22 獣の王その1
遅くなり申し訳ありません。
夕飯に生肉を貪り、一晩寝て朝になった。
まだ赤さが残る日の光を浴びながら、ロリンは井戸で汲んできた水を使い、水浴びをして体を清めた。例え一週間同じ服を着ていようとも、いい匂いに安くない額を課金しているお陰で匂わないはずだが、汗のべたつきなどは流さないとどうしようもなかった。
すっきりしたロリンは、やはり生肉を喰らい、すぐにクーガと共に道場を出た。
入り組んだ道を抜け、大通りと言える道を王樹に向かって二人は進んだ。
クーガはやはり人目を集めたが、話しかけてくるようなものはいなかった。
クーガを熱のこもった視線で見つめる者たちの中には少女もいたが獣成分が多く、ロリンはいけるかいけないかで言えばいけるけど今はなしで、と評価した。
ロリンは、露店に並べられている謎の肉や、食べられるのか怪しい色をしたきのこなどを興味深そうに眺めた。
取引は硬貨のようなものを出すものと、物々交換と両方だった。
露店にはたまに金属で出来ていると思われる武器も並んでいた。
製錬の技術があるのか木造建築しかないのに、と疑問に思ったロリンは、隣にいる金属で出来た武器を扱うクーガに聞いてみた。
それに対し彼は
「ああ、あれは魔獣が稀にもっておるものをそのまま使っておるか、少し形を変えて使っておるかだ」
とそっけなく言った後
「だが、私と奴のものは遥か昔から受け継がれてきた道場の家宝だ」
と言い誇らしげに笑った。
クーガ曰く、獣人の国で武器工房といわれているのは所有者の希望に沿って形を少しだけ変えたり、切れ味の落ちた刃物を研いだり、といったことをする所らしかった。
へー、と気のない声を出しながら、ロリンは先ほどとは少し違った目線で露店や道行く獣人たちを見た。
そしてふと気づいた。皮の防具を身につけているものはいても、金属で出来たものはフルプレートはもちろん部分鎧もつけているものがいなかった。
「金属鎧とかはないんですね。鎧をまとう魔獣はいないんですか?」
「ごく稀にあるが、まず武器と違い体格が違いすぎると使えん上に、我らは動きを阻害するものは基本はつけんからな」
あたらなければ、というやつなのだろう。脳筋脳筋と思っていた獣人族と自分が同じ発想をしていることをロリンは知ってしまい、なんともいえない気分になった。
すこし落ち込んでいるロリンに、そういえば、と前置きしてクーガが言った。
「まず王樹についたら、最初は話し合いだ。いきなり殴りあうわけにはいかんぞ」
「へっ?そうなんですか?」
朝から、否昨晩から獣人の王をぶちのめすことしか考えていなかったロリンは、素っ頓狂な声を出してしまった。
クーガはロリンの反応を見て、少し頭が痛くなった。なぜなら、考えていることがこの少女と王でほとんど変わらないからであった。
「一応は、な。話し合いをしたい者がおると申し上げたら渋っておったのが、私より強いと一言加えただけで非常に楽しそうに朝一で連れて来いと仰ったゆえ、確実に戦うことにはなろうがな」
「やっぱりですか、これだから獣人は…」
やれやれ、といった様子で首を振るロリンに、どっちもどっちという旨の言葉をかけるのを、クーガは何とか我慢した。
そんなやり取りをしながら、二人は着実に王樹へと近づいていった。
近づくほどに、ロリンは想像していたよりもずっとそれが大きく、町も広いことが分かってきた。
巨大すぎて距離感が狂っていたのである。もし何かしらのスキルを使っていればわかったのだろうが。
次第にその全容を現す巨木に、すごい、という見た目相応の感想と、影で洗濯物やばそう、という誰目線か分からない感想をロリンは抱いた。
何も言わないが近づきつつある王樹を見て何かしら感じている様子のロリンを見て、クーガは誇らしげな顔をした。
それに気づいたロリンが何か言いかけたが、昨日のことを思い出してやめた。
想定以上の時間をかけ、しかし午前中に二人は王樹の根元に着いた。
元の世界で最も大きい木より絶対でかいな、とロリンは確信した。
直径は一〇〇人が手をつないでも囲えるかどうか怪しいほどあり、一番地面に近い枝は一〇メートル以上上にある。
一番高いところは雲の上にある、と言われてもロリンは納得するだろう。
これなら木でも登ったら森のどこからでも見えて迷子にならなそうだな、とロリンは思った。
王が住まっているという建物は、下からでは見えないところにあるようだった。
どうやってそこまで行くかといえば、答えは簡単である。
クーガは門番のようにそれの入り口に立つ二人の獣人と一言二言会話を交わし、王樹を見上げるロリンのところに戻ってきた。
「では、いくぞ」
ロリンはクーガが行っていた場所を見て、もう一度王樹を見上げ、感情の見えない顔で言った。
「…あれ登るんですか?」
「それ以外になかろう」
ため息を吐いたロリンの見つめる先には、なんとも頼りない外付けの階段があった。
それは王樹にまきつくように上へ上へと作られていた。
ロリンはもう一度ため息を吐き、その年季の入った木製の、苔むした階段に向かうクーガの背を追った。
どこまでも続くかと思えた階段は、終わった。
見下ろせば、人々は既に豆粒並の大きさに見えた。
二人の前には大きな木造の建造物が建っていた。
扉も大きく、これといった装飾がされていないことが逆に威圧感を増しているようにロリンには感じられた。
そこは巨大な、謁見の間のみをもつ建物だった。
他の、例えば王の居住するところや内政官が仕事を行うところはもっと上にあるらしかった。
クーガが先に立ち扉に近づくと、ノックするまでもなく内部から声が聞こえた。
低く威厳のある声が。
「入れ」
その短い一言で、ロリンは敵の強大さを知った。
クーガが苦労して開いたその巨大な扉の先に、そのものはいた。
そのものは、何か未知の、だが強大だと分かる魔獣のものであろう毛皮を使った玉座に座していた。
周りにはそのもの以外誰もおらず、それは絶対の自信を表しているようだった。
全身は真紅のマントで覆われ、外気にさらされているのは顔だけであり、その顔は立派な鬣を持つライオンのものだった。
座っている今は確かなことは分からないが、立ち上がったら三メートルに近いのではないかとロリンは思った。
少し進み、片膝をついたクーガにあわせて、ロリンも進みクーガの隣で同じ体勢を取った。
ロリンの服装は、一国の王に会うということで階段の途中でいつぞやのゴスロリ調のドレスに早着替えしていた。
羽根で作られた怪しげな帽子は既にかぶっておらず、人間であることは一目で分かるはずだった。
謁見の間を満たした静寂を、破ったのはやはり王であった。
「人間よ、直訴したいことがあると言ったな?」
感情のこもらぬ、但し威厳は非常に感じられる声で王が問うた。
「はい」
ロリンは、短く返した。声が上ずらなかったのは奇跡だった。
「申してみよ」
やはり何を考え、感じているのかわからない声で、王が訊ねた。
ロリンは居住まいを直し、出来るだけ無礼にならないように頭を高速回転させて答えた。
「十傑が五つの牙ユーム様が興した隠れ里に不干渉を誓っていただきたく参りました」
緊張から、一息で言い切ったロリンは、意外とそれらしい感じで言えたのではないか、と自画自賛した。
対する王の答えは簡素だった。
「だめだ」
王ははじめて笑った。
一日一話、ですが明日は昼と夜に二回投稿しようかと考えています。
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