20 獣人の国
遅れて申し訳ありませんでした。
そこは、混沌としていた。
木々が突然なくなり、区画整理など考えていないだろう木造の建物の群れと、取り締まるものがないのであろう大量の露店が現れた。
もし上空から見れば、森がそこだけぽっかりと穴が開いたように見えるだろう。
しかし木はないわけではなく、一本だけ存在していた。
今まで森にあったどんな木よりも高く、巨大な木が、一本だけ中央に聳え立っていた。
目のいい人が良く目を凝らせば、その大木に見合ったサイズの家のような建造物がいくつもへばりつくように立っているのが分かるだろう。ロリンには見えた。
「あれは王樹、王が住まう樹齢一〇〇〇年とも言われる霊樹だ」
ロリンがじっと大木のほうを見ていると、クーガが得意げに説明してきた。
こういうところユームに似てるな、とロリンは思ったが口にはしなかった。
二人は既に走るのをやめていた。というより、立ち止まっていた。
しかし目立ってはいなかった。クーガは否応なく視線を集めるが、ロリンには集まらなかったと言うことだ。それにクーガを見つめる人々も別に立ち止ろうとはしなかった。
ロリンを稀に見る人がいれば、みな微笑ましいものを見るように笑いかけてきた。
何だと思いロリンがあたりを見渡せば、同じように立ち止って国の中心街を眺める獣人たちが数人いた。
彼らの服装は中心街を歩く獣人たちに比べるとすこし粗末で、ロリンは彼らと自分がどういう目で見られているか理解した。
おのぼりさんだ。
ロリンは少しいらっとした。自分は別に感心して見とれていたのではなく、計画性とかそういうものないのかと言いたかったのだ、と言いたくなった。突然町が現れ驚いて呆けたのは事実なのだが。
そんなロリンの様子をなんと勘違いしたのか、誇らしげな顔でクーガが聞いてきた。
「人間の国と比べてどうだ?」
「計画性というものが感じられないです。どこに何を建てようとか、何の近くに何を建てようとか考えて町作りました?」
結果ロリンは言いたかった事がいえた。そしてこう自分たちの種族に自信満々なところが本当にユームそっくりだと思った。
ロリンの暴言にクーガは多少憮然とした。
もしかしてクーガも昔、町を見て、次に王樹を見上げて感動している彼らと同じように、驚きと興奮で足を止めたことがあったのかもな、とロリンは考えた。
クーガはむすっとした表情のまま、ロリンに反論した。
「むぅ、計画性はある。お主から見て左側が紡績や武器工房などの工業地帯、王樹からむこうが畜産や農耕を行う生産地帯、残りは道場か訓練場だ」
ロリンは、それは計画と言えるレベルじゃねえよ、とか道場と訓練場が町の四分の一占めてるとか何考えてんだ、等を口にせず飲み込んだ。元から少しイラついて言っただけで獣人の国のことを貶したいわけではなかったのだから。
言いたい事を一度言ったロリンは少し冷静になっていた。傍から見れば完全に子供のけんかである。
そもそも家族愛が強い獣人相手に、その先祖が努力して作ったであろう町を多少いらいらしただけで貶した自分が考えなしであった、と反省した。
ロリンは理想の少女と心の中で唱えた。目指すのは少女的幼さであって、ガキではだめなのだ。
飲み込んだ罵倒の代わりにロリンは、実直な感想を聞かせた。
「人間の国と比べたら、少し大雑把ですが」
「むっ」
クーガの顔が、憮然というよりすねた子供のようになった。
それを気にせずロリンが続けた。
「正直驚きました。森の中に突然町が出てきて。すごいです」
そう言って子供らしく笑った。実際本心だったのでうまく笑えていた。
「うむ…いい町であろう。我らの先祖が、一から作り上げたすばらしい場所だ」
ロリンの顔を見たクーガは、そっぽを向いて首の後ろをかいた。自分が子供相手に熱くなっていたのに気づいたのだ。獣人の強い家族愛がへんな方向に暴走してしまっていたのである。
