的な光を隠そうともしない目を三日月型に歪めた。
「いやぁ大漁大漁だぁ」
二つの牙アークトスは、やけにたくさん現れるオークに非常に満足していた。
大量に肉を手に入れれば帰ってきたロリンが喜ぶだろうし、たくさん殺せて自分も愉しい。まさに一石二鳥だ、とアークトスは笑った。
狩れば狩るほど愉しい。だがそろそろ持ち帰るのに厳しい量になってきたので、アークトスは隠れ里に向かって帰路に着き始めた。
そんなアークトスの耳に、何か地鳴りのような聞こえた気がした
「んあぁ?まあ気のせいかぁ」
が、気に留めもしなかった。
アークトスの頭の中にあるのは、すでにロリンの笑顔と次の狩の予定だけだった。
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