そして、ボソッと言った。
「お主の先祖が作った町も、立派であるとは思うがな。お主を見れば分かる」
呟くなりクーガはロリンのほうを見ることもなく
「さ、まずは私の家に案内しよう」
と言って先に進んでしまった。
「素直じゃないの」
そうぶっきらぼうに呟いたロリンの頬は、自分でも気づかぬうちに緩んで、すこし熱を帯びていた。
クーガがロリンを案内したのは右側、つまり道場と訓練場の密集地である。
複雑に曲がりくねった道を進むたびに、どこからか必ず悲鳴と怒声と打撃音が聞こえてくるようなところだった。
すれ違うものたちも必ず何かしら武装しており、もしここが獣人族の国でなかったら治安が最低な場所だと思うところだろう。
実際には強く心が清い者が多いため、国で最も治安がいいのだ。
だがそんなことを知らなくともロリンは何の恐怖も感じなかった。
すれ違うものはたとえどんなに強面――例えば顔に一文字の傷をつけた牛男――の大男だろうと、隣を歩く十傑最強の男に頭を下げて通っていくのだから。
ロリンは道中で、そのまま王樹に行ってはだめなのかとクーガに聞いた。
クーガの答えは
「一国の主に何の言伝もなくあえる訳がなかろうが」
という至極まともなものだった。
至極まともな答えだったのでロリンは逆に、何故王を殴りにいくこと自体を咎めようとしないのか気になって仕方なかった。実際は昨日クーガは咎めようとして王の性格を考えて諦めていたのだが、そんなことをロリンは知らなかった。
何度も曲がり、何回か道なのか怪しい幅の道を抜け、二人はそこにたどり着いた。
そこは古く、広い木造建築だった。
そして何よりも、たくさんの忍者がいた。
ユームとクーガのただならぬ関係とその格好とを考え、クーガが案内する道場に忍者が大量発生していることを予想してはいたが、実際に見ると非常に奇妙な光景でロリンは口をあけたまま固まった。
呆然としたままロリンは、言われるがまま剣道場のような一室に連れてこられた。
そしてぞろぞろと忍者たちが集まり、クーガを横に大量の忍者がロリンの前に整列すると言うこれまた奇妙な光景が生まれた。
大量の忍者の前には忍者の頭領のような黒猫男クーガと、謎の部族風のポンチョと帽子をした少女ロリン。本当に奇妙である。
わけのわからない現実に、ロリンの意識が戻ってきたとき、クーガが口を開いた。
「紹介しよう、彼女はロリン。人間だ」
一瞬にして忍者たちが殺気立った。
何いきなり言っておるんじゃワレとロリンが叫ぶ前に、クーガが続きを言った。
「私よりも強い、な」
一転、忍者たちを困惑が覆う。
十傑最強にして彼らの師匠が言っている言葉が簡単には理解できないのである。
ロリンもクーガがどこにこの紹介を着地させるつもりなのか分からなかった。
クーガ以外みな混乱したままだが、彼は更に続けた。
「そして、私の友の娘の命の恩人だ」
その一言で、先ほどまで殺気を放ち、その後混乱していた忍者たちの空気が弛緩した。
いや、もはや弛緩したではすまなかった。みな、まるで自分の娘の命を助けられたかのように、感謝の念を瞳からロリンへ飛ばしてきたのだ。
獣人族の家族愛すごい、とロリンは若干引きながら感動した。
国へ来る途中、クーガに尋ねられシャロとの出会いを語ったロリンだったが、まさかこんな効果をもたらすとは思いもしなかった。
ロリンに聞くだけ聞いて、ロリンがユームとクーガの関係について聞こうとすると毎回何か起こって聞けなくなり、不公平だと思っていたロリンだったが、不特定多数の初対面の人たちからこんなに好意をよせられるならまあいいか、と思った。
クーガが師範を勤める道場の面々との出会いは、非常に好感触で終わった。
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